⒊ 視忍(8) 痛みを知るということ―

 島の中心部から外れたさびれたビル街にて――


「……なあ、未予。さっきから似たような道を、グルグルと回っているような気がしてならないんだが、大丈夫なのか?」


「……そうね。この辺りで一度、休憩しましょうか」


 先に先行していた未予だったが、カーブミラーが設置された、何てこと無いT字路に突き当たった途端、彼女は足を止めた。


「ったく、あの斬月って忍者が追ってこなくなったのは良いものの、これからどうするんだ?」


「それについてだけど……今から別の神眼者プレイヤーを探す手間ははぶけたようね」


「それって、どういう…………」


「七時の方向に一人、振り返ると同時に神眼しんがんを開眼。分かった?」


「はっ?何を言って…………」


「良いから」


「わ、分かったよ」


 いまいち意味が分からず、頭をかかえながらも未予が言う、その方向へと神眼を向ける悠人。


「おい、未予。言われた通り開眼したぞ………って、何で俺がにいるんだよ!」


「えっ?ちょっ、ところから声が……まさかそれって………」


「そのまさかだったりするのかしら?初めまして、神眼者プレイヤーさん」


「うわっ!」


 彼の隣にいた筈の未予がポンッと肩を叩くと、驚き尻餅をつく〈〉。


 彼-いや、は自分の身に何が起こったのか訳が分からず、目の前の未予に恐れおののいていた。


「ちょっと、君。能力を解除したらどうなの?」


 そんなことは気にもとめず、見えない相手と会話をする未予。


「……そうか、分かったぞ!この状況がなんなのか、ようやっと理解出来た。取りえずこのを閉じれば良いんだな」


 彼はそう言って閉眼すると、未予の前にショートヘア………短髪少女としてその姿を見せた。


「というか、未予。この現象は俺が吸収して貯蔵ちょぞうしたままだった、《精神転移能力》が引き起こしたことだってのは分かったけど、それはそうと、何でこいつの居場所が分かったんだ?」


「その秘密はこの場所に設置された、あのカーブミラーにあるの。視覚的に彼女の姿をとらえることは出来なかったけど、カーブミラーにはその姿が映っていた。

 私が推測すいそくするに恐らく彼女の能力は、単なる視覚では捉えることの出来ない――

 要するに、《認識阻害にんしきそがい能力》と言ったところかしら?」


「……つまりそれに気が付かなかった俺は、未予に言われるがまま、知らず知らずに視界に入れていて――

 神眼を開眼していた俺は自然の流れで、昨日さくじつの闘いの中で百目鬼どうめき名乗る、彼女の吸収していた《精神転移能力》を発動してしまったと…………」


なんにせよ、ここで貴方の持つ能力の検証が一点出来たことには、とても良い機会に恵まれたと言っても良いでしょうね。

 まだまだその力には知らないことが多い中、今回の件で――

【神眼の活動時間が一度切れた次の日でも、最後に吸収した能力はたくわえられたまま】

 ――であるという情報の一つでも知ることが出来たことは、大きな収穫であると言っても良いわ。

 そうそう、長話なんてしている場合じゃなかったわ。

 早くその身体から神眼を略奪するべきなんじゃないかしら?ほら、私が奴を拘束こうそくしている間に………」


 いつの間にか、〈悠人もどき〉を拘束していた未予。


 離しやがれと叫びに叫んでいる〈悠人もどき〉だが、男の身体を持ってしても彼女の護身術で身に付けられた、強力な拘束がそれをものともしなかった。


「そうは言うが、自分で自分の目を奪うような行為――、結構な勇気がないと出来そうにないって」


 いくらこれが自分の身体ではないことが分かっていても、みずからの意思で動く自信が持てずにいた悠人。


 まして痛みを感じるのは他でもない自分自身であるのだから、その恐怖はより強大だ。


「ぐだぐだ言っていないで、さっさとその手を突っ込みなさい」


 そんな彼の心情は聞いてないとばかりに、とんでもないことを口にする未予。


 だが、彼は決めたのだ。


 妹の紫乃の為に死ぬ気の思いで生き続けてやるのだと。


「どうとでもなりやがれぇぇえええええぇぇぇ――――ッ!」


 いきおいのままに、左手を右目に向かって突っ込ませた悠人。


「ぐあぁぁあああああああぁぁぁぁ――――ッ!」


「やめろぉぉおおおおおおぉぉぉぉ――――ッ!」


 彼女の姿をした悠人は悲鳴を上げ、〈悠人もどき〉は叫びを上げた。


「これで今日の分の神眼を、無事確保することが出来たわ。

 お疲れ様、よく頑張ったわね」


「クソがッ、なんなんだよお前らはよぉおおおおおぉぉぉ――――ッ!」


「何って、さっきも言ったように生命保持の為、貴方の神眼を回収させて貰ったまでよ。それ以上に何があると言うのかしら?」


「……やめろ、未予。そういうところが無神経だって言ってんだ。奴に追われていた時にも言ったじゃねえか」


「そうね、反省するわ。でも、これだけは言わせてもらうけど、貴方馬鹿なのかしら?

