⒉ 開眼(3) ゲームスタート

「おい、どうなったんだよ」


 走行する未予に腕を引っ張られながら、彼は【未来視ビジョン】の内容を知りたがっていた。


「付いてくれば分かることよ」


 そう言うと、未予が【未来視ビジョン】で視た、例の防波堤ぼうはてい周辺へと二人して足を運ぶ。


 予知通り、そこには金髪と茶髪の二人の少女が存在していた。


 だが、始めに視た二人の闘っている姿は見られず、何か話している様子だった。


「あのどっちかが未予の言う、神眼者プレイヤーなのか?」


 何も知らない悠人は未予に聞く。


「どっちもよ」


「どっちも?いやいや、複数なんて聞いてないぞ。本当にこの二人から目を取ろうって言うのか?」


「生き延びるにはやるしかないわ。そういうことだから手伝ってくれるわね」


「何だって俺がこんなことに…………」


 出来ることなら、この状況から一刻も早く逃げ出したいのが彼の本心だった。


 それに今は、まだ自分たちが神眼者プレイヤーであることを相手方に気付かれていない為、その思いが一層強くなるばかりだ。


 だがその思いもすぐに打ち砕かれることになる。


 二人の少女は腕に付けられたEPOCHエポックをイジっていて、すぐに悠人と未予が《神眼者プレイヤー》であることがバレてしまったのである。


「あんたら、神眼者プレイヤーだろう。いきなりだが、お二人の目をこちらに渡して貰えないか?」


 そう言ってきたのは、金髪少女の方だった。


「あら、何を馬鹿なことを言っているのかしら?答えは言うまでも無いわ」


 未予は反抗する。


「ははっ、そりゃあそうだ。ここで、『はい、良いですよ』、なんて言う馬鹿がいた方が可笑しな話だ。

 ……けどあんた、言い方にはちと気を付けるべきじゃねぇのか?」


「機嫌をそこねてしまったかしら?ごめんなさいね。

 その上で貴女には、更に怒らせるような真似するようで悪いけれど、なにぶん、人の名前を覚えるのが苦手でね。

 まことに勝手ではあるけれど、貴女のことはその髪色から取って、シンプルに『金髪』と呼ばせて頂いても宜しいかしら?」


「テ……テメェ、喧嘩売ってんのか?良いか、俺には『百目鬼瀬良どうめきせら』ってちゃんとした名前があるんだ。ざけた命名言ってんじゃねぇぞ、ゴラァ!」


「これはこれは、どうもご親切に。ですがそもそも他人の名前を覚えようとしたところで、そんなのなんの役に立つと言うのです?」


「おい、未予。なんで相手を挑発させるような真似を………」


「そうかい。どうやらあんたには口でどうこう言うより、実力行使が一番手っ取り早いようだな」


 そう言って、瀬良は未予の眼球を奪いに飛び掛かった。


 奴の手が彼女の右目をとららえようとする瞬間――、未予は迫り来るその手を右手で掴んでは瀬良の脹脛ふくらはぎかかとで打ち、残った左手で奴のあごを押し当てて勢いよく瀬良の身体を投げ倒した。


 この時――、瀬良の瞳がわずかに発光する。


「すっげぇ、俺との手合いの時は本気出してなかったんじゃないのか」


 だが近くで見ていた筈の悠人はその異変に気付かず、それ以上に未予の突拍子もない対抗に目を奪われ、驚きの声を上げるばかりだ。


「がはっ………」


 未予の大外刈おおそとがりのような技が決まると、瀬良の身体は受け身を取る暇も無く、アスファルトで舗装ほそうされた地面に叩き付けられてしまった。


 腰を強打し、脹脛ふくらはぎを痛めた瀬良は思うように立ち上がることさえ出来ず、かといってかすり傷ならともかくあの怪我では例の治癒力を持ってしてもその回復には時間が掛かりそうであった。


 それでもどうにか上半身だけ立ち上がると、彼女は意味深な言葉を口にする。


「な……何故なぜ………」


 彼にはその言葉の意味が分からなかった。


 そう、がその意味を話すまでは。


「どーよ、自分に投げ出された気分は。それにしたって、いきなり投げ出されそうになった時はびっくりしたぜ」


「未予……なのか?」


 彼女の突然の豹変ひょうへんっぷりに頭をかしげる悠人。


「私は確かに金髪を投げていた筈………」


「わっかんねぇーよなぁ、このカラクリが。良いぜ、少し清々せいせいしたから教えてやるよ。俺の持つ神眼しんがんには目にした人間と自分の精神を入れ替えたり、視界に入った複数の人間の精神を入れ替えちまう、言うなれば【】の能力が宿っているからさ」


