間話② 魏延、外の世界に行く

 董卓軍の残党を追い払って数年が経ち、少年だった魏延も青年へと成長した。そんな魏延は、槃瓠の森から外に出てみたくなった。しかし、槃李杏は決して許してくれない。今や主人と奴隷のように槃李杏の家の一室に閉じ込められている。1日に2度あるご飯の時間となり、今日も口論となる。


 魏延「李杏の頑固者!何故、わからない!この森だけが全てではないのだ!それにいつまで、うじうじと隠れ住むつもりだ!」


 槃李杏「うるさいのよ!何も知らないで、どうして私の気持ちがわからないの。私はただ魏延と離れたくないだけなのよ!」


 魏延「そんな言葉で俺を縛るな!それともまだ何かあの時のことを引き摺っているのか!」


 あの時のこととは、槃瓠族は、他の者たちと極力関わらない、だがそれでも足りないものを村に買いに行くのが月に2回ほどある。貿易と呼ばれ、物々交換が主だが、騒ぎを起こせば2度とないため。この時ばかりは槃李杏も大人しく付いていくだけである。その時に村の子供たちに性的に襲われそうになったのを助けたのが護衛として同行していた魏延である。それが2人の出会いであり、この時から、槃李杏の目には魏延との生活しか映っていない。そんな魏延が外の世界に行くと何度もいうのだ。頭を抱えないわけがない。


 槃李杏「あのことは関係ない!その気になれば、頭を潰してたし、余計なお世話よ!」


 魏延「そうだろうな。だが、そうなっていれば、どうなっていたと思う?」


 槃李杏「知らないわよ!」


 魏延「少しは自分で考えたらどうだ!頭で考えることは、いつもいつも狸様と狐様に頼ってばかり、ここはまるで鳥籠だ!」


 槃李杏「うるさいうるさいうるさい。ご飯の時にそんなに大声出さないでよ!」


 魏延「今やご飯の時以外は、閉じ込められているのだぞ!この時しか話せないではないか!少し外の世界に触れたいだけだ。何故、わからない!何故、自ら可能性を狭める!どうして、閉じ籠る!御先祖様のやったことを誇りに思うなら逃げるな!逃げ続けるな!向き合え!」


 そう言って、魏延は縛られていた縄を解くと、一目散に外へと出て、馬に跨り、駆け抜けた。追われる身となっても、このままでは良くない。このままでは、槃李杏の誇りが認められることはないと好きな人の気持ちが報われないなんて、許せない。だから走った。馬に跨って走った。そんな彼が迷い込んだのが高涼郡にある森だった。


 ???「グルァァァァァァァ」


 獣のようなおどろおどろしい声に一瞬たじろぐ魏延だが、ご飯も食べずに走り続けた影響でお腹の音が鳴る。


 ???「!!!!」


 現れた男は虎と熊を連れている人だった。しかし、その様子は四足歩行で歩き、人ではない。口で捕らえている虎を差し出してきた。


 魏延「食べろってことか?」


 相手は何も言わない。どうやら話せないのは間違いない。だが周りの虎と熊がこちらに襲ってくる気配もない。それどころか2人を抱きしめているのを見る限り、家族なのだろう。魏延は感謝しつつ、火を起こして、焼いて食べた。それを興味津々で見つめる男。後に劉備軍の猛獣部隊を率いる将軍との出会いだった。


 魏延「君も食べるかい?」


 ???「ぐるぁ?」


 肯定とも否定とも捉えられないが近付いてきて、受け取ると一口食べて、目を輝かせるのを見るととても野性的な男だと思った。だがこの男の後ろにいる虎と熊に向ける目は、間違いない家族に対する目だ。虎と熊が見つめるのもまたそうだ。


 魏延「そうか、君はその子たちに育てられたんだね?でも、ここはこれだけの動物が溢れている。怪しい人間がいたから守ろうとしたんだね。他の人には効果的かもしれないけど、僕もこう見えて森生まれなんだ。良かったら君と友達になりたいな」


 ???「ぐるぁ?」


 人間なのだ言葉は理解している。だが受け答えできるわけではない。そんな男に、ゆっくり少しづつ言葉を教える。魏延にとって空腹から助けてくれた恩人だ。恩を返すための行為だった。数ヶ月もすると完璧に言葉をマスターしたのだ。


 ???「兄貴には感謝しかねぇぜ。今日も森の神様のフリして、密猟者どもを追い払ってやったぜ」


 魏延「君は賢いんだ。だから力に訴えるのは、最終手段にして欲しいと思ってさ」


 ???「助かるぜ。流石に人を殺すのは毎回躊躇しちまうからよ」


 魏延「動物は殺すのにかい?」


 ???「俺たちは、生きるために命を頂いてんだ。それ以外の行為で見せ物に知ろうとする奴らなんざゆらしちゃおけねぇ」


 魏延「そうか」


 姫様は森に入った人間を容赦なく殺す。でも、彼は森にいながら入ってきた人間のことまで考えているのだ。なんて優しいのだろう。俺は姫様とこの手を汚し続けた。何人殺したかも覚えてないし、そんな奴らを森に打ち捨てた。彼らにも帰りを待つ家族がいたかもしれないのにだ。そんなことにすら気付かなかった。


 魏延「やっぱり、閉じ籠るのは良くないな」


 ???「どうしたんですかい兄貴?」


 魏延「いや、色々とありがとう。そろそろ行こうと思う。もう君1人でもこの森を守れそうだし」


 ???「兄貴、いっちまうんで?」


 魏延「うん。僕は、家族のために色んな世界を見ないといけないから」


 ???「そういうことなら止められやせん。兄貴には、本当に世話になりやした」


 魏延「こちらこそ。あっそうだ。虎熊。それが君の新しい名前だ。僕なんかが名前を付けるなんて烏滸がましいが貰ってくれるかい?」


 虎熊「はい。それに父さんと母さんの種名をそれぞれ充ててくれるなんて、それだけで嬉しいでやす。兄貴ならいつでも歓迎でやす。兄貴の無事を祈ってるでやす」


 魏延「ありがとう虎熊。僕もこの森の無事を心より祈っているよ」


 こうして立ち去った魏延は、荊州の劉表に仕えることとなり、紆余曲折を得て、劉備軍の一員となり、槃李杏を妻に迎えるのである。そんなことを懐かしく話している2人。


 槃李杏「ほんとあの時の私は視野が狭かったな」


 魏延「そうやって、改められるだけ幸せなことだ。それに生まれてから我が子が待ち遠しい」


 槃李杏「うふふ。貴方の子供だから信念のある我儘かもね」


 魏延「君の子供だから頑固者かも知れないぞ」


 槃李杏「董白姐様や劉丁様のように素敵な家族になりましょう」


 魏延「勿論だ。俺の目には、君しか映ってないからな」


 槃李杏「魏延。愛してる」


 魏延「俺も、愛してる李杏」


 2人は産まれてくる我が子を楽しみに待っているのである。

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