⒌ 暗目(4) あいつを壊してやる

「はっ!……ママは?」


 意識を取り戻した彼女がいた場所は、焼けげた我が家でも――、白い空間の中でも無く――、何処どこかしらの寝室であった。


 そこは病院という訳でも無く、周囲には高価そうな骨董品こっとうひん絵画かいが、それと模造刀もぞうとうなのかどうかは不明だが、様々な武器が壁に飾られており――


 部屋の入り口前には、イヌ耳とキツネ耳のカチューシャを付けた、謎の二人のメイドがたたずんでいた。


 天蓋てんがいの付いたフカフカのベッドの上で目を覚ました彼女は、この状況が理解出来ずにいた。


 まず、今の服装についてだが………、


 どういうことか全裸の上から、少しサイズのせいで服に着せられている感が否めない――、ちょっとダボダボした大きめの白衣を着ているということ。


 おそらくは火事によって、着ていたゴスロリ衣装が駄目になったと思われるが………


 それにしても、何故なぜこのような格好にあるのか、一向に理由が分からなかった。


「お嬢様、目を覚まされました」


 イヌ耳のカチューシャを付けたメイドが入口の扉を二、三回程叩いてそう言うと、その扉の奥から別の女性の声が聞こえてきた。


「ご苦労、もう良いぞ」


「「承知しました」」


 二人のメイドがそう言って部屋から出ると、入れ替わるように――、白衣を着た一人の小柄な金髪碧眼の女性が姿を現した。


 そんな彼女の姿を捉えた瞬間――、彼女の身に付けている格好が最も私に合ったサイズの服だったのであろうと、察するように理解する。


「気分はどうかね」


「えっと……大丈夫、です」


 彼女はその小柄な女性を目にした瞬間、自分が何故なぜ白衣を着ていたのかなんとなく分かったような気がした。


 そう――他でも無い、目の前にいる人物の私物である。


「――そうか。なら良い」


 女性は彼女のその言葉を聞いて、ほっとする様子を見せていた。


 対して彼女はどこか知らない森に迷ったかように、この状況が気が気でなかった。


「あの……ここは?」


「私の家だが?」


「な、なんで私はここに?」


「それについてだが――、」


 その言葉を皮切りに、ブシュラは長々と語り出す。


「数分前に近所で火事が起きたって、この辺でさわぎになっていたからな。

 うちの屋敷にまで、火の元が近付いてこないか、念の為――

 さっきのメイドの一人に、ちょいと様子を見てもらえるよう、外へと行かせたところ………いやはや驚いた!

 燃えさかる家の下敷したじきになって倒れていたという君は、身体中が火に包まれ焼けげるどころか、燃えながら再生を繰り返しているだなんて、連絡を受けた時は興奮したね。

 こんなにも幼い子が神眼しんがんの移植に成功したとなると、私の好奇心がおさえきれなくなった。

 思わずメイドお付きに君のかいしゅ………いや、保護を頼んでしまったという訳だ。

 勿論もちろん、君にことを知った上での行動だよ」


 まさかの家族構成を当てられ、少女がそれに驚く間も無く邸宅の主とやら白衣の少女は、話を続ける。


「丁度、そのメイドお付きから聞いた話だが、あの現場で小耳に挟んだ情報なんだそうだ。

 ……要は、ご近所さん同士の会話と言ったところだろう。


 ……………………………………

(遡ること、数時間前――)


 ―――――――…………


 ―――――………


『――ねぇ、知ってる?例の、あの噂…………』


『あれでしょう。母親が育児放棄したくなって、わざと火事を起こしたって話』


『そうそう。離婚して、夫は家を出て行ったそうじゃない。

 あれから少しの間、女手一つで一人の子供を育ててはいたけど、限界だったんでしょうね。

 事故に見せかけて子供を殺すだなんて、タチの悪い奥さんだわ』


 ―――――………


 ―――――――…………


 ……………………………………

 メイドお付きの話によれば、そんな会話が行われていたそうだ。

 こんなことを言われて落ち着ける筈も無いだろうが、心配しなくて良い。何も悪いようにはせんよ。

 こう見えて私は中学校で教師をしているのだが、ひとまずその仕事は休むことにした。

 屋敷には二人の優秀なメイドがいるとはいえ、君の回収を頼んだのは私だ。

 やはりここは、私が責任を持って介護してやらんとな」


 もはや目の前の女性が何を言っているのか、突然のこと過ぎて彼女には理解不能である。


 ただ、一つ言えることがあるとすれば………


「えっ?何を言っているの?これって誘拐ゆうかいだよね。ママに……、ママに会わせてよ!」


 今にも泣き出しそうになる彼女。


 金髪碧眼の女性-『ブシュラ・ブライユ』はそんな彼女をなだめるどころか、キツイ言葉を発した。


「君は母親に会いたがっているようだが、その母親は今どこにいる?

 普通の親なら子供を助けに出るか、それが無理なら消防署に連絡をする筈だ。

 だがあの現場には、母親らしき人物の死体は発見されてないらしく、その上消防署に連絡を寄越よこしたのは、その場を散歩していた一般人だと聞いている。

 子供に何も言わず、置いて逃げて行くだなんて、そいつは母親としてどうなんだ?

 子供の命より自分の命を大切にしている母親なんぞ、実の子に愛情が無い相手を探し続けて悲しくなるのは他でも無い、お前自身だ」


「嘘だ!ママが私を捨てる筈無い」


「絶対的な根拠はあるのか?」


「それは……」


 言葉が詰まる彼女。


「安心しろ。これからはこの家に暮らすと良い。

 帰るべき家はおろか母親までいなくなってしまったのだからな。

 私の研究にいくつか協力してもらうことがあるとは思うが、何も解剖まではしないから安心しろ。

 何一つ不自由のない生活を与えてやる」


「不自由のない生活………」


「そうだ。そして母親へのにくしみをかてに強く生きろ。それが君の為になる」


(ゲームで生き残る為には、生存欲となる《支えや恨み心の拠り所》は神眼者として持っておくに限るからな)


「うっ……ううっ……ふぇ……うぐっ…………」


 彼女は愛していた過去の母親のことを思い出しながら、別れの涙を流した。


 物心が付いた時にはすでに父親という存在がおらず、母の手一つでここまで育てられてきた彼女。


 誰よりも彼女に優しかった母親だったというのに、助け出すことも助けを呼ぶこともせず、何処どこかへと姿を消してしまった存在―――……。


 見捨てられてしまったことを完全に理解してしまい、もはや憎しみしか感じられない母親に怒りを宿す彼女。


「……いつか、いつかママあいつを壊してやる」


「そう言えば、まだ君の名前を聞いていなかったな」


「……刹直…………黒乃雌刹直くろのめせつな………………」


Il est lum bon nom良い名だ

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