第4話 阿片窟

 「ミシェル様、こちらでございます」

フォールティアの震えた指が差した場所には、勇者が居るとされる「アンゲルス」という阿片窟がある。

この「アンゲルス」の最奥には貴賓室きひんしつがあり、そこに私の宿敵が居る。

「遂に、遂に...」

興奮の余り、武者震いが起こる。

「遂に、復讐が成し遂げられるぞ!」

「そうですね、ミシェル様」

手だけではなく、声も震え始めていた。

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。私の事は気にせず...」

引きるように無理に口角を上げている。

「作戦は昨日話した通りです。手筈は既に整えてあります」

貴賓室までの経路は、事前に仲間が潜入して得た情報を基に暗記してある。

まず、親を待つ子供として店に入り、店員としてバイト待遇で雇われている仲間に誰も使っていない部屋まで案内してもらう。

余談だが、バイトの面接を受ける際に必須な履歴書は偽造したもので、皆で四苦八苦しながら作成したものである。

誰も使っていない部屋は、当然一般客向けの者で、貴賓室ではない。

だが、そこにあるダクトは貴賓室まで繋がっており、そこから直接行ける様になる。

また、復讐を終えた時も、ダクトから直接外へ出ることが可能だ。

しかし、肝心のダクトは狭く、大人には無理だ。

(私がやるしかない...。)

この好機を取り逃してしまうと、未来永劫、復讐の機会は亡失するだろう。

亡失するのが、「復讐の機会」だけであればまだ良いが。

「では、行ってくる」

「ご健闘をお祈り申し上げます。ミシェル様」

私の身を守れるものは、小型の隠しナイフ1本のみ。

これは同時に勇者を屠る武器でもある訳だが。

固く閉められている鉄の扉に肩を付け、全体重をかける。

「キ...キ..キキキ...」と蝶番ちょうつがいが錆びている為か、建付けの悪い扉が、きしみ音を発した。

開いた隙間に体を捩じ込み強引に入店する。

「これは...凄い...」

阿片の煙が目と喉を冒し、四方八方からの煙が入店したばかりの私を抱擁する。

ここが、阿片窟でなければ、火事でも発生したのではないかと疑わしくなる程だ。

「ゲホッ!ゲホ!」

気管支が刺激され、咳が止まらない。

咳と平行して、煙が目に沁み、痛みと共に涙が零れる。

(これでは復讐どころじゃないぞ...)

(だが、これなら...)

煙に紛れて、直接貴賓室に乗り込むことも可能だろうか?

そう思っていた矢先。

「おい!ガキ!何でこんなとこにいるんだ?」

服装からして店員には見えない、恐らくこの店の客だろう。

「ガキが来るとこじゃねぇよ。阿片じゃなくてママのおっぱいでも吸いに家に戻りな」

「おじさん、僕、パパを探しに来たの」

「パパだぁ?」

天井を仰ぎ、腕組みをしながら、考えている様子だ。

「ほぉ、そうかパパか」

「で、名前はなんていうんだ?」

本来であれば仲間に言う予定だった、今日予約が入っている筈の客の名前を言う。

「ルスキニア・メディオクリタスって言うんだけど」

「えーと、そりゃ間違いないのか?」

「うん!」

「それは俺の名前だが」

脳天を撃ち抜かれた様な心地がした。

現時点を持って、煙による喉と目の痛みではなく、動悸による拍動性の痛みに取って代わっていった。

「お前、本当は何の目的でここに来た?店員に引き渡す前に聞いてやるよ」

(チッ...やるのか?このナイフ1本で...)

中肉中背だが、相手は大人の男だ。

しかも、対峙しており不意をつくなんていうことは不可能だ。

(どうする...?)

隠しナイフを忍ばせているズボンの後ウエストに手を当て、臨戦態勢へと移行する。

「お前、隠しナイフか何か忍ばせてるだろ。外見上は一見何も持っていない風だが、対敵に敵意を持ちすぎだ。しかもわざとらしく臨戦態勢に入ってやがる。ナイフを出して襲いかかってやろうという魂胆が見え見えだ」

「ンッ...」

「やめとけ、お前じゃ俺には勝てない」

「やってみないと分からないだろ!」

「分かる、だがやっと分かった時には犬死にだな」

「犬死にだと...!」

「お前の貧相な体に隠せるナイフなど高が知れる。試してみるのもいいんじゃないか。だがナイフを俺に向けた瞬間お前を殺す。ガキにナイフを向けられても、優しくなんていうほど俺は人間ができちゃいない。行動には責任が伴うってこった。いくらガキだろうが責任を取らせる。もう一度いうぞやめとけ」

(チッ...なんでこんなことになった...?ナイフを出したら、おっさんに殺される。出さなかったら、店員に引き渡され作戦が失敗する。どちらにしろ詰みじゃないか。)