 手を突っ込む直前に痛い思いをしなくて良かったんじゃないの?」


「……確かにそうすれば苦痛を味わうことはなかった。……でも、それではただ、私利私欲しりしよくの為に相手の目を奪うだけ―――。

 苦痛を知らずしてのうのうと目を狩り続けるだけなんて、ただの愚か者だ。

 俺は神眼を片目しか所持していないから、このタイミングをのがしたら彼女たちの苦しみを知ることが出来なかった。だから…………」


「……テ、テメェ、狂ってやがる。そうでもして痛みを知ってどうする。そんなのただの自己満足じゃねぇか」


「確かにそうさ。これは俺の自己満足だ。だけど俺は確かめたかった、命の本質って奴を………。

 俺ら神眼者プレイヤーがもう一度手にしたこの命を、こんな形で失わせるあの神の所業しょぎょうを許せる訳が無い。

 何と言おうが、今はどうすることも出来ないけど………それでも、奴に届く時が来たら止めてみせる。なんと言おうが、この思いだけは本気だッ!

 これまで出会った者達の――そして、これから出会う者達の命の分まで、俺がこの手でブン殴ってやって、これでもかと奴に命の重さを叩き込んでやるつもりだ」


なんなんだよ、テメェは!その為に、私の身体を利用したってのかよ…………」


 短髪少女ショートヘアは納得がいかないとばかりに涙を流しながら、そう言った。


「……すまない、君の身体で試すようなことして悪かったとは思うよ………」


 そう言って、心が締め付けられる程に後ろめたい気持ちがじんわりと襲ったが、彼はその気持ちを背負って神眼を閉眼へいがんし解除すると、互いの精神はかえるべき肉体へとった。


 最早もはや、気力を失った彼女は自分の目を奪い返すこともしなかった。


「さてと、今日の分は回収出来たことだし、ここは引きましょう」


「……そう、だな」


 未予と悠人の二人はその場を離れると、そこから最も近い空きビルの屋上には、先程の騒動そうどうを目にしていた神眼者プレイヤー-『藤咲芽目ふじさきめめ』の姿があった。


 彼女は暇さえあれば、こうして敵となる他の神眼者プレイヤー視察しさつを行い、一人一人の能力をさぐっている。


 どうやら今日は未予と悠人がその対象のようで、彼女は何やらブツブツとつぶやいていた。


「……あの女、探す手間がはぶけたとか言っていたが、そんなのは真っ赤な嘘だ。

 高いところから見ていて分かったことだが、そこら中動き回って相手をバックミラーのある地点へと誘導ゆうどうしているように見えた。

 私の洞察力どうさつりょくが正しければ、あの女は全てを見透す力が――、未来視のような力を持っている可能性が高いと見える。

 それであの男のほうだがさっきの目力、あれは瀬良が使っていたものと同じだった。

 ……だが《ゲーム内容》によれば、同じ能力者は一人としていないと記されていた筈。

 ――となると、奴はコピー系能力者か、将又はたまた他者の能力を奪う力を持っていると考えるのが妥当だとうか」


 そうこう長々と呟いていると、彼らが去ったその場所に一人の女が現れた。


「……なんだ、あいつ。片目を失っているってことは、奴も神眼者プレイヤーか?」


 芽目が言っていた奴とは、斬月の手によってであった。


「よぉ、さっきはよくも裏切ってくれたよなぁ。再会出来て嬉しいぜぇ。

 なんたって、直々じきじきにお前の目を奪ってやれるんだからさぁぁッ!」


「さっ、さっきは悪かった。二度と裏切るようなことはしない……だから、許して…………許して下さい」


 短髪少女ショートヘア双髪少女ツインテールの顔を見るなり、尻餅をついて身体をガクガクとふるわせていた。


「はぁ?誰がお前みたいな裏切り者を許すって言うの?命乞いとか良いから、私の為に死んで♡」


 直後、許しをう彼女の周囲に無数の針が押し寄せ、一瞬で肉体を串刺しにした。


 刺した勢いで片目が転がり落ちると、双髪少女ツインテールはそれを拾い上げ愛らしく眼球に付いた血をペロリとめ取ると、死体と化した彼女に最後の言葉を掛けた。


「安心しなよ、君の分まで生き延びてあげるから。バイバァ~イ、この目はありがたく頂いていくよぉ~♡」


 こうして双髪少女ツインテールも立ち去ると、それを観戦していた芽目はニヤリと笑みを浮かべると再びつぶやきだした。


「へぇ……、物質変異系の能力者か。まあこれで、三人分の能力があらかた知れたんだ。今日の収穫は中々のものだったよ」


 芽目は独断どくだんで奴らの能力をさぐり終えると、【視認瞬移テレポーテーション】の力で何処どこかへと飛び去っていった。


 そして未予と悠人がビル街を抜け出すと、布都部ふつべ高校の制服を着た一人の眼鏡を掛けた少女と一瞬すれ違う。


 先程、悠人が回収した右目の眼球を未予が預かる、その一瞬を目にしていたその少女は、何やら妙なことを口にするのだった。


「あの二人は確か……へぇ~、お強いのですね。彼らとなら、これからの学園生活が退屈たいくつせずに済むのかもしれませんね」


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◼︎能力解説◻︎


目力:【視認瞬移テレポーテーション


その目で一度目にした場所や部分的な視点、この目で捉えた存在をそうして目にしてきたところへと一瞬で飛ばしてしまうことの出来る異能


飛ばすことが出来るのは人や動物だけに限らず、物を飛ばすことも可能


                              監修:M.K.

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