春夏秋冬

 縁あってエッセイを書いている。

 今回は季節に関する事を書いて欲しいと依頼され、悩んでいる最中。

 執筆が煮詰まった時はいつも、近くに在るホテルの喫茶店に行く。

 大きな椅子に腰かけながら美しい景色を眺めていると、自然と人の会話が耳に入って来るのだ。

 全く知らない人たちの、知らない人生の会話に思わず聞き入ってしまう。

 街に出ろという言葉ではないけれど、会話から様々な閃きを貰い思考が解き放たれるから。


 そうこうしているうちに、隣の席の二組のカップルの会話が聞こえて来た。


「兄さん。この人が僕のお嫁さんです」


「こんにちは。やっとお会い出来ましたね」


「お兄様。ご無沙汰しております」


「えっ。ご無沙汰?」


「はは、やっぱり兄さんは覚えてないよ。えーとねぇ。ヒントは赤い水着」


「赤い水着?」


「うん。覚えてないかなぁ、海」


「海……あっ、別荘の女の子か! 小学生だったよなあ。マジか」


「はい。お隣さんです。あの頃は……」


「そっかそうなのか。いやー、嬉しいなぁ」


 会話を聞きながら想像の世界が花開く。

 隣り合う別荘で毎年会う家族。子供心に積み重なって行く恋心。素敵だ。

 勝手に四人の世界を作り上げ、ひとり悦に入る。


「二人の結婚式が楽しみね。私は二度目だったから、ハル君とは結婚式を挙げて無いのよ」


「えー、そうなんですか。一緒に挙げます?」


「うふふ。それも楽しそうね。ハル君は何て言うかしら」


「お兄さんの事、ハル君って呼ばれているんですね」


「ええ、春幸さんは会社に入って来た時から、皆からハルって呼ばれていたから」


 再婚。どういった経緯で? それに奥さんが年上?

 新しい情報に、更に広がる想像の世界。

 申し訳ないけれど堪らない。


 頭の中に二組のカップルの物語が出来上がったところで、反対側の席に着いた人達の会話に興味を引かれる。どうやら結婚式の打合せの様だ。


「このホテルは家族の思い出の場所だし、二人の再会の場所でもあるので、ここにしようって」


「ありがとうございます。まさか、ここで遊ばれていたお二人がご一緒になるなんて。スタッフ一同感激しております」


「あの頃は悪い事ばかりしていた気がするけれど」


「いえいえ。では、ひとつだけ秘密のお話を……」


 年配のスタッフの思わせぶりな言葉に、ダメだと分かっていても耳を澄ましてしまう。


「昔の話ですが、この場所で遊んでいた子供がキスをしているのを見かけた事がございまして……わたくしの記憶違いでなければ」


 余りにも面白い話に、思わずカップルを横目で見てしまう。

 二人とも真っ赤になって俯いていた。

 またまた想像の翼が広がって行く。

 子供同士で誓った愛かしら。幼馴染との劇的な再会? ロマンチック!


 ウキウキしながら新たな物語を想像していると、いつの間にか家族連れが横に座っていた。可愛らしい兄妹が嬉しそうにお話をしている。

 何とも仲の良い家族で、私には理想の家族像に見えた。

 父親が頼んだコーヒーで何だか大騒ぎをしている。


「ねえ、ここのコーヒーにはウィンナーが付いてないの?」


「ああ、あれは特別」


「ええー。残念」


 話を聞いていて大叔父の事を思い出した。

 大叔父は脱サラして、海岸線の続く道沿いで長年喫茶店をやっている。

 親戚の集まりの時に、お客さんがふざけてウィンナーコーヒーを頼んだら、クリームとは別に、本当にウィンナーを付けるんだと笑っていたのを思い出したのだ。

 まさかとは思うけれど、あの喫茶店にこの家族連れが行ったとか……まさかね。

 それでも、ウィンナーに喜ぶ子供達の姿を想像してしまい、思わず微笑んでしまった。


 そして、今日一番の収穫はノッポな旦那さんご夫婦の話。

 奥さんが質問を投げかけ、旦那さんがそれに答えていたけれど、その会話が楽しい上に、言葉のひとつが胸に刺さったからだ。


「ねえ、春夏秋冬ってどういう意味か知ってる?」


「ああ、それはね、四季とか一年中って意味でしょ」


「あー。またまたつまらないお答えをありがとうございます」


「えー。じゃあ、何だよ」


「春夏秋冬とはね、人の人生の事。暑くて倒れそうな時や、寒くて凍えそうな時もあれば、穏やかで過ごしやすい時期もある。つまり、苦しい時もあれば、そうじゃない時も巡ってくるって意味なのよ。それだけじゃない、暑いときは暑さを、寒い時は寒さを楽しみ、穏やかな時はその時期をもっと幸せに過ごすって意味なのよ」


「そっかぁ? そんな意味まで含んでいるかぁ」


「あー。その辺の想像力の欠如がダメなのよ」


「はいはい。つまらない夫ですみませんねぇ」


「ううん。私の下らない話に合わせてくれる貴方が大好きよ。話が合うって大事よ」


「ふふふ。俺も大好きだよ」


 最後はのろけ話になって来たので、聞いているこっちの方が恥ずかしくなってしまった。

 いや、聞き耳を立てる私が悪いのだけれど……。




 沢山の人達の話を聞き。その人生に触れ。すっかりリフレッシュ出来た状態で帰宅。

 夕食後に暖炉の前でエッセイの仕上げをしていると、夫がノンカフェインの紅茶を煎れてくれた。

 ふと思い出して夫に例の質問をしてみる。


「ねえ。春夏秋冬ってどういう意味か知ってる?」


「何だ急に。春夏秋冬ねえ。ああ、年中無休って意味だろ」


「ち、違うわよ」


「えー。じゃあ、あれだ! 商い中ってやつだ」


「違うわよ。それは春夏冬でしょ。秋が無いから商い中って」


「あーそうか。んじゃ、一年中って意味だな。ほら、正解」


 夫の返事に呆れながらも笑ってしまった。

 こんな何の気ない話でも、夫との会話は楽しい。

 今日のご夫婦の会話を思い出す。

 話が合うって大事だと言っていた。話が合うって本当はこう言う事なのかも知れない。

 一緒だと良いのかも知れないけれど、お互いの趣味や趣向が違うのは当たり前。

 それでも一緒に過ごす時間が楽しいというのは、幸せな事なのだと思う。


 パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら、少し大きくなって来たお腹を擦る。

 私達の新たな家族。

 この子はいったいどんな人生を送り、どんな人たちと出会って行くのだろう。


 『人が抱えているもの。人の営み。それが春夏秋冬』


 エッセイの原稿を書きあげ、私はそっと筆を置いた。

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