第111話 差金
ナターシャに連れられたノードはアティアスと同じくタキシード姿だ。
彼はアティアスよりも長身であり、女性にしては背の高いナターシャと並び、2人とも背筋を伸ばした立ち振る舞いがよく似合っていた。
「ふわー」
エミリスはその姿に感嘆する。
平均にすら全く届かない自分の背丈が恨めしい。
しかも、ここ数年はその僅かな成長も止まり、もうこれ以上は期待できそうにもない。
「……エミーが何考えてるかわかるぞ?」
アティアスが彼女の腰にそっと手を回し、顔を寄せて耳打ちした。
「……ぶー、どうせ分かりやすいですよー」
「はは、心配するな。今のままのエミーが好きなんだ、人と比べるな」
拗ねて口を尖らせる彼女だったが、そう言うと頬を緩める。
「……ありがとうございます」
そんな2人のやり取りが終わったのを見て、ナターシャが言う。
「ウィルセア嬢とアティアス達は前からよく知ってるのよね?」
「ええ、以前私が襲われた時に、お二方が助けてくださったのです。命の恩人ですわ」
ウィルセアが頷きながらナターシャに答えた。
「本当にたまたまだけどな。それに気付いたのもエミーだし、助けたのもそうだから、俺は殆ど見てただけだけど」
頭を掻きながらアティアスが言う。
「エミリスちゃん、いつも凄いのね……。それに比べて……」
「仕方ないだろ、エミーが特別すぎるんだ」
アティアスの言葉はその通りで、彼が弱いわけではないのだが、エミリスが強すぎてどうしても霞んでしまう。
「そうですね、エミリス様が凄いのは私も見ていますし、父からも常々聞きます。ですけど、アティアス様はとても信頼できるお方ですので、どちらがと言うものでもないと思います」
ウィルセアがフォローする。
この中で一番年少な彼女だが、言動は最も大人だとアティアスは思った。
「ですよねっ! アティアス様は私のご主人様ですからっ」
エミリスもウィルセアに全力で同意する。
しかしその言い方はどうかとアティアスは思った。
「エミリス様がどれほどアティアス様を慕っておられるかがよく分かりますね。……ところで、ノードさんは以前アティアス様とご一緒に旅をされていたんですよね? その頃はどうでしたか?」
急に話を振られたノードだが、落ち着いて答えた。
「4年ほど一緒に旅をしていましたけど、最初から今と変わっておりませんね。裏表なく真面目で、一度決めたら貫き通す。……何にでも首を突っ込むのは少し控えて欲しいとは思いますが」
ノードは素直に思っていたことを伝える。
アティアスが首を突っ込んでしまったことで、危険な目に遭ったことが何度もあった。
「……すまなかったな」
苦労をかけたノードにアティアスが呟く。
「いえ、それはそれで楽しいこともありましたし、今こうしてウィルセア嬢と話ができているのも、そのおかげでしょう」
アティアスが最初テンセズでエミリスを引き取ることがなければ、ゼルム家やゼバーシュが今どうなっていたか。恐らく大混乱に陥っていたのではないだろうか。
たまたまとはいえ、それほど大きな出来事だったのだ。
「そうなんですね。私の知っているアティアス様と変わりありませんね。……たぶん、アティアス様とエミリス様、お二人がおられたから、今回の話になったのだと思います。私は争いは好きではありませんので、良かったです」
「あの泣き虫だったアティアスがよく成長したわねぇ……」
ウィルセアの話に、ナターシャが感嘆する。
「私はまだ子供ですけれど、アティアス様の良さはよくわかっているつもりです。願わくば……と思いましたが、エミリス様にはとても敵いませんので。……ナターシャ様には良い方が居られるようで羨ましいです」
ウィルセアが残念そうに話しながら、ナターシャとノードに目を遣る。
「わ、私は……」
急に話を振られて慌てるナターシャは頬を染める。
ノードは無言だが、そんな彼女の様子を見て何か思うところはあっただろうか。
「皆さんお揃いですね」
そんなタイミングで横から渋い声が響く。
「お父様……」
ウィルセアが呟き、彼の近くに並ぶ。
「マッキンゼ卿、こんばんは」
「アティアス殿、こちらこそ。今日はよろしく」
アティアスが挨拶をすると、和かに返しながら続ける。
「これからはヴィゴールで構いません。他の皆様も……」
「承知しました、ヴィゴール殿」
マッキンゼ卿は自領でもヴィゴールの名で呼ばれていることから、あまり爵位名で呼ばれることを好まないのだろうか。
「さて、ナターシャ嬢、ノード殿。先日はお越しいただいたのにあんなことになってしまい、申し訳ありませんでした」
ヴィゴールはナターシャとノードに向き合い、頭を下げた。
先日、ミニーブルで行われたウィルセアの誕生日パーティに参加してもらっていたのに、ケーキ爆発事件があってパーティが中止になり、その後も後始末で十分な対応ができなかったのを詫びた。
「いえ、私はこのノードが盾になってくれたおかげで怪我もありませんでしたので、お気になさらず。……一番気に病んだのはウィルセア嬢でしょうし……」
ナターシャが丁寧に答える。
あのときノードが庇わなければ、大怪我はしていないにしても、多少の怪我はあったかもしれない。
「そう言っていただけると助かります。……お詫びと言ってはなんですが、お二人が新婚旅行の際には是非ミニーブルにもお越しください。歓迎させていただきますよ」
「――しんっ、新婚旅行っ⁉︎ わ、私たちはまだそんな……!」
さらっと言ったヴィゴールの言葉に、ナターシャが真っ赤になりつつも慌てて否定する。
反対にノードは落ち着いたものだ。
「なるほど。その反応からすると、ナターシャ殿にはそのつもりがおありのようですね。……ノード殿はいかがでしょう?」
ヴィゴールが少し笑みを浮かべてノードに聞く。
「私はナターシャ様の従者故にあまり口を出すのはと思いますが……ナターシャ様がご希望であれば、もちろん不満はありません」
あくまで一歩引いた立ち位置で、ノードが答える。
「ノード……。構わないの……?」
そんな彼の横顔をナターシャが見つめながら確認する。
「もちろん。俺の性格はよく知ってるだろ? 嫌なら嫌って言うさ」
ノードらしくぶっきらぼうに答えた彼に、ナターシャはそっと顔を寄せて呟く。
「うん……ありがとう」
それを見たヴィゴールは、ふっと笑ってアティアスに話しかけた。
「……アティアス殿、これでよろしいでしょうか?」
「ええ、ヴィゴール殿、ありがとうございます」
そのやりとりを見ていたノードも笑う。
「やっぱアティアスの差し金か。急にヴィゴール殿がそんなこと聞くわけないし、変だと思ったぜ」
「すまんな、ノード。バレてたか」
「バレバレだ」
そう言い合う2人にヴィゴールも加わる。
「アティアス殿がどうしてもお二人をくっつけたいそうでね。それに乗っからせていただきました。……ですが、ミニーブルに来られるなら、本当にもてなしさせていただきますよ」
「それはありがとうございます。前回はあまりゆっくりできませんでしたので、次回は是非」
ノードがそっとナターシャの背中に手を回す。
彼の言葉に合わせて頷く彼女は、うっすら涙を浮かべていた。
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