第2話
退社後、谷崎に連れられてやってきたのはハーモニカ横丁だった。
戦時中の闇市の名残か道幅は狭く、その上、酒屋の瓶やらゴミ袋やらが道を塞ぎ1人で通るのがやっとだ。薄暗い細路地に提灯の灯りはなんとも幻想的に浮かび上がる。
会社から一駅しか離れていない筈のこの場所だが、案外一度も来たことは無かった。
呑むなら家の近くだし、第一、ここは会社から近すぎる。
基本、人とは呑まない性分の俺は知り合いで溢れ返るこの場所より、一人でまったりと呑める隠れ家的な場所の方が気が楽だ。
「うちの会社でハーモニカ横丁に来たことないなんて矢部ぐらいだぞ。」
豪快に笑う谷崎は容赦なく背中を叩いてくる。案の定此奴は何度も足を運んでいるようだ。恐らくその大半は合コンなのだろう。先程から鼻の下を伸ばしっぱなしの顔を見れば聞かなくても分かる。
瑣末な事を話している間にお目当ての店に着いたのか谷崎は足軽に暖簾を潜る。
濃紺の暖簾に白色の京まどか体で書かれた『恵比寿』の文字が闇とのコントラストを助長して俺には妙に悪目立ちしている気がしてならなかった。
「いらっしゃいませ。」
和装を施した小柄な女性が深々と一礼をすると藤の簪が揺れた。
「女将の君江と申します。」
歳は30前後だろうか。まだ若い筈なのに妙に落ち着きを払っている。少しは谷崎に見習って貰いたいものだ。
君江さんにまで色目を使い始めた此奴のことはもう放っておこう。
「お連れの方は先にお部屋にお通ししておきました。ご案内しますね。」
中年男性の扱いに慣れているのか、谷崎の攻撃をスマートに交わした彼女はお座敷へと案内してくれた。
外の路地とは雲泥の差の洗練された廊下を通る。胡蝶蘭の生けられた花瓶が慎ましくも高級感を高めていった。
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