第56話 再会

 ドーファンに会った翌日、トロンの町を出た。そして途中の村で一泊し、二日後の夕方にはテンセズに着いた。


「三ヶ月ぶりだな……」

「はい、懐かしいですー」


 身分証を提示して町に入ると、まずは以前に泊まっていた宿を確保する。宿の主人はまだ覚えてくれていたようで、スムーズに手続きができた。

 そのあとは馬を預けて、夕食のため久しぶりにギルドの酒場に向かった。



「おお‼︎ アティアスじゃないか! 久しぶりだな!」


 酒場では以前と同じように、ナハト達が酒を飲んでいるところだった。二人の顔を見たナハトが驚いた顔ですぐに声をかけてきた。


「ああ、しばらくゼバーシュに帰ってたけど、また次の旅の途中でね。ついでに寄ってみたよ」


 さすがに三ヶ月も経つともう居ないかと思っていたのだが、まだこの町に留まっていたようだ。


「エミーも! 元気そうだねっ」


 ミリーはエミリスに声をかけながら、席を立って彼女をぎゅっと抱きしめた。


「お久しぶりです、ミリーさん!」

「心配してたのよ。あれから元気にしてるかなーって。……ところでなんで眼鏡なの? 目は良かったでしょ?」

「ふふふ、変装してるんですー」


 笑いながら左手で眼鏡をクイっとする仕草をしながら、エミリスが答える。


「……変装? なんか狙われてるの?」

「いや、そんなことはないけど、エミーは目立つからな。用心のためだ」


 アティアスが代わりに答えた。


「ふーん……。あーっ! エミー指輪してる! もしかして……?」


 エミリスの薬指にある二重のリングをめざとく見つけたミリーが問う。


「……えへへ。実は私達、新婚さんなんです」


 照れながらエミリスが説明すると、ミリーが更に強く抱きしめる。


「ホントに⁉ ……良かったね! おめでとう‼︎」

「ありがとうございます」


 ミリーは涙を浮かべていた。

 エミリスの想いを知っていて、それにずっと協力もしていた彼女だったから、本当に嬉しく思えたのだ。


「アティアスも元気そうでなりよりだ」


 トーレスも気さくに話しかけてくる。


「ああ、ありがとう。……俺たちも混ざっても良いか?」

「もちろんだよ。あれからの話を聞かせてくれ」



 それからナハト達に一通りの事を話した。とはいえ、エミリスの能力に関する詳しい話は伏せておく。


「そうか、大変だったな。ノードがいないのも理由がわかったよ」


 ナハトが考えながら話す。


「エミーが何でもやってくれるし、下手な護衛を付けるより安心だからな。一緒に居てくれないと困るよ」

「アティアス様のためならいくらでも頑張れますー」

「そのあたりは前とあんまり変わらないわねー」


 ミリーはうんうんと頷き、エミリスに小声で耳打ちする。


「……で、夜の方も頑張ってるのよね?」


 急に振られたエミリスは突然のことに当惑しつつも、顔を真っ赤にして答える。


「そっ、それは……秘密です……」

「相変わらず分かりやすいわねー」

「むー、酷いです……」


 そんなエミリスに更に小声で問う。


「……それで、結局どうやって落としたの?」

「……私もよくわからないんですけど、気づいたらこうなってました」


 訳がわからないが、ある意味彼女らしいと思った。

 あまり人生経験のない彼女は小細工をせず、努力して、不器用でも素直に好意をぶつけていたのだ。それが良かったのだろうと。

 それを聞いていたアティアスがエミリスの頬を指でつついて笑う。


「結局はといえば、こいつが可愛いのが悪い」

「むむー、私は悪くないですよぅ」


 そう言いつつも、エミリスはアティアスに抱きつく。正直、誰が悪いかと言うと、その犯人は手続きをしたレギウスなのだが、その勘違いには感謝したいくらいだ。


「うわっ、惚気かー。あー暑いのが更に暑くなったわねー」


 ミリーがナターシャと同じような反応を示す。もし二人を会わせたら、意気投合しそうな気がする。


「何にせよ、二人とも元気そうで良かったよ」


 トーレスがアティアスの肩を叩き、頷きながら感慨深そうに言った。


