第67話 浮遊
「試作の宝石は3つか」
コテージのダイニングで、木箱の中を確認すると、以前ドーファンの所で試したのとよく似た丸く透明な宝石が、3つ入っていた。
誤って触ってしまわないようにか、ご丁寧に開閉できる革製のポーチのような物も同梱されている。
これをベルトにでも付けておく、ということだろうか。
「とりあえず一個、魔力を入れてみますね」
エミリスが言って、宝石を手に取る。魔力を込める時は前と同じく手に持つだけのようで、宝石に空きがあるだけ魔力が吸い取られるらしい。
「わわっ!」
以前は触ってもなかなか色が変わらなかったが、今回はすぐに真っ赤に染まる。彼女は慌てて宝石を机に置いた。
「びっくりしました……。なんか、身体中がゾワっと……」
肩をすくめて、感想を言う。
恐らく、以前魔力をテストした時にアティアスが感じたものと同じような感覚だったのだろう。
「俺もあの時はびっくりしたよ。それにしてもこんなにすぐ溜まるって、この石が何か変わったのかな? それとも……」
「……たぶん、変わったのは私だと思います。前より魔力をいっぱい出せるよーな気がしてるんです。それに、ほら……」
そう言って、左手の紋様を彼に見せた。
「……かなり薄くなってるな。遠目にはもう分からないくらいか」
「そうなんですよー。この町で色々魔法の練習してるうちに、だんだんと……」
「そうなのか。じゃあ、前より大きな魔法も使えるのかな?」
「かもしれません、試してはないですけど……」
もしそうだとすると、彼女の弱点はほとんど残っていないのではないだろうか。
「そっちはそのうち確認しよう。それで、まだ魔力に余裕はあるか?」
「はい、少し驚いただけです。そもそも魔力無くなった時の感覚がわからないので何とも……ですが、たぶんまだまだ大丈夫です」
「そうか。相変わらず底なしだな。……胃袋といい、どうなってるんだ? エミーの身体は……」
「むー、お腹は関係ないですー。それに私の身体、隅々まで全部知ってますよね⁉︎ どう見てもふつーの人ですっ」
エミリスは頬を膨らませて抗議しながら、ほらほらと言わんばかりに上着の裾を捲り、可愛らしいおへそを見せてきた。
「……それは外側だけだって。中はまだ謎だらけだ」
「私を人外みたいに言わないでくださいー」
充分人間離れしてると思う……と、心の中で呟く。本当に味方で良かったとも。
「ははは、じゃちょっと試してみるか」
彼はそう言って、椅子から立ち上がり、腕輪を嵌めてから真っ赤になった宝石を持つ。
この腕輪も木箱に同梱されていたもので、これを付けていると魔力が引き出せるとのことだった。
「ふむ、持っただけだと何ともないな。そりゃそうか」
ならば……と、魔法を使う時のように魔力を練ってみる。その様子を彼女は座って見ている。
「おぉ?」
いつもの感覚とだいぶ異なる感じに、つい声が出る。
「どうしました?」
心配そうにエミリスが聞いてくる。
「あ、いや、大丈夫だ。……確かに、なんか自分の魔力がだいぶ増えたように感じるな。ただ……」
アティアスは続ける。
「慣れないとうまく制御できないかもしれない。いつもの感覚で魔法を使うと、やり過ぎるかも……」
このコテージで魔法を使うのは危険すぎると思い、そっと宝石を置く。
「ふぅ……。ミニーブルに行く途中で練習するか」
「私も浮かぶ練習してるので、お揃いですね♪」
何故か嬉しそうだ。ふと、彼女がこのウメーユにいる間もこっそり練習しているのを思い出し、聞いてみる。
「あれからどうだ? だいぶできるようになったのか?」
待ってました、と言わんばかりに彼女はドヤ顔を見せる。
「ふふふ……。実は結構自由に飛べるようになったんですよ」
そう言うや否や、彼女は椅子に座ったまま、すっと部屋の中ほどまで浮かんでみせた。椅子ごと。
初めて浮かんだ時のように髪が逆立ったりすることもなく、自然にただ浮いているだけに見える。
「おお、すごいな!」
彼が驚く。
彼女は椅子から立ち上がるような仕草で椅子の背を持ち、そっと床に置く。自身は浮いたままだ。
そのままふわっと空中を滑るようにアティアスの方に近づくと、ぎゅっと抱きついてくる。
「どーです? びっくりしました?」
彼の胸に顔を擦り付け、下から見上げるように笑顔を見せる。
「ああ、ここまでできるようになってたんだな」
素直に彼女の努力を褒める。
