第一部 ⒉ 開眼

⒉ 開眼(1) 最初の命運

 部屋の窓から差し込む朝日によって目にさるようなその輝きに、思わず目を覚ます悠人。


 起きて遅れること数秒――、枕元に置かれた目覚まし時計がこの部屋に騒音そうおんひびかせると、彼はすぐにボタンを押して音を消し、ゆっくりと身体を起こした。


 ふと腕元が光っていることが目に付いた悠人は、気付けばEPOケーCHタイのバッテリーが二十%を指しており、すぐさま電源を切った。


 現在の時刻は朝の五時半。彼は何故なぜそんなにも早い時間に起きたのか、それはいくつかの理由が存在していた。


 一つ、この家で生活するのにあまりお金を使用したくない彼は、少しでも節約の為に昼食は学食を利用せず、弁当を作る為の時間として、早起きをする必要があるということ――


 一つ、家から学校までの距離は決して近いとは言えず、かといって有料の通学バスにお金をきたくない悠人は、最低限徒歩で間に合うだけの時間を確保しなくてはならないということ――


 一つ、悠人と紫乃は共に学生の身であるため、朝早くに家を空けてしまうゆえ、一日前にまったゴミを早めに出さなければならないということ――


 これだけの理由があっては、昨日どれだけのことがあったといえど、時間は有限。


 現実逃避げんじつとうひをしている場合ではないことは、明白である。


 まず彼は一階に降りてリビングに移動し、茶碗ちゃわんやお箸を中心に最低限の洗い物を済ませると、弁当に入れるおかず込みで朝食を作ることにした。


 忙しい朝ということもあって、彼は簡単な料理で済ませた。


 料理を作り終えると、彼は二階の自室で熟睡中の妹-『目崎紫乃』を起こしに彼女の部屋へと足を運ぶ。


 かつてはぬいぐるみやらクッションが置かれた女の子らしいお部屋だったが、両親を失ってからというもの――


 それらは全て、親戚しんせきに売り払い、部屋にはベッドとカーテン、それに勉強机と目覚まし時計があるだけの、殺風景さっぷうけいな悠人の部屋と同様の部屋をしていた。


「もう朝だぞ」


 布団ふとんくるまった彼女の肩の上に手を置き、軽く揺らして目覚めさせる。


「ふわぁ~、兄さん。おはよぉー」


「ああ、おはよう………っておまっ!そんな薄着して寒くないのか?」


 紫乃が着ていた服はこれといった派手さが無い――、至って普通のピンクカラーのパジャマであったが、それは見るからにして生地が薄い為、見事に密着みっちゃくしたパジャマから、すらっとした身体のラインがくっきりと出ていた。


 この時代の環境下で、そのような薄着を着ることは明らかに自殺行為――。


 だが、それはあくまで外にいる時の話だ。


 室内であれば、窓を長時間開けていることでも無い限り、NEMTDネムテッド-PCを着ずとも、生活するのになんの支障もない。


 可愛い服が一つもないNEMTD-PCを前に、女の子がおしゃれを楽しむ環境がこの世にあるとしたら、それは今や室内しかないと言う訳だ。


 それにしても、あの薄着のパジャマが我が家の金銭的に出来る精一杯のおしゃれなのだとしたら、それは何処どこか胸の痛む光景であった。


 後になって、何故なぜあんな薄着を着ていたのか聞いてみたところ、昨夜の買い物で買ったというこの寝間着ねまきを兄さんに見せたかったからと言っていた。


 当然、安売りしていた物だったから、と抜かりない一言もえて――


 二人は朝食を済ませて身支度をととのえると、身体のあちこちにクリームを


 今、彼らが塗っているクリームは通称:


 NEMTD-ACエーシー

 《上部省略-》

 All-purpose《万能》

 Cream《クリーム》


 ――と言い、顔や首、両腕両足など、NEMTD-PCではカバー出来ないところまで、外温から身を守る役割を果たしてくれる代物である。


 例の繊維物せんいぶつを液状化したものとホホバオイル、シアバターなどを含んだこのクリームは、一度塗るとその効果は二十四時間は持続するという。


 先に身支度を終えた紫乃は、中学校へ行くために家を出た。


「行ってきます」


「ああ、気を付けろよ」


 彼は紫乃を見送ると、訳あって昨日買ったばかりの新しい制服に着替え、彼もまた高校へと行く準備を済ませた。


「……さてと、俺も行くか」


 心身共に疲れ果てていた悠人は、ゴミ袋を片手に何処どこと無く重い足取りで家を出ると、そこには意外な人物が目の前に立っていた。


「み、未予!?……おまっ、なんでここに?」


「昨日、妹さんと二人っきりになった時にさりげなく、お宅の場所を聞いたの。

 それより貴方にお話があるから、学校まで一緒に行きましょう」


 彼は思いもよらぬ未予の登場に驚くも、話があると言われたので、取りえず一度ゴミを捨てたのち、彼女と二人で通学路を歩くことにした。


「で、話って何だ?」


「例の携帯に搭載とうさいされた情報を、いくつか見たかしら?」


「あれだろ?《神眼者しんがんしゃリスト》だとかなんとか」


「その感じだと《ゲーム内容》も、もう見たのかしら?」


「いや、それはまだ見てないが………」


「なら、私が貴方の家の前で待ち構えていたのは、正解だったわね」


「それってどういう……」


「これを見て」


 未予は会話の中で、すでに起動していた《ゲーム内容》の画面を彼に見せた。


「なっ、なんだよこれ」


 彼はその画面に映っていた内容に、驚かせずにはいられなかった。


 その内容はこうだ。


『一日のゲーム時間は九時~二十二時。

 この時間内に、眼球を一つも回収出来なかった場合、その者を強制的に排除致します。

 また、一般人にこの目の存在を知られたり、その目に宿る特殊な力を見られてしまった場合も同様です。

 ですが一つ例外として、万が一にトラブルが発生した場合のみ、一般人に対し一部の能力の使用を認めます』


「これはあくまで《ゲーム内容》の一部にぎないけれど、少なくとも――それを守らない者は、昨夜殺された人達と同じように始末されるでしょうね。

 それと、わざわざ一般人に知られてはいけない、なんて書いてあるところを見るに――

 恐らくゲームの障害になることは、避けたい節があるようね。

 考えられるとすると、何か面倒ごとになってゲームに支障が出てしまっては〈都合が悪い〉とか、そんな理由じゃないかしら。

 なんにせよ、このルールから捉えるに、少なからず、人の多い学校内は安全だと言えるわね」


「いや、そう言うことじゃなくて………そもそもこんな危ないこと、島の警察に助けを求めれば、良いじゃないか」


「――君は馬鹿なのかしら?

 昨夜のあの現場げんばを見たでしょう。とてもじゃないけど、警察が手に負える相手じゃないわ」


「だったらそのふざけたゲームに勝ち残ることでしか、俺らは生きていけないとでも言うのか?」


「それしか手がないわ」


なんでだよ!人の目なんて、取るものじゃないだろうが。

 ……こんなの、可笑しいとは思わないのかよ」


「ええ、そうね。貴方の言っていることは、至極真っ当な答えよ。

 何一つ、間違ってなんていない。……けれど、」


「けれど………?」


「人の生きる世の中なんてこの上無く、多くの《負》が転がっているものよ。

 理不尽――、無慈悲――、不平等――、不公平――

 何もかも自分の思い通りになる世界なんて、何処どこにだって存在はしない。

 人間、生きていれば良い事よりも、悪い事の方が多く遭遇する。

 そう都合良く、何処どこかの誰かが助けてくれる訳でも無いのが、この世界――。

 人生イージーモード、なんて――、この世には生まれた時から約束された人生・優れた力を手にしている人のことを皮肉って言う言葉があるけども、そんなのは何一つ苦労をしていない、絵空事の世界でやりたい放題するフィクションの物語上での登場人物だけに過ぎないわ。

 現実において金持ちになった人だって、そこには苦労の末に初めてその座を掴むことが出来た努力があった筈よ。

 それこそ貴方は反対に、家庭での金銭的苦労を抱えている………違うかしら?

 あんな超常的な力を持った人……いえ、神様を相手に、私たちがどうこう出来るものじゃないってことは、頭では理解している筈よ」


「それは………」


 彼女の的を射る最後の言葉に彼はこれ以上――、言い返す言葉が出てこなかった。


「……それこそ、私たち人類神眼者が生を執着した罪として課せられた、神からの試練、とでも言うべきなのかしらね」


 最後に彼女はそう残すと二人の間には静寂せいじゃくだけが続き、しばらくして学校へと到着すると二人はそれぞれ自分のクラスの中へと入り、そこで各々おのおの学校生活を過ごした。