「……つまり、投げ出される寸前に神眼を開眼………そして私の姿を見て精神を入れ替えたと…………」


「ああ、そういうこった」


 未予の身体を手に入れた瀬良の精神は、なんとも上機嫌に自らの能力をかし出した。


 これを聞いた瀬良-〈未予の精神〉はその話が本当であることを前提ぜんていとして、思ったことを口にした。


「でもそれなら、今度はこっちがその力を利用しない手は無い筈………」


「バーカ。そんなことも考えず能力をバラした間抜けだと思ったのか。

 残念だが、その目は私以外の精神が入り込んだ時、入れ替わった相手がその力を使うことは出来ねぇーんだよ」


「……なんとも、金髪に都合の良い能力ね」


なんなら更に都合の良いことを言うならば、この神眼の力にはを持っている。

 転移した先の身体から神眼が奪われたとして本当ならば、相手方の身体に入っていた私の精神が死んじまうのが道理ってやつだが――、

 まるで宿主やどぬしを守るかのように神眼を奪われそうになるその一瞬……、、入れ替わりに相手方の精神が御陀仏おだぶつって訳だ。

 どうせなら、今ここで試してみようか?」


 なんて冗談のように言いながら、本当に未予の身体から両目を抉りに掛かるように、勢いよく両手を突っ込もうとしたその瞬間――、颯爽さっそうとそのめに掛かった。


「やっぱお前は未予じゃなかったんだな。良いからこんなことはめるんだ」


「なっ!どうして悠人てめぇが俺をめに………ッ、あいつは何をやっているんだ!」


 そう言って、彼女-瀬良の精神改せいしんあらため〈〉は、茶髪の少女を視界にとらえようと周囲を見回すが、何故なぜかその少女の姿はなかった。


「あの野郎、どっか行きやがったな。クソっ、その手を離せこの野郎!」


「こんな争いに巻き込まれるのは正直に言って真っ平御免なんだが、生憎あいにくと俺はその身体の持ち主さんの手助けをすることになっていてね」


 そう言うと悠人は、未予の前頭部に勢いよく頭突ずつきした。


「イッてぇな、このクソが!どうやら先に、てめぇから始末されたいようだな」


 頭突きの反動で蹌踉よろめく未予もどきであったが、そう言って真っ向から飛び掛かってきた。


 彼は驚異の動体視力でその動きを捉えると、身体をらして避けてみせた。


「チッ、避けてんじゃねぇよ」


「いやいや、命を奪われるって時に棒立ちしている方が可笑おかしいだろ」


「御託はいいからよぉ、さっさとこの俺に大人しく奪われてりゃあ良いんだよッ!

 仮にも俺本来の身体から両目を取り除けば元の肉体に戻れなくなるからと、直前で魂を入れ替わざる得なくなり、ようによっては未予この女を救うことが出来るのでは……?なんて残念な考えは持たない方が良いぜ。

 そうなったらそうなったで、俺の魂は自身が死んだ直前で最後に宿っていた身体にような仕様になっている。

 ッても、口の利き方がなっちゃあいねぇ、生意気女の筋肉の一つもぇヒョロヒョロボディになんぞと成り代わりたくはぇけどな。

 ま……、さっきから一向に手を出してこないてめぇを見てっと、人の眼を奪う度胸があるようには思えねぇけど」


 「―――ッ!」


 まさしく最後の一言は、ブスリッと彼の核心を突いていた。


 命懸けで〈未予もどき〉――、は執着するように目を狙い続けるのに対し、悠人は眼前に迫り来る手を何度も避けてはなし続けるだけで、ただの一度として反撃に出る素振りが無いのである。


(たとえこの闘争ゲームを収める方法が目を奪うことしか、他に手が無いのだとしても、知り合って間も無かろうと知った相手の――、未予の身体で襲い掛かって来る者に対して俺にはとても………)


 などと言うのは、単なる建前なのかもしれない。


 だが、それ以前に人の目を奪う残虐ざんぎゃく非道な行いをしたくは無いのである。


 それが人として、同族として本来思うべきことだと――。


 しかし、この場にいる二人の少女は違った。


 互いの命を賭けて闘い、そして目を奪ったところであのいかれたゲームのルールに従った者が、本当に生きて明日を迎えることが出来るかどうか分からないというのに…………。


 いや、未予はそれを知っているのかもしれない。


 神眼者プレイヤーの目を奪った先に、訪れる未来を―――


「何をそこまでして………」


 〈未予もどき〉の迫り来る猛攻もうこうを避けながら、なしながらそうつぶやく悠人。


 その時だった。


「ぃぁあああああああああああぁぁぁぁ――――ッ!」


 突然、悲鳴を上げた未予………〈〉に反応した両者に戦慄せんりつが走る。


 左眼が抜かれあらわになった眼窩がんかから多量の血を流すその姿は、あまりに痛々しいものだった。


「きゃはははは、楽しぃ~♡」


 そこにはいなくなった筈の茶髪の少女が――、血まみれの眼球を手にしながら狂喜きょうきする姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る