「ふぅ...」

ナイフを床に落としておっさんの側に蹴った。

「賢いな、気に入った。約束通り危害は加えない。で、お前名前はなんて言うんだ?」

「ミシェル・フォルティス、魔王の子だ」

「魔王の子だぁ?」

「あぁそうだ」

「てーこたぁ...」

先刻と同様に、天井を仰ぎ腕を組む、このおっさんの癖なのだろうか。

「お前の目的って勇者への復讐か!だが、お前流石にそれは無理なのが、分からないか?」

天井を仰いでいた目がこちらに向く。

「なぜ?」

「お前、相手が阿片中毒だからって甘く見てるだろ。腐っても勇者。そんなに甘くはないってこった」

「どういうことだ?」

「この店に勇者を殺しに来たのが、お前が始めてだとでも思ってるのか?」

「...」

「図星か。お前も目出度い奴だな。そんなに簡単に殺せるなら俺が既に殺してるよ」

「...!?」

「お前は一々顔に出る奴だな。お前の力量で本気で勝てると思っていたのか?やっぱり犬死にしたいのか?」

「犬死なんかしたい訳ないだろ!私は復讐しなきゃならない!」」

「ちょ、馬鹿。声がデカいだろ。誰かに聞こえてたらどうするんだ。今日の所はもう帰りな。冷静になってからもう1度考え直せ。」

「...」

「ちょっと待ってろ」

机に向かいサラサラと何かを書ている。

「ほらよ」

手渡された紙にはおっさんの住所が書かれていた。

「お前文字は読めるか?」

「あぁ...」

「俺の住所を書いておいた。明日の6時きっかりに俺の家に来い。絶対に遅れるな。」

「何をするんだ?」

「俺が剣の稽古を半年つけてやる」

そういうと不敵な笑みを浮かべた。

その後、そそくさと店員のもとに駆け寄る。

「店員さん!ガキが店内に紛れ込んでますよ!」

「あっ!入ってきたら駄目じゃないか!」

「ごめんなさい、興味本位で入っちゃった」

「チッ...仕事増やすなよ...2度目は無いからな」

「ごめんなさい...」

「チッ」

「キ...キキキ」と扉が開く、丁度私が開けたときの2倍ぐらいの速度で。

「もう来るんじゃないぞ」

「はーい」

文字通り、1からやり直しとなった。

しかも、店員に顔を覚えられるというハンデも追加された。

「はぁ...」

(実際、あのおっさんに止められなかったら、勇者を殺せていたのだろうか?冷静になってから考えると、到底無理だった様に思えてくる。)

「ミシェル様...よくぞご無事で...計画の方は...」

計画が終わるには余りにも早すぎるし、作戦後の逃げ道はダクトを使用する運びになっていた。

「すまん。客に見つかってしまった」

「客に?大丈夫だったのですか?」

「あぁ、無事だ。しかも、その客が今日の6時から私に剣の稽古をつけてくれるらしい」

「はぁ...ですが、それ罠なんじゃ...?」

「かもしれない。けど可能性がある。私は勇者を見くびりすぎていた。腐っても勇者、舐めてかかっていい相手ではない」

「はぁ...」

彼の目には私が「逃げた」と映ったのだろうか。

「すまないが、また山の方に戻ってくれ」

「今回の計画の頓挫とんざによって仲間が減るかもしれません」

「仲間は重要だ。だが、犬死することだけは避けなければならない」

「犬死かなんてやってみなきゃわからなかったでしょ!」

「すまない。作戦の成功率を上げるためなんだ。わかってほしい。だけど、私は復讐を忘れたつもりはないし、君らとの約束は確実に果たす、その信念だけは揺るぐことはない」

「剣の稽古はどれぐらいの期間やるんですか?」

「半年だと言っていた」

「半年!?それはまた長いですね」

「それまで辛抱してくれ、また半年後ここで逢おう」

「今からでも...いやなんでもないです...」

「失望したか?」

「いえ...」

「すまない。お前たちの作戦を無下むげにしてしまって」

「い...え...」

彼の目に涙が溜まる。

無論、私もこの作戦の中心になって仕事をしたが、彼には私がやりきれない細々した仕事をやってもらっていた。

その分、本作戦への思い入れも私以上に深い。

「すまない」

私は彼を抱き寄せる。

「すまない...」

私にできるのは謝ることぐらいしかない。

雫が私の首筋から腹部へと伝わる感触があった。


 「それではお達者で...」

フォールティアは、城壁へと足を向ける。

勇者領へは正攻法で入ってきた訳ではない。

脆くなって隙間ができた石壁に体をねじ込み、強引に入り込んだ。

現在、夜中の2時。

彼は夜間に逃げたいのだろう。

「私は最後の1人になってもミシェル様の味方でございます」

そういうと疾走した。

私は紙に書かれているおっさんの住所を目指すことにした。

おっさんの住所は、現在地のペルペトゥス王国の「アエテルニタス」から北東に位置する「アウィス」を目指す。

現地点から直線距離で15km、道なりにして20kmといったところか。

(よし、行こう)

私は悠々と歩みを進めた。


 「ふっ...ふふふふっ」

彼は右手でオーダーメイドの阿片パイプを支え、口に近づけ「チュパチュパ」と阿片を吸う。

彼専用に見繕われた一級品の阿片だからであろうか、特別濃い煙を貴賓室に吐き出す。

貴賓室には等級順に置かれた雁首のコレクションが10個ほどあった。

この10個というのは勇者が返り討ちに合わせた総数という訳ではない。

10個に満たないものは「アンゲルス」の保管室に貯蔵される。

選定基準は、「強さ」の一点のみである。

「あー退屈しないなぁ...」

阿片パイプを吸いながら追想する。

「で、あいつはなんで、ここまで来なかったんだ?わざわざ、ダクトから来なくても相手してやるってのに」

傍らに「アンゲルス」のバイトの制服を着た、首が無い死体が横たわっていた。

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