春の有効期限
「あーあ、今日も収穫無しだったわね。あんたの方は」
「有るわけ無いでしょう。無理やり付き合わされたんだから」
「無理やりって。あんたも思いっきり独身じゃない」
「だからって勝手に婚活パーティに申し込まないでよ」
「えー、だって私達もう後がないわよ」
「なに言ってるの、まだまだうら若き独身の乙女よ」
「あんた馬鹿じゃないの。来年の春には独身寮を出ないといけない歳よ」
「うそ……」
「ほらほら、お尻に火が付いた」
「いいえ。だいたい年齢で独身寮を出ろとか……総務部に抗議よ」
「よし。抗議だ」
「うーん。やっぱり止めましょう。総務部長から『そうだね。何歳まででも住んでいて良いよ』なんて優しく言われたらどうするの」
「それは嫌」
「そんなの聞きたくないわよね」
「うんうん。それはそうと連休は暇なの」
「あーごめん。兄家族と旅行だ」
「はぁ? あんた、そんな事してる場合なの」
「ほっとけ!」
「あーあ。私達はこのまま仏様になってしまうのかしら……。ねえ、もしその頃まで今のままだったら一緒のお墓に入りましょうね」
「変なフラグ立てないでよ。良く聞くフレーズだけど、それは止めて」
「ふっふっふ」
──何々になったらか……。何だか懐かしいフレーズ。
独身寮の玄関を潜ると、散り始めた桜のお出迎え。
就職の年に兄夫婦が両親と同居する事になり、私は実家を出て会社の独身寮に入る事にした。
それから幾度も恋愛はしたけれど、今もここにご厄介になっている。
まあ、別に結婚を焦っている訳では無い。良い人がいればといった感じ。
私は気にしていないけれど、兄夫婦は実家から私を追い出したみたいだと、とても気にしてくれていた。今回の旅行もそう。
普段は旅行のお誘いは断っていたけれど、行先を聞いて行く事にした。
とても懐かしい場所だったから。
ゴルフ好きの父がゴルフ仲間の家族と来ていた観光地。
ホテルに到着すると、直ぐに思い出が蘇る。
家族サービスとか言いながら、ゴルフ目的の父たちは多少の罪悪感があったのか旅行中は致せり尽くせり。
お昼間は何でも自由で、夜は豪華な食事。子供ながらにレストランのガス灯の炎にワクワクしていたのを思い出す。
毎年一緒に行っていた家族の子供達とは、幼馴染じゃないけれど、子供同士とても仲が良かった。
昼間は子供達だけで探検とかして遊び、夜は親が居ない部屋に集まり、ずっと一緒に過ごしていた。
旅行の度に会うのが楽しみだったけれど、皆が高校や大学に進学する頃から参加者が減り、いつの間にか行かなくなっていたのだ。
兄家族は部屋に荷物を置きに行き、私はロビーで待つ事になった。
時間が有りそうなので喫茶店で紅茶でも飲もうとしたら、先客がいた。
座っている人に既視感があった。そう、家族旅行でいつも一緒だった男の子だ。
懐かしくて、思わずその頃のあだ名で呼んでしまう。
「えっ、もしかして」
「やっぱり! 覚えてる?」
「ああ、もちろん。久しぶり」
何年振りだろうか。同じ歳だけど早生まれで一学年上の彼。
いつも一緒で、親達からは『悪そう二人組』と呼ばれていた。
今考えると、とんでもない事を二人でしでかしていたからだ。
「この人だあれ」
彼のひざの上に乗っていた女の子が、私を不思議そうに見上げていた。
「ああ、ごめんごめん。ちょっとだけママの所に行ってくれるかな」
「はーい」
女の子は彼のひざから降り、何処かへと駆けて行った。
「あ、ごめんね。大丈夫」
「大丈夫。コーヒーが来たらそうしようと思っていたから」
「そっか。可愛らしいお嬢さんね」
「うん。可愛くて堪らない」
「ふふふ。そういえば何年ぶりだろうね」
「どうだろう……十五年ぶりぐらいかなぁ」
「そっかぁ。懐かしいね」
「本当。でも、変わってないね」
「あなたの事も直ぐ分かったわよ」
景色を見ながら、思い出話に花を咲かせた。
外に出たお嬢さんが大きなガラス越しに手を振り、彼が嬉しそうに振り返している。
家族旅行で毎年の様に一緒に過ごしていた彼は、すっかり良いパパになっていた。
「可愛いわね。パパが大好きなのね」
「パパ? ああ、姉の娘だよ。姪っ子」
「姪っ子?」
「そうそう。あんた独身で暇だろうから子守で付いて来いって言われてさ。懐かしい旅行先だったから、おめおめと付いて来たわけ」
「えー、そうなの」
独身と聞き思わずテンションが上がってしまう。抑えなきゃ。
落ち着こうと思っていたら、彼が誰かを指さしていた。
「ねえ、あれ旦那さんじゃない? 君をずっと見ているけれど」
「旦那? あ、ちょっと待ってて」
彼が指さした先に兄がいた。
すかさず駆け寄り、出発を待って貰うようお願いする。
先ずは彼の誤解を解かなくては。
「出発でしょ。久しぶりに会えて楽しかったよ。旦那さんも良い人そうだね」
「さっきから旦那旦那って言っているけれど、覚えてないの? あれ兄よ。一緒に遊んだじゃない」
「あ、ああー」
「旦那とか止めてよ。あたしあんなに趣味悪く無いわよ」
「イケメンだと思うけどなぁ。君の旦那さんはよっぽどいい男なんだね」
「だから旦那なんていないってば。私はうら若き独身の乙女……って、何でも無いわ」
「……」
お互いに独身と分かり、何とも言えない沈黙の時間が流れる。
幼馴染の様な関係。あの頃に抱いていた気持ちが顔を覗かせていた。
彼もあの時に交わした会話のフレーズを思い出していると思う。
「あ、あのさあ。あの時の事覚えてる?」
「な、なんの事かなぁ」
「この席に座ってドラマの真似した時の」
──やっぱりだ……!
「思いだした。『三十歳になってもお互い独身だったら結婚しょう』でしょ。言ってたね」
あからさまにならない様に気を付けながら、首を傾げ彼の瞳を覗き込む……。
私のファーストキスのお相手は、目線を合わせると照れくさそうに話し始めた。
「あのさ……。その件は、まだ有効」
「はい。もちろんです」
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