魔法の天才と呼ばれる第一王女は、王じゃなくて冒険者になりたい。
月影澪央
1 天才王女
第1話 王家の朝
朝日が昇り、町が動き出す。
ここ、クラッチフィールド王国もまた、新たな一日を迎えた。
クラッチフィールド王国は王都と四つの大都市、そして無数の小規模都市で構成され、それなりに大きな王国となっていた。
その王都の中心にあるのが王の住処である王宮で、城に分類される巨大な建物が高い塀の内側に建てられていた。
その塀の内側に住む少女フェリシア・レイ・クラッチフィールドは、魔法の能力でその人の価値が決まると言われるほど魔法の能力が重視されるこの国で誰もが認める魔法の才能を持っていて、天才や神童と呼ばれていた。
そんなフェリシアだが、今日は色々あって通う国立高等魔法学院の補習に参加せざるを得なくなり、珍しく早く起きないといけないのだが……
「フェリス様、起きてください」
フェリシアの部屋にメイドの声が響く。だが、部屋にある大きなベッドからフェリシアが起き上がる気配は無い。
「フェリス様?」
メイドは呆れたようにベッドに歩み寄り、フェリシアを揺り起こす。
「ん……うぅ……」
フェリシアは王女とは思えない、情けない声を上げる。
フェリシアは完全な夜型で、朝は本当に苦手だった。こんな時間に起きるのは、前に補習に行った日以来なくらいだ。
「フェリス様、起きてください」
「えぇ……まだ朝じゃん……鳥鳴いてるじゃん……」
「今日は補習ですよ。忘れてしまいましたか?」
「……忘れてないけど」
「なら起きて支度を」
「嫌だぁ……!」
フェリシアは布団にしがみついて全く動こうとしない。
それを見かねたメイドはクローゼットから学院の制服を取り出してベッドの上に置き、フェリシアのパジャマを強制的に脱がせ始める。
「嫌ぁ……助けてリードぉ……!」
「リードは呼んでも来ませんよ。支度の時は入らないルールですから」
「あたしはリードなら見られてもいいのぉ……!」
「王女がそんなこと言ってどうするんですか」
フェリシアが呼んだリードという人物は、彼女専属の召使い兼護衛の男だ。幼いころから人生のほとんどを共に過ごしてきたため、着替えを見られることにも抵抗は無いようだが……メイドの言う『王女として』ということを考えればあまりよくはないだろう。だからこうして専属のメイドがいるのだから。
「立ってください」
「うーん……もう、わかったよ」
フェリシアは観念して立ち上がり、制服のスカートに着替えて魔法学院特有のローブも自分で羽織った。
「なんか、ちょっと縮んだ?」
「気のせいかと」
「そう」
久しぶりに着るので制服が縮んでいると思ってもおかしくないだろう。
「では、行きますよ」
「どこに?」
「食堂です」
「えぇ……朝から顔合わせたくないんだけど……」
「ここまで運んでほしかったらもっと早く起きてください」
「うぅ……」
今度はその場にしゃがみ込んでしまう。年頃の少女だし、フェリシアの場合は家族の中でも異質な存在で居辛さというものを感じていた。無理もないが、我慢しなければ補習日に遅刻という地獄が待っている。
「リード、助けて」
床に座り込んだフェリシアをもうどうにもできないと思ったのか、メイドは扉の外にいたリードに助けを頼んだ。
「何だエミリア」
すぐに部屋に入ってきてリードはメイドのエミリアに状況を伝えるように求めたが、エミリアが伝える前に状況を見て理解してしまった。
「リードぉ……」
フェリシアは子供のような泣きそうな目でリードを見る。
「行きますよー」
リードは面倒くさそうで呆れていたが、座り込むフェリシアを抱えて部屋から連れ出した。
それから廊下を進み、廊下が交差する広間に出る。そこでリードはフェリシアを床に下ろし、服の乱れを整える。
「気まずいのはわかります。でも、今日ぐらいは我慢しましょう。朝食は大事ですから」
「……わかってる」
フェリシアはさっきまでの態度が嘘のように、別人のようになって食堂に向かって歩き始めた。どうやら寝起きタイムが終わったようだった。
食堂――ダイニングルームに入ると、そこには父のイーノスと母のアッシュ、そして弟のアーサーが大きな机を囲み、朝食を取っていた。
「おはよう、フェリシア。今日は早いのね」
「おはようございます、母上。今日は用があるので」
「そうなのね。それなら早く座りなさい」
「……はい」
フェリシアは空いていたアーサーの前の席に座った。
「今日は、学院に行くの?」
「はい。補習……なので」
フェリシアと母の会話は続く。
「補習……ですか」
アッシュのそう呟いた声が高い天井に響く。
「……わかってます。補習なんて、恥ずかしいっていうか……でも、私は……」
「早く食べて行きなさい」
「……はい」
フェリシアは母が苦手だ。一言で、いやいるだけで場を制するオーラ。自分には及ばない理想の女性、世間から求められる理想の女性だった。
私が母上みたいに……なれるわけない。
そんな思いがフェリシアにはあった。
「……私、朝食は大丈夫です」
耐えかねたフェリシアはそう言ってダイニングルームを出て行ってしまった。
リードとエミリアは王家三人に一礼してから足早にフェリシアを追いかける。
「フェリス様……」
「……ごめん!」
エミリアの何を言っていいかわからないような重い言葉とは相対して、フェリシアは明るく返した。
「あたし、ああいうのより考えることいっぱいあるし、やっぱ向いてないよねー」
「向いてる向いてないの話ではありませんよ。王家としての責務ですから」
「エミリアはお堅いなー」
「当然のことを言ったまでです」
フェリシアはさっきまでの萎縮した姿とは全く別人のように明るくエミリアと言葉を交わした。
「エミリア、ここからは私が」
「ええ。よろしくお願いします」
エミリアはリードにフェリシアを任せて城の奥へ消えていった。
「エミリアの言葉はめっちゃ刺さってくる。ここに」
フェリシアはそう呟きながら胸の辺りを指差す。
「しょうがないですよ。あなたの事は何も知らないですから。それに、ああいう人もいないと、私は甘やかしてしまいますから」
「もっと甘やかしてくれていいんだけどなー」
「十分甘やかしてるでしょう」
「まあ……結構自由にやらせてもらってるけどさ」
リードはフェリシアにとって、厳しくて忙しいから全く構ってくれなかった両親に代わって構ってくれた兄のような存在だ。リードもフェリシアを幼いころから知っているため、内心はデレデレだ。
「行きますよ」
リードはフェリシアを促し、学院に向かう車に乗せた。
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