第75話 少女

「お前らは何をしているんだ。追い剥ぎか⁉︎」


 アティアスが男達に叫び返すと、年長と思われる男が怒声を上げた。


「お前には関係ない! 邪魔するなら全員殺す‼︎」

「理由はわからんが、そう言うわけにはいかない」


 ちっ!

 という舌打ちが聞こえる。


 その間、彼女はまだ魔法を放ち続けているが、壁に阻まれて効果はなさそうだった。

 しかし――


「……そろそろでしょうか」


 エミリスがぽつりと呟く。

 そのとき、パキンとガラスが割れるような音が耳に届いた。

 ――なんだ⁉︎

 そう思うと同時に、悲鳴が耳に届く。


「――っがああぁぁ!!」


 彼女が放っていた雷撃を防いでいたはずの男は、身体を仰け反らせ、叫び声を上げた。


「死ぬほど強くはしていませんので、ご安心を」


 エミリスが話しかける。


「バカな! これで防げない魔法などあるわけがない……」


 ひとり倒れた男を見て、残りの男達は呆然としていた。


「ふふ。どんな壁でも、それ以上の魔法をぶつければ耐えることはできませんよ?」


 彼女は冷たい声で言い放った。

 壁に対して、以前見せたように石などをぶつけることもできたが、ここは敢えて自身の魔法の力を見せつけるほうが楽だと判断したのだ。

 それに被せるようにして、アティアスが続ける。


「まだやるか? 俺たちは仲裁したいだけだ。手を引くと言うなら、ここで見逃してやる」

「くっ……」


 残りの2人は顔を見合わせて、苦い顔を向けて答えた。


「……やむを得ん。ここは退こう」


 そう言いながら、剣を仕舞った。

 そして雷撃に打たれて倒れている男を2人で抱えるようにして、後ろに下がる。


「……おい、大丈夫か?」


 気を失っている男の身体を揺すると、顔を歪めながらも意識を取り戻した。


「うぅ……。何とか……大丈夫だ」


 肩を借りながらも、自分の足で歩きながら、後退する。ある程度距離を取ったあと、踵を返し去っていった。


 ◆


「……大丈夫か?」


 アティアスは剣で斬られた男の介抱をする。

 傷は既に塞がれていた。

 アティアスが男達と話をしている間に、エミリスが魔法で治療していたのだ。失った血は戻らないが、傷は塞ぐことができていた。


「す、すまない……」


 青白い顔で魔導士の男が返事をする。

 かなり血を失ったようで、止血がもう少し遅くなれば命が危うかっただろう。


「無事でよかった。……何が起こったんだ?」


 アティアスが聞く。

 しかし魔導士の男はかぶりを振った。


「わからない……。突然道を阻まれて、馬車から降りろと」

「そうか。野盗には見えなかったが……」


 こんな白昼堂々、待ち伏せされていたのだろうか。

 そのとき、馬車の扉が開き、中から声が響いた。


「オースチン! 無事で良かった!」


 女の子の声だった。

 馬車に乗っていたのは、まだ10歳を少し過ぎたくらいだろうか、エミリスよりも幼い少女だった。

 とはいえ、背丈はエミリスより少し高いだろうか。

 ストレートの金髪を腰まで伸ばし、真っ白のドレスを纏っていて、一目で高い身分であることがわかった。


 オースチンと呼ばれた魔導士は、か細い声で返事をする。


「ウィルセアお嬢様……。不甲斐ないところをお見せしてしまい、申し訳ありません」

「いいえ。……無事であったならば、かまいません」

「ありがとうございます」


 このオースチンは、ウィルセアと呼ばれた少女の従者のようだった。

 ウィルセアは馬車から降り、アティアス達に向き合って、深く頭を下げた。


「私はウィルセアと申します。こちらは私のボディーガードのオースチン。私たちの危機を助けていただいたこと、礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました」


 まだ少女だが、礼儀正しく話す様子は、しっかりと教育されていることを示していた。

 アティアスはそれに答える。


「ミニーブルに行く途中、たまたま通りがかっただけですよ。大したことはしていません」


「そうなんですね。私たちもこれからミニーブルに向かうところでした。もしよろしければ、後ほど城に立ち寄ってください。必ずお礼をさせていただきます」


 アティアス達もミニーブルに行くことを知り、少女は提案をしてくる。


「そんな気遣いは不要ですよ。これからの道中もお気をつけてください」


 そう言ってアティアスはエミリスを連れ、置いてきた馬の方に戻ろうとした。


「せめてお名前だけでも、お聞かせ願えませんか?」

「……アティアスと申します。こちらはエミリスです。それでは失礼します」

「あなた達もお気をつけてくださいませ」


 ウィルセアとオースチンは改めて頭を下げて、2人を見送った。


 ◆


「あの女の子、貴族なんですよね? ……たぶん」


 歩きながらエミリスが確認すると、アティアスはそれに対して頷きながら答える。


「恐らくそうだろう。会ったことはないし、どこの令嬢かもわからないが……」

「となると、誕生日パーティーでまた会うことになるんでしょうかねぇ?」

「……たぶんな」


 確信は持てないが、恐らくそうなるのだろうと思った。


 エミリスが周囲を確認すると、馬車はもうかなり先まで進んでいるようだった。

 恐らくもう心配はないだろう。

 程なく、馬の待たせているところまで帰り着いた。馬にとってもちょうどいい休憩になったようだ。


「じゃ、俺たちも行くか」

「はいっ」

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