第58話 蒲魚

 しばらく、エミリスが防ぐ雷撃を挟んで、ワイルドウルフと向かい合う時間が過ぎた。


 ――ふと、エミリスは気付く。


 自分がこうして守っている間に他の魔法が使えないということは、相手も雷撃を仕掛けている間は防御できないかもしれない。

 あまり関係ないのかもしれないけど、こうして睨み合ってるだけなら試してみる価値はあるかもと。


「……アティアス様、もしかすると相手が攻撃している今は、防御できないかもしれません。……打てますか?」

「やってみる。……荒れ狂う炎よ、爆炎となりて焼きつくせ……」


 先ほどと同じ爆炎の魔法を全力で練る。


「……爆ぜろ!」


 瞬間、ワイルドウルフ達の中心に向けて魔力が収縮し、爆発を起こす。


 ――ドゴォン‼


 今回は弾かれずに炸裂させることができた。

 血と肉が飛び散り、辺りを嫌な臭いが立ち込める。

 その瞬間、雷撃も止まった。


 エミリスは落ち着いて防御魔法を解く。

 周囲を注意深く見て、狼たちの生き残りが居ないかを確認するが、アティアスの魔法で全て倒すことができたようだった。


「ふぅ……片付いたか?」

「……の、ようですね。それにしても、アティアス様の魔法は強力ですねぇ」


 エミリスが感嘆する。

 実際、一撃の威力はアティアスの魔法のほうが強く、彼女はこういった全体を攻撃するような魔法は苦手だった。


「エミーが守ってくれてなかったら黒焦げだ。助かったよ」

「ふふ、私は一度黒焦げになりかけましたからね。二度目は勘弁です」


 彼女の頭にぽんと手を乗せてから、狼たちの死骸を確認に向かう。

 兵士たちも安堵し、その手伝いを行う。


 それにしても魔法を使ってきたのは、やはりワイルドウルフの一個体だったのだろうか。もしそうなら、それはもう獣ではなく魔獣と呼べるだろう。

 注意深く、一頭一頭を確認していく。

 すると、そのうちの一頭の首に、首輪が付いていることに気付く。


「これは……なんなんだ?」


 ワイルドウルフに付いていた首輪には、水晶のような小さな宝石がいくつか埋め込まれていた。

 アティアスは宝石に触れないよう慎重にその首輪を外す。


「なんなんでしょうね?」

「わからん。ただ、誰かが首輪を付けたんだろうな。ワイルドウルフが自分で首輪を付けるとは思えないし」

「うーん……」


 二人で首を捻る。


「まぁ今は調べようもない。……それよりこの門の守りをなんとかしないと」


 破壊された門を塞がないと、このあとが大変だった。

 とはいえ、すぐには復旧もできないだろう。兵士を増員して守りを固める必要があった。


「しばらく俺たちが見ているから、すぐに町長に連絡して兵士の増員と、可能なら傭兵も雇って門の守りを固めるように伝えろ」


 アティアスは兵士たちに指令を出す。


「は、はい! 急ぎお伝えして参ります!」


 兵士たちは慌てて伝令に走る。30分もすれば増員が到着するだろう。その間はエミリスと二人で警戒することにした。



「……それにしても、ここに来て早々にこれとは……運がいいのか悪いのか?」

「アティアス様って実は運が悪い……?」

「え……? それはエミーの方じゃないのか?」

「うーん……どうでしょうか……」


 悩むエミリスにアティアスは追い打ちをかける。


「……運が良かったら、そもそも最初から孤児になんてなってないだろ?」

「うぐ……」


 言葉に詰まる。確かにそうかも……。

 考えてこんでいると、彼が頭を撫でてくる。


「冗談だ。きっとたまたまだよ。俺たちが来てなければナハト達か、もしくは他の誰かが何とかしただろうしな」

「そうですね……。それに孤児だったからアティアス様に出会えたのです。……それは運が良かったからです、きっと……」


 彼に身を委ねつつ呟く。


「……そうだな」


 ◆


 幸い、増援が来るまで新たな脅威はなかった。


「しかし、次も魔法で攻撃してくるようなことがあれば、門では防ぎようがないだろうな」


 二人は兵士に任せて宿に戻ってきていた。

 エミリスはまた眼鏡をかけている。なんだかんだで気に入っているようだ。


「対策って何かできるものなんですか?」

「基本的には魔法を使うには声が必要だから、それほど遠い距離には放てない。だから普通は周りを警戒してれば大丈夫なんだがな。……ただ、さっきのワイルドウルフは声を出してはいなかっただろう?」

「あ、そういえば……」


 確かに吠えたりもせずに魔法を使っていたように見えた。

 彼女は自分が同じ事をできることもあって気にしていなかったが、確かに言われてみると違和感がある。


「つまりエミーと同じように、遠くまで届く魔法が使えるかもしれない。そうなると対処が難しい。常に魔導士を置いて防御させるわけにもいかないからな」

「うーん……門の外に柵を作るとか?」

「それも一つの手かもな。柵の目がある程度細かければ、それをすり抜けて魔法を使うのは難しいからな」

「私なら隙間からでも狙えますけどねっ」


 誇らしげに彼女が胸を張る。


「そりゃエミーほど細かく制御できるならそうだろうけど、今日の奴らの魔法は荒っぽかったからな」

「なるほど……。あ、でも魔法で門を壊せるなら、町の周りの塀、どこでも壊せるんじゃないですか?」


 それは盲点だった。

 正直に門から入って来なくても、破壊できるならどこからでも入り放題だ。


「……確かにそうだな。もしそうなったら手の打ちようがない。ただ、獣達は元々それほど数が多いわけじゃない。いくら賢くなっても、急に数は増えないだろうし」

「困りものですねぇ。……あと、雷の魔法を使ってたのが気になりました」

「あの魔法はこの辺りの魔導士では珍しいからな。となると、やはり北の影響があるんだろうか?」

「ドーファン先生も系統のこと仰ってましたね」


 確か雷の魔法を使う魔導士は北の方に多いと聞いた。


「そういや、エミーも俺とは得意な魔法だいぶ違うよな」

「はい、そうですね。治癒の魔法とかもできますけど苦手で……。でも雷の魔法は練習したら、実は結構自分には向いてそうでしたよ」

「へぇ……雷も使えるのか。エミーに使えない魔法とかあるのか?」

「うーん? ……今のところ記憶に無いですね」


 思い出すように考えながら彼女が答える。相変わらず規格外だな……。


「とりあえずはしばらく様子を見よう。場合によっては親父に兵を出してもらうように考えておいた方が良いかもな」

「では、しばらくここに滞在します?」

「そうした方がいいと思う。ま、急ぐ旅でもないしな」

「はい。承知しました」


 ◆


 とはいえ、アティアス達は旅人であり、対処をするのは町長を始めとしたこの町の人達だ。

 ゼバーシュ卿の関係者なので協力を要請されれば動くが、逆に言えばその町が独自に対処しようとするのであれば、あまり干渉するのは良くないとアティアスは考えていた。

 以前の彼なら気にしなかっただろうが、シオスンの件を片付けるときに、自分が動きすぎるのは良くないという事を学習していた。

 なので、今はあくまで保険的な意味合いで町に残っていた。


「なんにもおこらないですねぇ……」


 テンセズにある唯一のクレープ店で、お気に入りのチョコがたっぷり乗ったクレープを買って頬張りながら、エミリスが呟く。


「その方がいいじゃないか」


 ワイルドウルフの襲撃から2日が経ったが、そのあとは何も無かった。

 破壊された門は簡易的に修復され、普段は町全体を担当している兵士が門周辺への応援に回されている。

 そして東西南北の各門に必ず一人は常駐されるように魔導士を配置していた。


「それもそうですね。……あとどのくらい滞在しますか?」

「とりあえず、ワイルドウルフが付けていた首輪の調査結果が届くまでは待つつもりだ」

「ああ、そーいえばドーファン先生の所に送ってましたね」


 クレープを食べ切ったエミリスが、ポンと手を叩いて納得する。


「……あ、さっきのと同じクレープ、もう一個くださいっ」


 そしてすかさずクレープのお代わりを注文する。

 それを見たアティアスは呆れながらに問う。


「……エミー、次で何個目だ? ……言ってみろ」

「え⁉︎ ええっと……忘れちゃいましたー」


 彼女はとぼけるが、明らか目が泳いでいた。


「……俺の記憶が確かなら、6個目だぞ?」


 アティアスは彼女のこめかみを指でつつきながら指摘する。


「あうぅ……ごめんなさいです」


 彼女も流石に食べすぎなのを自覚して涙目になっていた。


「……程々にしとけよ。晩飯食べられなくなるぞ?」

「それは大丈夫です。ちゃんと食べられます!」

「そこは自慢するところじゃない」

「あうー」


 彼の冷静な指摘に彼女は天を仰ぐが、タイミング良くその手にクレープが手渡された。


「はい、出来上がりましたよ」

「……あ、はいっ」


 食べていいものかと、ちらっとアティアスの顔色を伺う。彼はただただ呆れているようだった。


「……アティアスさま……これ……お食べになりますか……?」


 恐る恐る彼に手渡そうと差し出す。

 そんな彼女の様子につい笑ってしまう。


「いや、好きに食べていい。……別に怒ってないぞ。呆れてるだけだ」

「……怒ってない?」

「怒ってない。心配するな」


 怒ってないとわかり、彼女はほっと胸を撫で下ろす。


「じゃ、遠慮なくいただきまーす」


 と言って、思い切りかぶりつこうとしたそのクレープを、ひょいとアティアスが奪い取って、そのまま彼が齧り付く。


「あーー! 私のクレープ!」


 彼女は涙目で非難の声を上げた。


「……せめて遠慮くらいしろって」

「むむー、好きに食べていいって言ったのに酷いですー」

「あっははは!」


 ころころと表情が変わるので、からかっていて楽しくなってくる。


「明日も食べたかったらこのくらいにしとけ」


 そう言うと、今度は急に目を輝かせる。


「明日も食べていいんですかっ? なら今日は我慢しますっ!」

「ああ、ただ程々にな」

「了解ですっ!」


 ビシッと返事をしつつ、彼女は考える。

 ――程々ってことは5つくらいまでなら大丈夫かな、と。

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