第144話 覚悟
あれから次にワイヤードが顔を出したのは、2日後だった。
「よう。待たせたな」
ちょうど2人が王都のギルドに寄ったあと、宿に帰る途中でワイヤードが声をかけてきたのだ。
「ああ、ワイヤードか。……王子はどうなんだ?」
「女王の命令で牢に入れてる。俺が魔法で少しずつ吐かせてるさ。心配はいらない」
ワイヤードの言葉にぞっとする。
彼の魔法は人の心を操ることもできるのだろうか?
「そうか……。これで奴隷商も潰せるといいんだが」
「かなりダメージは与えられるだろうな。……それとは別に、少し話がある。ここじゃなんだから、別の場所に行こうか」
そう言って、ワイヤードはいつもの詰め所に2人を先導した。
◆
「……詳しい話をする前に、ひとつ確認をしておかないといけないことがある」
詰め所に着いて3人が部屋に入ると、ワイヤードが唐突に話し始めた。
「なんだ?」
アティアスが聞くが、ワイヤードの視線はエミリスの方に向いていた。
「エミリス……だったな。……実は俺はお前の両親を知っている」
「――――えっ⁉︎」
突然のことに、彼女は呆気に取られたようで、小さな驚きの声を漏らした。
「お前の髪の色を最初見た時に、間違いないと確信した。もちろん、2人とも生きている。会わせてやることもできるが……。どうだ、会いたいか?」
少し戸惑いながらも、エミリスは小さく頷く。
「そうか。……ただ、条件がある」
「条件……ですか?」
「ああ。……もし、両親に会うなら、そこのアティアスとは2度と会えないとする。それならどうする?」
「アティアス様と……? えと、それなら会えなくても良いです。私にはアティアス様の方がずっと大事ですから……」
ワイヤードが言った条件を聞いた瞬間、エミリスは即答で彼の方を選ぶと言う。
それを聞いてワイヤードは苦笑いする。
「まぁ慌てるな。……お前は自分が人と違うのが分かってるだろう? 成長が遅いこととかな」
「それは……その通りですけど……」
「つまり、アティアスは間違いなくお前よりも先に死ぬ。そのとき、辛い思いをするのはお前だぞ」
アティアスも黙って聞いている。
彼女のおおよその年齢を知っている彼は、おそらくいずれそうなるだろうことは予想していた。
もちろん、彼女も同じだろう。
「それは……ずっと前から覚悟しています。……でも、私はアティアス様の一生と共に生きられれば、それで充分です。……たとえその先が1人になるとしても……構いません」
それを聞いてワイヤードはニヤリと笑う。
「そうか。……それが聞けてよかったよ。さっきの話は冗談だ。忘れてくれ」
「……えと……? どれが冗談……なのでしょうか?」
相変わらず良く理解できないワイヤードの言葉に、エミリスが聞き返す。
「アティアスと2度と会えない、という話だ。お前の覚悟を試しただけだ。……喜べ。両親には会わせてやる」
「――本当ですか⁉︎」
「ああ。そうなると、詳しい話はその時の方がいいだろう。すまんが、後始末がまだ残ってるから、それからだな。……まだしばらく王都にいる事はできるか?」
彼女はアティアスの顔を見て、考えを確認する。
「ああ。別に急ぐ必要はないからな。構わない」
「よし分かった。たぶん2週間後くらいだ。それまで待っていてくれ」
「よろしくお願いします」
席を立つワイヤードに、エミリスが頭を下げた。
◆
「結構長い時間かかるんですね……」
宿に帰ると、エミリスがぼやく。
彼女にしてみれば、早く両親に会いたいだろうと思う。
「まぁ、どこかから呼び寄せるのに、それだけかかるのかもしれないしな」
「遠いなら、別にこっちから行くのでも良かったんですけどねぇ……」
彼女の言う通り、確かにその方が早いだろう。
「それはそうと、エミーの両親は結局、どんな人なんだろうな? どっちかがやっぱ緑色の髪なんだろうか?」
「どうなんでしょうね。……私はお母さんがそうなんじゃないかなって、勝手に思ってますけど」
頭の中で思い浮かべながら、エミリスが言う。
「なんでそう思うんだ?」
「えっと、魔導士の始祖の話で出てきたのって、女性が多いなって気がしたので……」
「まぁ、確かに、女神って印象がある。肖像画もそうだったし」
「でしょ? たまたまかもしれませんけど……」
いずれにしても、答えがわかるのはしばらく先になる。
「それまでどうしますか?」
「のんびりしてるのも良いし、なんかギルドで仕事探しても良いし、好きにしていいぞ?」
「……好きにしていいんですか?」
エミリスが聞き返す。
「ああ」
「じゃあ、とりあえずベッドに座ってください」
「……?」
不思議に思いながらも、エミリスの言う通りにアティアスはベッドに腰掛ける。
すると、彼女は彼の両膝を割って、そこに背を向けて座ると、ちらっと振り返って肩越しに彼の方に目を向けた。
「ぎゅってしてほしいですー」
「……なんだ、いつもしてるだろ?」
「それはそれ、これはこれですー」
「仕方ないな」
口では言いつつも、腕を回して自分の胸にしっかりと抱いた。いつもの彼女の匂いが鼻腔をくすぐる。
「……えへへ。あったかいですねぇ。この包まれてる感じ大好きです」
彼の腕に自分の手を添え、身体を預けながら、彼女は呟く。
「もうだいぶ寒くなってきたもんな」
「ですねー」
しばらくそのまま無言で彼の温もりを堪能したあと、彼女はぽつりと言った。
「……さっき、ワイヤードさんにはああ言いましたけど……。もしアティアスさまが先に逝ってしまわれたら……とても正気でいられる気がしません……」
彼女に返す言葉が思いつかなくて、アティアスはしばらく無言でいた。
「……ふふ、そんな先のこと考えても仕方ないですけどね。今を楽しむくらいしかできませんし。――あ、でもアティアス様にとっては、私がずっと若い方が嬉しいですよね?」
ふと思いついたように、悪戯な笑みで彼の顔を振り返る。
「はは……。そりゃそうかもしれないな」
そう笑いながら、髪の隙間からちらと見える彼女の耳を軽く喰んだ。
「ふわっ……!」
エミリスはぞくっとした感触に、身体をピクッと震わせ、小さな声を上げた。
「もう……。そこは弱いんですから、ほどほどにお願いしますね。じゃないと……」
「……じゃないと?」
彼が耳元で息を吹きかけるように聞き囁き返すと、彼女は少し困惑したような表情を見せた。
「ううぅ……こんな昼間なのに……」
「このあと用事もないし、俺は構わないぞ?」
「……それじゃ、アティアスさまが一番ってのを、もっとしっかり刻み込んでもらうことにしますね」
そう言うと、彼女はぐいっと身体を回して、彼を正面から抱きしめた。
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