「ああ、エミーがいなかったら俺はここで死んでたかもしれないし、ゼバーシュでもな。……だから、これからもずっと面倒見るよ」

「私もアティアス様に救っていただいたので、ずっとついていきますー」


 そんな二人を見てミリーが深く頷く。


「運命の出会いだったのね……」

「そう! きっと運命だったのですっ」


 アティアスに抱きついたまま、意味もなくエミリスが拳を握りしめる。


「まぁ努力しないと運命も微笑まないからな。それだけエミーが頑張ったってことだ」


 アティアスが補足する。

 そのまま頭を撫でると、彼女はアティアスに頬擦りしながら喜ぶ。


「ふふふー、ついに私の頑張りを認めてくれましたね」

「いや、それは最初から認めてるぞ?」

「な、なんですって⁉」


 ナハト達は夫婦漫才を見せつけられて唖然とする。

 以前はお酒を飲んだ時はともかく、普段は主従のような関係を崩さなかったのに、今は人目もはばからず仲の良さを見せつけていた。


「……話は変わるけど、ナハト達がまだテンセズにいるとは思わなかったよ」


 腰に重りを付けたままアティアスがナハトに聞く。


「ああ、ここで稼ぎの良い傭兵の仕事があってな。いつまで続くかわからないが、その間はここにいるつもりだ」

「そうか、それは良かったな。町は変わらないか?」

「そうだね、町長が変わってから、特に大きな事件はないよ。ただ……最近、このあたりに時々強い獣が出るんだ」


 トーレスがそう説明してくれた。


「強い獣? 今までとどう違うのか?」


 アティアスが不思議に思って問う。


「見た目は今までと同じだけどね。ワイルドウルフやブラウンベアーなどだが、妙に賢くて群れで統率が取れている奴らがいる。この町の近くでたまに現れて、旅人が襲われるから、護衛の仕事が増えてるのさ」

「……賢い獣か。もともと力はあるから怖いな。でも勝てないほどではないんだろう?」


 獣は群れで襲ってきても、あまり連携など取れておらず個別に襲ってくるだけだ。それが変わるとなれば、こちらも戦い方を考えなければならない。とはいえ、いくら知恵をつけても元々の強さが増すのでなければ、自分たちにとって然程の脅威ではない。


「ああ、ただ経験の少ないパーティにとっては、なかなか厳しいものがあるようだ」

「そうか。俺たちも気をつけるよ。……俺たちが今回ここに寄ったのは、北のマッキンゼ領の動きを調べに来たからなんだ。俺たちが一番動きやすいからね」

「ふむ、それでか。戻ってきた理由がわかったよ。マッキンゼ領の噂は私達も聞いているからね」


 トーレスが頷く。


「まぁ半分は新婚旅行みたいなもんだ。残り半分がその調査ってことで」

「良いなー。あたしも自由に旅行したいなー」


 ミリーはそう言いつつ、トーレスの方をチラッと見る。それに気付いているのだろうが、トーレスはとりあえず無視して口を開く。


「なんにせよ、せっかく来たんだ。しばらくゆっくりしていくと良いよ」

「ああ、そのつもりだ。……またよろしく頼む」


 二人は以前の約束の通り、ナハト達の分も食事代を支払い、ギルドを出る。夢中に話をしていたエミリスは、それほど飲まなかったこともあり、まだまだ元気そうだ。


「久しぶりに会えて楽しかったですー」

「そうだな。まさかまだ町にいるとは思わなかったけど……」


 アティアスの腕にしがみついたままの彼女は、彼の顔を下から見上げる。


「ですねー。私も、もしかしたらくらいに思ってました」

「それにしても獣か……。ゼバーシュの方ではそんな話を聞かなかったから、まだこの辺りだけなんだろうか……?」

「なんなんでしょうねぇ。……獣さんたちの学校でもできたんでしょうか?」

「それはないだろ……」

「もちろん冗談ですしっ!」


 笑いながら宿に帰ろうとするが、突然エミリスが何かに気付いて真面目な顔を見せる。


「あ……なんとなくですけど、これから何か起こりそうな気がしてきました……」

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