「ですー。外では絶対やりませんけどね」
「だよな。更に目立ったら困る」
「ふふふー」
彼女の足はまだ浮かんでいる。抱きつかれているが、全く重さを感じなかった。
「どのくらい浮いてられるんだ?」
疑問に思って聞く。
「えっと、それは時間ですか? それなら多分いくらでも大丈夫ですー。1時間くらいはやってみましたけど、何ともなかったので」
彼女にとって大した魔力量ではないらしい。もしかすると、使う分よりも回復する方が多いくらいかもしれない。
「じゃ、アティアス様も浮かせちゃいますよ」
今度はそう言って、自分ごとアティアスを持ち上げる。もちろん力ではなく魔力で、だ。
「おわっ!」
慣れない感覚に驚きの声が出る。
あっという間に、2人とも先程と同じように部屋の中でふわふわと浮いていた。
ただ、アティアスは自分では身動きが取れないので、彼女に任せるしかない。
「怖いのでどこまで高くいけるかとかまでは、試したことないですけど……」
そう言いながら、高度を下げてそっと床に降り立つ。
彼女は褒めて褒めてとばかりに、キラキラした目を見せている。
そんな彼女の頭をいつものようにそっと撫でると、今度は自分の足で彼に抱きつく。
「すごいな。更に人間離れしてきたな」
「私、人外じゃないですよっ!」
抗議しつつも、笑顔を見せた。
◆
「今晩が最後ですねぇ」
エミリスが感慨深げに呟く。
今は夕食の最中だった。このコテージでは自由に料理ができたのが良かったが、これからしばらくはまた旅をすることになる。
アティアスに聞くと、このウメーユから北西にあるミニーブルまで、途中に2つの町があるそうだ。
真っ直ぐに行くなら、馬の足なら3日あれば着く。
ただ、いつものようにそれぞれの町で1日滞在してから次へ、という予定で考えていた。
「野宿しなくていいから楽だけど、エミーの手料理が食べられないのは残念だな」
彼女はここにいる間も、毎日工夫して新しい料理を作ってみたりと、研究に余念がなかった。彼を飽きさせないようにと、いつも考えていたのだ。
「ふふー。でも新しい町に行けば違う料理もありますから、全部再現して差し上げますよ」
自信満々に胸を張る。
一度食べれば大抵のものは再現する自信があった。むしろ自分なりに改良して、彼の好みに合わせることもお手のものだ。
やはり味覚もそれだけのものを持っているのだろうか。
「エミーがレストランを開いたら繁盛するだろうな」
「かもしれませんねー。……でもやりませんよ? 私にはアティアス様をお守りする最重要な役目がありますからー」
彼女にとってみれば、彼が喜んでくれさえすれば良いのだ。
その目的のためであれば、他の人に料理を振る舞うことは何も問題ないが、不特定多数の人にということに興味はなかった。
「そうか。これからもよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
わざわざ席を一度立って、真剣な顔で礼儀正しくペコリと頭を下げる。こういうところは最初と変わらない。『様』付けで呼ぶのと同じく、彼女にとっての決まりのようなものだった。
今となってはそのことにあまり意味はないが、一度やめると、どこまでも緩んでしまうと彼女は思っていた。
「……で、飲むのか?」
彼が一本残してあったワインを彼女にちらつかせる。
「……き、聞かなくてもわかってますよね?」
もちろん聞くまでもない。
というか、答える前に彼女はワインオープナーを手にしている。
彼が瓶を見せた瞬間に、壁に掛けてあったそれを、さっと魔力で手元に取り寄せていたのだ。
相変わらず便利な力だ。
「はい、どーぞ」
そしてそれを彼に手渡すと、すぐにコルクを抜いてくれる。
その間に彼女の手元には既にグラスがある。
彼女の目の色のように澄んだ赤い液体が、一筋の糸のようになってグラスに注がれる。
一連の流れに澱みがない。
それもそうだ。毎日のように繰り広げられている訳で、今日に始まったことではない。
「ありがとうございます」
「じゃ、無事にミニーブルに着くことを願って、乾杯」
「かんぱーい!」
2人の喉を、液体がするっと通っていく。
ああ、美味しい……。
毎日のことだが、これにはなかなか抗えない。彼女の弱点のひとつだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます