⒉ 開眼(5) 目覚めし力

「なっ――」


「嘘だろ……」


 〈未予もどき〉と悠人の両者は、突然の出来事にひどく驚いた。


 二人にとって藤咲芽目という、一人の神眼者プレイヤーの突然の登場とその行動性はあまりに衝撃しょうげき的で、残酷ざんこく的でもあった。


「テ……テメェ、俺の目を――」


 〈未予もどき〉は本体の――、瀬良の肉体から片目を奪い取った芽目に怒りを覚えた。


 その怒りはついさっき未予が瀬良を勝手に『金髪』と命名した時の――、そんな甘っちょろいものと似て非なるものでは無い。


 より感情的に――、より衝動しょうどう的に――、芽目に対する心火しんかを燃やしていた。


 〈未予もどき〉はこの怒りを直接芽目にぶつけるかの如く、怒濤どとうの瞬発力が開花され、火を吹くように奴へと向かって駆け出して行く。


 その走るスピードは見るからにして速く、あっという間にその差をちぢめる。


 瀬良の精神が抱える怒りの衝動が、未予の身体にめぐるアドレナリンを急速に分泌ぶんぴつしていき、身体に熱い感覚を覚える。


 この熱が――、〈未予もどき〉に大きなエネルギーを与える力の根源こんげんにあった。


 そもそもの話――だ。


 何故なにゆえ、死体の身体に血液がめぐっているというのだろうか?


 その理由は神眼しんがんの一つの働きとして、死んで役目を果たした心臓の代わりに視神経を通じて、神眼者の体内に血液を提供しているから。


 本来――、人間が持つ胸の心臓に比べて高い位置に存在する《神眼血液ポンプ》では、身体の最も下に位置している〈足〉までに流れる血流速度にどうしても差が生まれてしまい、それだけ足に対しては力が入り辛い筈なのだが――


 まるでこの常識を――、不都合を――、あたかもぶっ壊すように………


 先んじて血液の通りが足の筋肉に働きかけ、最も効率的に身体を動かす〈すべエネルギー〉を――、妙なことにこの神眼とやらは作り出している。


 時として、動物の身体というのは感情の起伏に応じて、想像もよらぬ大きな力を引き出すことがある。


 まさに今、大きな《怒り》という感情によってその爆発的な力が一時的に現れたのかもしれない。


 〈未予もどき〉は勢いよく腕を伸ばし、芽目の目を捕らえようとする。


 だが……〈未予もどき〉のその行動はむなしくも、風を切るだけに終わった。


 瀬良も知らなかった芽目の持つ目力:【視認瞬移テレポーテーション】の力によって、彼女は寸前で何処どこかへと飛んだのだ。


「クソがぁああああああああああぁぁぁ――――ッ!」


 怒りを晴らすことが出来なかった〈未予もどき〉は、伸ばした右腕を地面に叩き付ける。


 悠人はそれを見て、ひそかに同情していた。


 だがそれと同時に、芽目のことで一つ気掛かりにしていたことがあった悠人。


(さっきの彼女の力、瞬間移動のように思えたが――、

 もしかして昨夜体験したあの現象と同様の………何か関係して――?だが、今はそれよりも――………)


 瀬良の身体の容態もそうだが、その中に潜む未予の精神を心配して悠人はすぐに〈瀬良もどき〉の元へと駆け寄った。


「死ぬな、未予!」


「何よ……そんな血相抱えちゃって。

 心配せずとも、この身の神眼いのちはまだ一つある。片目取られたところで、くたばったりはしないわ」


 ここで一つ、《ゲーム内容》に書いてあることについて説明をする。


 【神眼を片目奪われた場合、もう一方の神眼が生命維持の役割をしてくれる為、一度奪われたらそこで終わり――という訳では無い】、らしい。


 だが、悠人だけは例外だ。神眼を片目しか所持していないこの男は、それこそ一度の略奪で死あるのみ。


「……けど、さっき目を奪われたその損傷そんしょうで、この身体が完治するのは先延ばしになってしまったわ。

 まだ歩けるまでに時間が掛かるようだし、この場は貴方一人に任せたわ」


「任せたって、まさか………」


「ええ、どうにかして私の精神を元の身体に戻し――それから金髪の……、『この目』を奪うのよ」


「正気か?俺にそんなことが出来ると思って言っているのか」


「そうね。貴方の覚悟とその目に宿る目力めぢからが目覚めれば可能性は………」


 悠人はう。


「一体、俺の持つ神眼にどんな能力が宿っているって言うんだ。未来を知っているなら、俺にそいつの発動方法を教えたらどうなんだ?」


「あの力はそう万能じゃないのよ。単純に未来を視ることは出来ても、音を知覚ちかくするまでには至らない。音の無い映像を見ているようなものね。

 例えば、未来で誰かが何か話していたとして――、

 私に分かるのは口を開く動作からそれが会話をしている、ということが分かるだけのこと。

 悪いけど、私には口の開きからその人が何を話しているかなんて、そんな器用な真似は出来ないわ」


「あくまで俺自身の手でその力を目覚めさせないといけないって、訳かよ。

 けど、そうは言っても一体どうしたら良いのか…………」


 そうこう言い合っている内に怒りの矛先ほこさきを失った〈未予もどき〉は八つ当たりの如く、まさに飢えた猛獣のような勢いで悠人に襲い掛かった。


 その動きはさっきまで彼女が悠人の目を奪いに掛かっていた時とはことなり、それはそれは猛然もうぜんとしていた。


「くそっ!」


 彼にそのことを考えさせる暇も与えず、〈未予もどき〉は彼の目を奪おうと飛び掛かる。


 彼女の腕の動きをよく観察し、一つ一つの攻撃を避けきるので精一杯といったところだ。


 だが、それは始めの時だけに過ぎなかった。


(せめて、俺の持つ目力ちからとやらが何かのきっかけでふと目覚めることが出来れば………何でも良い。

 足掛かりを早くこので掴むには一体、どうしたら………)


 〈未予もどき〉は怒りで判断力がにぶっているのか、何処どこか動きが単一たんいつで、徐々に彼は少しそんなことを考えられるぐらいの余裕を持てるようになっていた。


 とは言え、常に彼女の動きを見ていなければ、彼の目を奪おうとする手の振りの速さまでは余所見よそみしていては上手いこと対応出来ず、一瞬でも視線を外してしまえば危うく命取りになるだろう。


 そしていつまでもそのことを考えていると、そのことだけに思考が回ってしまい、相手の動きの先読みにも影響しかねない。


(……さて、この状況をどう打開だかいすれば良いのやら。

 現状、俺に持ち合わせた武器と言ったら、小さい頃にプロボクサーを夢見て、かつてかよっていたボクシングジムで身に付けた『動体視力』と『反射神経』を生かすことぐらいなものだ。

 とは言っても、お金の関係だったり色々なことがあったりしてその夢は諦めた訳だが………

 おっと、そんな暗いことを思い出している場合じゃない。

 それよりもここは一度、相手の動きを止めないことには始まらない。となれば――)


 正真正銘、最後の考えを巡らせていると、ある手を思い付いたのか、彼は避け続けることを止めてすぐさま行動に出た。


 怒りで周囲が見えていない彼女の足下を狙って、彼は足払いを試みる。


 見事に引っ掛かった〈未予もどき〉はバランスを崩し、腹を打ち付けるようにして地面に倒れ掛かった。


 俯伏うつぶせになった〈未予もどき〉の隙だらけな背中にまたがり、何とか身体を拘束しようとするが、当然彼女はそれに対して抵抗をする。


 悠人のし掛かりからまぬがれるようにして、その状態の身体をダイナミックに横へと転がすと、そこから彼の顔面を払うように手の甲で殴打おうだ


ってぇ!」


 思いもよらぬ反撃を受け、流れるがままにひるむ悠人。


 叩かれたほほの赤みがその痛みを物語る。


 悠人が赤くなった頬を痛そうにでているその隙――、


 〈未予もどき〉は立ち上がって一瞬で背後に回ると、彼の視角外から目を奪いに手を伸ばす。


 無用心ぶようじんな後ろ姿をさらけ出し、その距離およそ三十センチ。


 もはや避けようにも避け切れる距離ではなく、彼は敢え無くGAME OVER。


『…』


 と誰もが思えるこの瞬間――、目の奥が燃えるような奇妙な体験錯覚味わう起こすと共に、視神経から脳へと電気信号が勢いよく働き、鮮明に|情報《何か

》が流れ込む。


「これは………」


 何かを知ったかのような――、意味ありげな口振りをする。


 キリッと表情が変わると、風を切る音を頼りにせまりくる〈未予もどき〉の手をもせず、いとも簡単に悠人は払いのけた。


「ちぃぃ――――ッ!」


 〈未予もどき〉は絶好のチャンスを潰されたかのように、その怒りはますますヒートアップしていった。


 だが、彼はそんなことを気にもせず、ズボンの右ポケットからを取り出し振り返ると、それを相手の顔の前に放り投げた。


「なっ、なんだ!」


「ただのさ」


 相手が怯んだその隙に彼は立ち上がるとハンカチの奥から手を伸ばし、彼女の首筋を掴んで再び、地に追いやった。


 そこから彼女の腹の上にまたがると、すぐに両腕をおさえてがっちりと拘束した悠人。


 すると〈瀬良もどき〉の方を向いて、歓喜かんきした様子で口を開いた。


「未予!ようやく俺の能力が何なのか、分かったぜ!さっき俺の脳内に直接、その情報が送られてきたんだ。

 それで肝心の発動条件なんだが――、奴の言っていた話から【精神転移】能力が他人に扱えないことは理解しているつもりだ。

 その上で一つ聞くが、その神眼しんがんを開眼するぐらいのことは可能か?」


「金髪の神眼を開眼?それが何を意味するのかよく分からないけど、取り敢えず試してみるわ」


「早めに頼む。彼女がこの様子だと、そう長く持ちそうにないからな」


 怒り狂う〈未予もどき〉を彼は必至ひっしに取り押さえる中――、瀬良もどきは目を閉じ、意識を集中させてゆっくりと目を開く。


「この感覚は……成功ね」


 〈瀬良もどき〉は極端きょくたんに縦長の長方形型の瞳孔、灰色に発光した瞳を見開いた。


「それで、どうすれば良いのかしら?」


「なら、その開いた神眼を俺に良く見せてくれ」


「分かったわ」


 言われた通り、〈瀬良もどき〉は顕在けんざい化したその神眼を彼に見せるように自然と目を合わせた。


 彼もまた自身の神眼を開眼すると、その目で〈瀬良もどき〉が開眼した瞳を深く見つめた。


 すると、どうだろう。


 〈未予もどき〉は苦しみ出すように、頭を上下左右に振り回しながらうなり声を上げ始めた。


「――ぁああぁぁ」


 そのさまはまるで、自分の持つ力が制御出来ていないような――………


 案の定――、二人の精神はどういう訳か元の身体へと戻っていった。


 一体、何が起こったと言うのだろうか。


 良く見ればさっきまで発光していた筈の瀬良の神眼に光が消え、代わりに青々と光放っていた彼の神眼みぎめが奴の眼球色に発光をしていた。


「あれ?私は………」


「未予、戻ったんだな」


「そのようね。……にしても、いつまで私の両腕を掴んでまたがっている気かしら?」


「……わ、悪い!」


 彼は慌てて未予の両腕から手を離し即座にその場から引くと、大の字になって倒れていた彼女はゆっくりと上体を持ち上げた。


「おい貴様、何しやがったぁぁああああああぁぁぁ――――ッ!」


 自分の意思とは関係無く、無理やりに自身の能力をかれてしまった瀬良は訳が分からず当たり散らす。


 彼女をそうさせた、悠人の持つ神眼しんがんに宿る目力めぢから――それは逆境の中、彼が目覚めた力は《開眼された神眼を見ることによって発動される、目にした神眼に宿った能力のを行う異能》にあった。


 『吸収』――、それは神眼に宿る能力の〈奪取〉。

 言うなれば目にした神眼は強制的に能力を失い、相手のしてしまうことが可能。


 『放出』――、それは吸収した能力の〈開放〉。

 言うなれば、使ことも可能。


 ただしこの能力には、大きく二つ程注意すべき点がある。


 一つは相手の目力を一回吸収してしまうと、その力を放出しない限りはという点。


 もう一つは吸収した目力は一度使用すると、元の使用者にという点である。


 だが、同じ目力を何度も吸収しては、放出を繰り返す――変な話、その点においては可能ゆえ、戦況によって能力の使い分けがカギとなる。


 これが、彼の脳内に入り込んだ情報の全てであり――、


 今回は能力を吸収して相手の力を無効化するだけにとどめることで、この場の戦況は無事に収拾しゅうしゅうした。


 未予はそんな彼の目力についての詳しい詳細を、良くは知らないものの――、それが一体どんな能力なのか、大まかなに【未来視ビジョン】の力から知り得ていた情報から彼女なりに掴んだ能力の特徴をもって、悠人の持つ能力をこのような言葉で表現する。


「そうね。能力の略奪-【目能蔵放エネルギータンク】とでも言うべきかしら?」


「「はぁ?」」


 悠人と瀬良は変にハモって、同じ反応をとる。


「な、何を急に命名し始めちゃったりして……も、もしかして未予って歳のわりに、結構イタい奴だったり…………」


「中二病と言いたいのかしら?私はただ、一つでも多くの神眼のことについて知ることで――、

 『ピヤー理不尽 ドゥ極まりない ウイユゲーム』から生き残る為の知識力として一個一個の神眼を私なりに整理して覚えられるよう、単に名付けてみたといったところだったのだけれど………何か変かしら?」


「……ひ、人の名前をロクに覚えようとしない分、そういうところでは脳に記憶を刻み付けるんだな、お前…………

 ……ったく、出会った時から思ったが、つくづく変な奴だよ」


 もはや何も言えなくなった悠人は、あきれた様子で返事をする。


 彼の目覚めた能力の性質上――、相手の能力を仕舞ってしまうあたり、『貯蔵タンク』というネーミングには、わずかばかり未予のこだわりを感じさせる。


 それはそれとして、未予は話を続ける。


「はぁ、はぁ……そんなことを説明している場合じゃなかったわ。早く金髪の残った目を奪い取るのよ」


 肉体を取り戻したにも関わらず自らの手でそれをしようとはせず、どういうわけか彼に頼み込む未予。


 だがそれは、彼女の異変が関係していた。


「どうしたんだ、未予?顔色悪いぞ」


「はぁ、はぁ、はぁ……本当だったら私をコケにした金髪の神眼眼球は、自らの手で奪いたかったところだけど――、

 どうにも私の肉体を怒りに任せて金髪が酷使こくししたせいで、動悸どうきがはぁ、はぁ……おさまらないの。

 おかげで精神が戻っても目をえぐられた時の痛みと、はぁ、はぁ、はぁ……今抱えている動悸どうきが精神に過度かどな負担を掛け、もはや君にそれを隠し通すことが出来なくなったわ。

 だからお願い、死にたくなかったら覚悟を決めて……未来視を………私の言葉を信じて代わりに神眼を奪いなさい」


「未予……」


 悠人は苦しそうにし続ける彼女の名前を感情的につぶやく。


(あんな状態だというのに、俺を説得しようとする相手の気持ちを一番に信じてやれなくてどうする。

 目を奪っても奪わなくとも、どちらを選択しても待っているのが地獄の一択だって言うなら、俺が選ぶ道はこうだ!)


