呂布、反転

 揚州北部を攻めようとしていた孫翊の兵を散々に打ち破った呂布であったが、その姿は既に揚州にはなく、何とここに居た。


 呂布「冗談であってくれれば本当に良かったが。襲われているのは曹操の兵で間違いないな?」


 張遼「そのようですな。劉丁様は、どうしてこれを予見なされたのか。あの方には、呂布殿に無い別の魅力を感じますな」


 呂布「それにしても張遼、お前までこちらに来させてすまなかったな」


 張遼「いえ、姫様と袁燿様にあのように頼まれては、断れますまい」


 華雄「おっと。赤兎馬は、ほんと早いってんだ」


 呂布「華雄、お前まで貸してくれるとは、劉備様には感謝しないと。ざっと見て、敵の兵数は10万。対する曹操殿の兵は、まともに戦える兵が2千ってところだな。少し遅かったかもしれん」


 荀彧「そんなことはありませんよ。今、耐えているのなら、それに司馬懿といえども我々の存在は予測できない事態のはずです。我々だって、こんな事が許昌で行われていることに気付かなかったのですから」


 呂布「劉備様は貴殿まで貸してくださるとは、王佐の才殿。荀攸共々、頼りにさせてもらう」


 荀攸「フン。叔父上が来なくとも俺だけで」


 荀彧「荀攸、聞きましたよ。呂布殿が現れなければ危うく孫翊に殺されていたそうですね。全く、我が甥ながら油断などらしくありませんよ」


 荀攸「うっ。そのことは」


 呂布「そう責めてやらないでくれ。荀攸はよくやってくれている。孫翊を取り逃した俺にこそ責任がある。しかし、まさかあの男が劉丁様に手を貸す日が来るとはな」


 荀攸「そういうことだ」


 荀彧「全く、まぁ今度は私もいるのです。問題はありません。しかしあの用兵の運用方法は、腕は衰えていないようですね奉孝」


 荀彧は見てすぐにわかったのだ。郭嘉が曹操に付き従い、少ない兵を運用して、司馬懿の猛攻から耐えていることに。郭嘉は、500の正規兵と750の民兵をそれぞれの門に当て、さらにそれを三分割させて、昼夜問わず戦える状態にしていたのだ。その成果もあって、司馬懿は今日で丸5日立つというのに、攻め落とせずにいた。少ない兵を巧みに有効活用する郭嘉の用兵術を前に20倍の司馬懿が攻めあぐねるという奇妙な光景だが。最も的を得たやり方であった。これには、司馬懿も感心するしかなかった。しかし、曹操を討つこと。のんびりしていては、捨て駒の孫翊が呂布に滅ぼされて、こちらに目を向けられる。だから急ぐあまり、注意力が散漫になっていた。すぐ狙える位置に、呂布が既にいることに気づいて居なかったのである。


 呂布「敵同士でありながらそこまで信を置ける相手がいるのは光栄な事だな」


 荀彧「えぇ。自慢の友人です」


 さて、ここで気になっている人もいるだろうことの説明を挟もうと思う。何故、呂布があのまま揚州を攻めずに、ここ許昌にいるのか。話は、孫翊が中央突破を成功し、揚州へと逃げ帰った日のこと。


 呂布「時間切れか。やむおえん。我々はこれより、揚州南部ではなく、この全軍を持って、許昌を奇襲する!」


 荀攸「馬鹿な!?このまま、後顧の憂いを立つべく孫翊を打ち倒すべきだ」


 高順「殿、俺もそう思います。こちらも孫翊による中央突破によって、甚大な被害を出しました。この数で許昌を急襲するのは、不可能かと」


 呂布「確かにな。俺もそう思う。馬鹿なことだろう。だが、劉丁様に頭を下げられては、断ることなどできんのだよ。俺を救ってくれたのは、間違いなく劉備様と劉丁様だからな。その劉丁様が血反吐を吐きながら頼んだのだ。あの御方の命は、もう長くはないのだろう。だがあの御方は休もうとはなさらぬ。その命を全て、兄である劉備様のために捧げる覚悟だ。俺はその思いに報いてやりたい。そう思ってはダメか」


 その時、草むらから2人の男が現れる。


 ???「その話は本当なのか?おい、呂布!その話は本当なのかって聞いてんだ!」


 呂布の胸ぐらを掴み、食ってかかるのは、孫伯符である。その様子を見ていた周りの兵たちが咄嗟に刃を向ける。


 ???「待ってくれないか。俺たちは、もう敵じゃない。劉丁殿へ恩を返すべく孫翊様の説得に向かっていたのだが」


 呂布「お前たち、武器を下ろせ。この人は、周瑜殿だ」


 呂布の言葉で全員が武器を下ろす。


 孫策「何だよ。それっ!ふざけんなよ!勝手に命を救っておいて、自分の命はもうあと僅かだ!んなこと信じられっかよ!勝手にお節介かけて、自分はもう死ぬってか。ふざけんなよ!」


 周瑜「伯符、気持ちはわかるが人の命の限りまでは、変えられない。思えば、あの御方は、周りのことなど顧みないように見えて、常に誰かを気にかけていた。なら、俺たちにできることをするしかない。劉丁殿の命の灯火が尽きるまでに、この国を統一する。俺たちが今できることはなんだ?」


 孫策「公瑾、んなことはわかってんだよ。でも、納得できっか。無理だろ。命の恩人が死ぬなんてよ」


 周瑜「しっかりしろ伯符。今すぐ死ぬと決まったわけではない!だったら、俺たちができるのは、一刻も早く、家族同士の戦いに決着を付け、孫翊に劉備殿に従属してもらうことだろう!」


 孫策「あっあぁ。そうだよな。呂布、こっちのことは俺たち家族に任せてくれないか。お前は、劉丁の言った通りにしてやってくれ」


 呂布「無論、言われるまでもない。孫策殿、俺は貴殿を快く迎え入れ、揚州南部の制圧を貴殿に任せる」


 孫策「孫伯符は、謹んでお受け致す」


 こうして、呂布はその道中で、劉備より派遣されてきた張遼・華雄・荀彧を拾い、この許昌へと来たのだ。そう義賢は、貴重な一回の死に戻りを既に使っていたのだ。伏寿のクーデターの鎮圧と司馬懿による曹操の暗殺、この2つの行き着く先を変えるために。そう、あの時のあの眠気は、そういうことである。力を使った後だったのだ。そして、吐血した。甘氏によるあの言葉の意味を1番噛み締めていたのは、何を隠そう義賢だったのである。だが、彼は止まらない。残りの全てをかけて、魏を倒し、国を統一するまで歩みを止めないことを誓った。そして、自身は、馬超と共に益州の兵を率いて、漢中ではなく、回り込んで涼州へと軍を進めたのである。長安を脅かして、曹丕に二の足を踏ませるために。

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