前のエピソード――高涼の戦い(後編)

　ここは士祇が治める南海城。

　伝令「簒奪者どもが高涼城を占拠。士徽様、お討ち死になされました」

　士祇「そうか。高涼も落とされたか。報告御苦労、休むが良い」

　伝令「はっ」

　伝令と入れ替わりに士頌が入ってくる。

　士頌「士祇兄上、やはり士徽兄は」

　士祇「大方の予想通り、寝返ろうとしたのだろう。全くあそこまで馬鹿な弟を持つとはな」

　士頌「僕もあの馬鹿兄のせいで信頼できる部下を失って辛いよ」

　士祇「お互い苦労するものだ。曹丕様から手紙が来た。我らのことを褒めてくださっていた。お陰で華北の方もなんとかなりそうだと」

　士頌「それは良い知らせです」

　士祇「しかし、高涼があっさり落とされるとはな。もう少し耐えてくれるものと思っていたが全く武芸ばかりの馬鹿のことだ。概ね。背後に気を回していなかったのだろう。嘆かわしいものだ」

　士頌「まぁ、そういう馬鹿兄だからこそ。裏切ろうとしても簡単に殺せたんだけどね。だって、馬鹿兄の周りには僕の部下を置いていたんだから」

　士祇「そういう抜け目ないところが頼もしいな」

　士頌「劉備では国を治められませんからね」

　士祇「うむ。皆んな仲良くなど所詮戯言よ。人の業は根深い。何れ、弾圧や差別が起こるだけだ。その時、対話などではなく圧倒的力で制御する強い国家が必要なのだ。それを築けるのは曹操様をおいて他におるまいよ」

　士頌「全くその通りですね」

　先程の伝令が再び入ってくる。

　伝令「続けて報告〜。すっすみません。兄弟水入らずのところを邪魔してしまいました」

　士祇「フッ。気にするな。それで、今度は何があった？」

　伝令「劉備軍は魔の森を抜け高涼城の背後を取ることがてきたそうです」

　士祇「ほぉ。あの魔の森をな」

　士頌「そんな。何度も槍で刺したり剣でさしてもびくともしない。あの化け物が負けたっていうの？」

　伝令「いえ、どうやら劉備軍に加わったそうです。猛獣を率いていたとのこと！」

　士頌「あり得ない。あの化け物が人に付くなんて」

　士祇「ハッハッハッハッ。これは傑作だ。あの不死身の化け物が劉備にな。それも猛獣も一緒。間違いないな？」

　伝令「はっ。間違いありません！」

　士頌「士祇兄上、何を笑って」

　士祇「これが笑わずにいられるだろうか？また一つ、失敗を犯してくれたのだからな」

　士頌「失敗ですか？」

　士祇「あぁ。これで更に劉備を陥れられよう。ハッハッハッハっ。いやぁ。実に愉快。死んでまで役に立ってくれるとはな。ありがとよ士徽」

　伝令「士徽様も士祇様にそのように褒めて頂けて、嬉しいでしょう」

　士頌「士祇兄上、僕にはどういう意味だかわかりませんが」

　士祇「城下に触れを出せ。劉備は猛獣に餌として、民たちを食べても良いと契約をして飼い慣らしたとな！」

　伝令「はっ。直ちに！」

　士頌「なっ成程。それは盲点でした。猛獣が民を餌に、これでますます。城下の者たちは劉備と戦うことを選びますね」

　士祇「そういうことだ。戦い抜くためには士気が必要なのだ。士徽が士気を高めるために身を賭してくれたのだからな」

　士頌「士徽兄が士気をね」

　士祇「そっそういう意味ではないぞ」

　士頌「わかっていますよ士祇兄上。次の劉備の進軍先は蒼梧城かと士幹も南海に戻すべきではないですか？」

　士祇「あぁ、そのつもりだ。俺の最後はお前たち大事な弟たちと居たいからな」

　士頌「士祇兄上〜〜」

　士祇「甘い声を出すな。興奮してしまうだろう」

　士祇は士徽以外の弟たちが好きだ。今で言うところのブラザーコンプレックスというやつだ。しかも極度の。つまり簡単にいうとこの兄弟たちはそういう関係ということだ。男同士で。勿論攻めと呼ばれるのが士祇。受けが士幹と士頌だ。何を言ってるかわからない？大丈夫、俺もわかってない。

　士祇「蒼梧の士幹に手紙を出せ。蒼梧は桓発たちに任せて、南海に戻れとな」

　伝令「はっ(驚いて、魅入っちまってた。男同士で突然接吻しだすんだもんな。俺のこと、忘れてたのかな？それよりも俺の前任者ってどうなったんだ？ちょっと別の任務で出ているって言われて、しばらく立つんだけどな)」

　南海の城下。

　民翁「そんな。劉備様は本当に人が変わってしもうたのか？」

　民婆「劉備様が猛獣に人を食べても良いと言ったじゃと俄には信じられませんなぁ」

　民男「父さんや母さんを猛獣に食べられてたまるか〜。俺は決めたぞ。士祇軍に入って、劉備と戦ってやる」

　民人妻「流石に私は食べられないわよね。いや、劉備様って、色欲魔なんでしたかしら？じゃあ、別の意味で食べられちゃうの？いや〜ん。でも気に入られたら。妃の1人に。早く私のこと。奪いに来て〜」

　民人妻の夫「劉備め。許せん。妻は俺のものだ。誰にも渡さん。士祇軍に入って、その首を叩き斬ってくれる」

　民人妻「いや〜ん。私を取り合わないで〜。でもカッコいい〜」

　気品のある民女「往来の場で盛るような人を劉備様が気にいるかしら。私のような凛としている者を好むと思いますわ」

　このように、城下の男たちは、家族を守るため武器を取り、女たちは劉備に気に入られて、妃となり裕福な暮らしを送ることを夢見たりしていたのである。権力と金というのは良くも悪くも人を惹きつけるということだ。だからこそ使い方を間違えてはいけない。そんな噂をされている劉備本隊は、高涼城に入って、次の作戦を考えていたのだった。