第109話 相談
「いったぁ!」
最悪のタイミングで現れた突然の来訪者――ナターシャはずかずかと勢いよく家に入ってくると、アティアスの耳をぐいっと掴んで引っ張り上げた。
「まさかアティアスがこんなことするって思わなかったわ! 恥を知りなさい!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
「待つわけないでしょ!」
説明しようとするがナターシャは聞く耳を持たない。
「あ、あの……。ち、違うんです……」
後ろで見ていたエミリスは、戸惑いながらオロオロとしていた。
「エミリスちゃん、心配しないで。コイツは私がちゃんと躾けてあげるから」
「違うんだって!」
「何が違うのよ! エミリスちゃんに家事全部やらせた挙句にこんな格好までさせて、召使いかなんかだと思ってるんじゃないの⁉︎ 」
「そんなことないって! とりあえず手を離してくれよ」
「あんたが反省するまで離さないわよ!」
ナターシャは耳をグイグイと引っ張りながらカンカンに怒っていた。
今は何を言っても聞かないだろう。
「あうあうあう……」
エミリスは自分のせいでこうなってしまったことにどうしようかと悩んでいたが、このままでは彼の耳が千切れてしまいそうで、意を決して仲裁に入ることにした。
「むー」
魔力を練って、ナターシャとアティアスのふたりともを、ふわりと持ち上げた。
「わわっ! な、何これ……!」
初めての感覚に慌てたナターシャは、アティアスの耳を掴んでいた手を離し、空中で手足をバタバタさせた。
アティアスはもう慣れたもので、ふぅと一息ついてそのまま浮かべられていた。
エミリスは空中でそっと2人を離してから、声をかけた。
「ナターシャさん、違うんです。これは私がアティアス様に喜んでいただこうと勝手に着たんです。アティアス様はお優しいので、私に強要したりはしないです……」
浮かんでいることに少し慣れてきたナターシャは、当惑した表情で答えた。
「そ、そうなの……? コイツを庇ったりしなくても良いのよ?」
「嘘じゃないですよ……。アティアス様は私がこの服着ると、すっごく可愛がってくださるので……」
頬を染めて少し俯き加減でエミリスは言う。
その様子が妙に似合っていることもあって、ナターシャは面食らった顔でアティアスに呟いた。
「アティアス……? 私にエミリスちゃんしばらく貸しなさいよ。……あんたが独り占めするなんて卑怯よ」
「ダメに決まってるだろ。エミーは俺のだ」
「ぐぬぬ……」
ナターシャが悔しそうにするのを見て、アティアスもようやくほっとした。
「エミー、そろそろ下ろしてくれ」
「あ、はいっ」
彼の言葉にすぐ反応し、そっと2人を床に降ろす。
「……浮いてたのはエミリスちゃんの魔法なの? ほんと何でもできるのね……」
いつもの表情に戻ったナターシャが感嘆しながら聞いてきた。
「あ、はい。この近さなら大抵のものは浮かせられます。できないものもありますけど……」
今の彼女の魔力なら、相手が暴れていようが無理矢理持ち上げてしまえる。
ただ、魔導士が自身の魔力で防御した場合などは上げられないということもわかっていた。
「凄いわねぇ……。あ、わざわざここに来たの、用があるんだった。忘れてたわ。……でも、あなた達食事中だったのね。出直した方がいいかしら?」
不意に思い出したのか、ナターシャがようやくアティアスの家をわざわざ訪ねてきた本題を話そうとしたが、テーブルに並べられた食べかけの昼食を見て確認する。
「いや、別に姉さんが構わないなら良いけど。……昼はもう食べたのか?」
「ううん、ちょっと早いから帰ってから食べようかなって」
「それなら、一緒に食べて行きますか? 多めに準備してましたから、すぐ出せますよ」
食べてないというナターシャに、エミリスが提案する。
「良いの? やった! エミリスちゃんの料理、食べてみたかったのよね」
「はい、ちょっとだけお待ちくださいね。アティアス様とお話でもしててください」
喜ぶナターシャに声をかけて、エミリスは厨房に入っていく。
それを見送ってから、ナターシャは口を開く。
「あのね……。アティアスに最初に伝えておこうかと思って来たんだけど……」
珍しくナターシャが言いにくそうに話すのを聞いて、アティアスはピンときた。
「……ノードのことか?」
「ええっ! なんでわかるの⁉︎」
先に名前を出されて、ナターシャはびっくりした様子を見せる。
「そりゃ、最初に俺のところに来るって、ノードのことくらいしかないだろ」
「まぁそうかもだけど……」
納得した様子でナターシャは呟く。
ノードは何年もの間、アティアスが護衛として連れていたこともあって、関係は最も深い。
「あのね、この前はアティアスがいなかったから勝手に借りちゃったけど、正式にノードを私の護衛につけたいのよ。……構わない?」
「構うもなにも……エミーとは違って、ノードは俺のものって決まってる訳じゃないしな。本人が良いなら別に構わないよ」
「そう、ありがとう」
ナターシャはほっとした様子で礼を言う。
それに対して、アティアスが思っていたことを伝えた。
「……で、用ってのはそれだけか? 俺はてっきり婚約の報告にでも来たのかと思ったんだけど」
「ええっ! ……そ、それはまだ早いかな……って」
それを聞いて、ナターシャは真っ赤になってしまった。
サバサバした性格の彼女だが、恋愛には疎いようだった。
「ふーん、そのつもりはあるんだ」
「……う、うん」
厨房からこっそり聞いていたエミリスは、込み入った話になりそうだと思い、そのタイミングで食事を持ってきた。
「はい、ご準備できましたよ。どーぞ」
「あ、ありがとう。……エミリスちゃんにも聞いていい?」
「ええ、構いませんけど……」
ちょうど良いタイミングだったのか、ナターシャはテーブルに着いたエミリスに顔を向けた。
「……彼にプロポーズさせるにはどうしたら良いかなって。エミリスちゃんはどうやったのか知りたくて」
「彼って、ノードさんのことですよね? うーん、私の場合はちょっと特殊でしたから……」
エミリスは自分の時のことを思い浮かべた。
正式にはレギウスのところでプロポーズを受けたことになるのだろう。とはいえ、その前から公的には結婚していたということで、追認という形だったのが特殊だと思ったのだ。
「……私はむしろアティアス様に言わせちゃったような気も。だからそう言う雰囲気を作り上げれば良いのかなって」
エミリスは自分から希望して、悩んでいたアティアスに決断させたのだ。
それがなければ、もしかしたら先延ばしになっていたかもしれないと、そう思っていた。
「あのときエミーが何も言わなかったら、結婚はもうちょっと先だったかもな」
アティアスも同意する。
「そうなんだ……。エミリスちゃん、見かけによらず大人ねぇ。私にはそんなの無理よ……」
ナターシャがひとつため息をつく。
彼女の性格なら「私と結婚しなさいよ!」とでもさらっと言うのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
「……アティアス様、私たちで何かお手伝いできませんかねぇ?」
「うーん、ノードは立場もあって、自分からは言い出しにくいだろうからな。ちょっと考えてみるよ」
その言葉にナターシャが目を輝かせた。
「ホントに⁉︎ 最近進展ないから悩んでて。相談に来た甲斐があったわ。……うん、料理も美味しいし……ほんとエミリスちゃん有能すぎない? アティアスが羨ましいわ……」
ようやく食事に手をつけたナターシャが、料理を頬張りながらアティアスを羨む。
「ふふ、私の恩人ですから。私こそ、アティアス様は誰にも譲りませんよ」
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