「うおぉおおおおおおおおおぉぉぉ―――――ッ!」


「………ふざけるな、誰が……誰が………死ぬかぁあああああああぁぁぁ―――――ッ!」


 声を上げ、自らを鼓舞し両の足を突き動かし腕を振るわせ、瀬良の残された右目を豪快に抜き取った悠人。


 覚悟を決めたその手の平にはヌルヌルとした眼球の感触が伝わり、あかく血に染まっていた。


 き手で触ることへの、抵抗感ゆえの選択。


 中学校の頃、一度だけ理科の解剖かいぼう授業でカエルの眼球を手に取って触れた、あの日以上に鬼気きき迫る嫌悪けんお感。


 これは別種カエルでは無く自分と同種のものだからこそ感じる思いなのか、それはひどく心に傷を負った。


 唯一救いだったのは、何の道具も使わずに眼球をえぐり取ったにも関わらず、眼球を指でつかんだ圧力で中から房水ぼうすいが流出し、よりヌルヌルした気持ち悪い感触を得ずに済んだことぐらいである。


 どうやら神眼しんがんというものは普通の目と違い、ゲーム性を考慮こうりょした、素手による略奪にも差しつかえない強度を持っているようで――、


 そもそもあの時、突然姿を現した藤咲芽目ふじさきめめが未予の精神が入った瀬良の肉体から左目を――、形も崩れずがっちり掴んで手にしていた所からも、如何いかに神眼が一般的な眼球とは違って、丈夫なつくりをしているのかが目に見えて分かる。


「はぁ、はぁ……終わったのね」


 未予が言ったその言葉を指し示すように、堤防の向こう側からそっと聞こえる波の音が闘いの終わりを――、日常の静けさを気付かせてくれる。


「ああ………」


 彼はうつむきながら、静かにそう言った。


 覚悟を決めた筈なのに一度死んだ人間であれ人をあやめた罪悪感が、後から押し寄せてきたのだ。


「金髪の死体は《ゲーム内容》によると、例の神様の手によって後処理されるそうよ。 

 はぁ、はぁ、はぁ……なんでも目立ちやすい場所に放置された死体を優先に、この島の警察官の目に付くことがあっては――、

 はぁ、はぁ……ゲームのさまたげになるのは確実だからとまで記載されていたわ」


「………」


 罪悪感ゆえの無言なのか、未予はそんな悠人を見かねて口を開く。


「やっぱり貴方には無理なお願いをしてしまったようね。

 今日はこうしてはぁ、はぁ……神眼を奪えたことだからルール上、私と君は今日というこの日を生きられるわ。

 でも今日に限らず、誰かの神眼を奪う覚悟が持てた上で――はぁ、はぁ、はぁ……このゲームにいどめなければ、この先はやっていけないわ。だから、貴方との協力関係も今日限りでおしまい。

 はぁ、はぁ……それならこんなゲームに無理して関わることはないでしょう………なんて」


 なんとなく、こうなることは予感していたのかもしれない。


 確かに、『高い身体能力』と『能力を吸収する力』を持ち合わせた目崎悠人という神眼者を手放すのは、実に惜しいことだとは思う。


 これからも続くこのゲームを乗り越えようとなると、それは尚更なおさら――………


 だが当の本人がこんな状態では、とてもこれからのゲームで協力し合っていける感じがしない。


 彼女はふらつきながらも立ち上がり、背を向けゆっくりと立ち去ろうとする。


 もう二度と会うことは無いだろうと別れを告げるように――


 ………………………


「あー、くそっ!なんで俺の日常は、こうなってしまったんだよ。

 こんなゲーム――関わらずに済むなら、どれだけ良いことか。

 ……だけど、お前が視た未来だとそいつは無理な相談なんだろう。

 ましてや両親がいない今、たった一人の家族を――、妹の紫乃を残して死ねるかよっ!

 全ては未予……ッ!お前の生きたいという強い意志が俺を突き動かしたんだ。

 だから俺にあんなことさせといて今更、協力関係はお終いだとか、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」


「はっ、ははっ……」


 何を思ったのか、未予は突然苦しそうに笑い始めた。


「な……何がそんなに可笑しいんだよっ」


「いいえ。さっきまでしかめっ面していた貴方が、なんだか急にそんなことを言い出すものだから………、

 思わず驚きを通り越して、はぁ、はぁ……笑ってしまったの。機嫌をそこねてしまったようなら謝るわ」


「ああ、そうかよ。……で、どうなんだ?本当に俺と、もう手を組まないのか?」


「………撤回てっかい、するわ」


「つまりそれって………」


「私が始めに持ち掛けたことよ。はぁ、はぁ、はぁ……貴方にそこまで言われたら、断る道理も無いわ。

 そういうことだからあらためて宜しく、ゆなんとか」


「悠人だ。ったく、いい加減それぐらい覚えてくれよ」


「やっぱり私の中では、『君』か『貴方』の方がしっくりくるわ」


(一体、いつになったら俺の名前を言ってくれるんだか…………)


 こうして、彼らの闘争はひとまず幕を閉じた。


 未予はふと、腕に装着されたEPOCHエポックを起動する。


 投影された画面には、現在の時刻:十八時四十分を表示していた。


 彼女が言っていた一日のゲーム終了時間には間に合ったが、そもそも何故なぜこのゲームはタイム制なのか――?


 その理由はゲーム時間外になると、そのかんのあいだは使


 詳しい概要がいようは不明だが、神眼も普通の目と同じように休息が必要ということなのだろうか?


 そういや……例の神様もあの日、神眼者を集めては話の中で休息がどうの言っていたような気がする。そのことを言っていたのかは分からないが………


 ある意味、能力が使えないとなると、『眼球の略奪』などという特殊なルール上、個人の力量差によって、ゲームの優位性がかなり分かれてしまうことが少なからず、関係しているのでは無かろうか?


 俗に言う、《ゲームバランス》と言われるやつだ。


 そして肝心の二十二時を過ぎると、例の神様-『目神へアム』が芽目の使う【視認瞬移テレポーテーション】ような力で瞬く間に、生き残った神眼者プレイヤーが略奪をした神眼の回収作業をしていくと――、《ゲーム内容》には書かれていたが、それまでヌルヌルした気色悪い眼球を持っているのは誰もが嫌がることだろう。


 その点はあの神様も考えているのか、一日ごとのゲーム終了タイムリミットを待つ前に、既に神眼の略奪が済んでいる神眼者プレイヤーはへアムに〈報告〉という形で回収に出す神眼をメールするだけで、早急さっきゅうに回収に回ってくれるサービスが存在する。


 そのやり方はとっても簡単で《お知らせ》を開いて下欄から【報告】をタップ。


 そこに回収に出す神眼の写真と、回収して欲しい数を一緒に残して送信―――。回収要請をするだけである。


 分からなかったら、【報告】から一緒に説明事項を見ることが出来る為、このシステムを利用しない神眼者プレイヤーはそういないだろう。


 未予がEPOCHエポックの電源を入れたのにも、まさにこの機能を使用することにあった訳であり――、


 そうして神眼の回収要請かいしゅうようせいを行うと、彼らの胸糞悪いゲーム1日目は幕を閉じるのだった。


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[あとがき]

ちなみに主人公とヒロインの髪色決めには少しこだわりがあり、眼球の色でもある白目、黒目の働きにはどちらが欠けてしまっていては物を見ることは出来ず、水晶体白目網膜黒目のなくてはならない一対関係をイメージとし、悠人を白髪、未予を黒髪としました。


ゲーム苦楽を共に乗り越える関係性として、切っても切れない存在であることを表している、といったところです。

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