 何かイベントの一つや二つ起こる訳でも無く、平凡な学校生活を終えた彼は昇降口で靴を履き替えて外に出る。


 昨日と同様、一人で帰ろうとする悠人だったが、校門を抜けた直後に彼の右腕は何者かにつかまれた。


「おい、何するんだっ……って未予?」


 何故なぜかそこには保呂草ほろくさ未予が待ち構えており、そのまま強引に引っ張っていった。


「いいから、黙って付いてきて」


 訳も分からず、腕を掴まれたまま走らされること数分。


 何故なぜか人の寄り付かない、何処どこかの廃工場に連れて行かれた悠人。


「こんな所に俺を連れてきて、一体何がしたいんだ?」


「だってここなら、一般の目にも付かないでしょう?」


「まさかそれが目的ってことは、あいつの……へアムが言っていたゲームに従って、俺の目を奪うつもりじゃあ…………」


「まだそんなことはしないわ。今は貴方の実力が知りたいの。

 ほら、あの神様も言っていたでしょう。他の神眼者プレイヤーと六人までなら手を組んでも構わないと」


「と言うことは今から俺にその実力があるか、それをはかる為の、ちょっとした腕試しをここで行うってか?」


「話が分かるじゃない」


「いやいや、待てって!俺はあんたと闘い合う気なんて、これっぽっちも無いんだ。そんなことは止めよう、――なっ?」


 などと言っていると、突然――


 スッと間合いを詰めるように未予は勢いよく駆けて行き、隙だらけな悠人の懐へと入り込み、彼の喉元を狙って下から拳を突き上げていく。


「ちょっ、何すんだ――」


 既所すんでのところで悠人はその腕を避け、有無を言わさずいきなり未予が手を出して来たことに動揺し、言葉が詰まる。


「その様子では何を言っても、手合わせ願えないでしょうから………。

 悪いけど、私は本気である以上――、無理矢理にでもヤル気になってもらうわ」


「くそッ、話聞けって!」


「甘く見ないことね。生きていればいつ何処どこで何が起こるか分かったものじゃないからこそ、自分の身の危険くらい自分で守れるよう、これでも一通りは護身術をたしなんでいるものよ」


 そう言って今度は彼のお腹を狙って、掌底しょうていを打ち込んだ。


「ごふっ……」


 彼は鈍い声を発し、攻撃が見事にハマったしまったことであまりの痛さにお腹をかかえながら、その場にひざまずいた。


「駄目ね。これが命を賭けた本気の闘いなら、貴方は真っ先に死ぬわ――」


「ふざけたこと………言ってんじゃねぇ」


 よろめきながらもゆっくりと身を起こし、彼のその足には――まだまだ勝負を捨てていない、確かな力強さがヒシヒシと伝わってくるようだった。


 厳しい生活を耐え抜いてきただけの、彼の中に存在する根性に――、精神力に――、火が付く。


 そうして完全に立ち上がって見せると両の拳を前に持っていき、顎の近くで構えて脇を締め、目線を前に―――


 その洗練された構えには、アマチュアの真似事それでは無い………


 まるで格闘技でも経験していたかのような、隙の無いファイティングポーズを取る彼の現れの姿があった。


 そこにはさっきまでの油断のあった彼としての姿は無く、男女の隔たりは持たず本気で向かうべき一人の相手として―――


 未予を見る眼差しが――、彼女を前に見せる顔付きが――、その一瞬にしてガラリと変化を見せた。


「へぇ……、完全に鳩尾みぞおちへ入ったにも関わらず、それ程すぐに立ち上がって来るだなんて、見かけに寄らず根性はあるようね。

 でも――、呼吸が乱れた状態で一体、どう立ち向かうつもりかしら?」


「さあな。けど……何を言ってもお前がそういう手に出るなら、俺はお前に屈辱を与えてやるよッ!」


「――そう。なら少しは、期待しようかしら」


 未予は再び、動き出した。


 次はどんな手を使ってくる。また掌底か?それとも違う技を仕掛けてくるか?


 よく見て判断をしろ。ギリギリまで相手を観察して――


(ここだ!)


 彼は未予が前に突き出してきた右手を、ものの見事に紙一重でかわして見せた。


「―――ッ!」


 未予は彼のなめらかな動きに一瞬驚かれるも、すぐさま次の手に切り替えて攻撃を仕掛けていた。


 しかし彼は違う一手にも躊躇ちゅうちょなく対応し、それすらも危なげなく避けていく。


 一度のみならず二度までも、それは何度やっても一切の集中を切らさない彼の前に、最早もはや決して攻撃が届くことは無かった。


 次に来る手を常に目で追い続け、身体を捻らせ、どんな手にも柔軟に対応し、それらをさばいていく。


 あくまでそれは未予が手加減している訳でも無く、重い一撃を受けた身体に負担を掛けないようにとこの男は最低限の動きで躱し、時にはなしてみせるのだ。


 よく人には誰にも負けないというものがあると聞くが、そんなものが本当にあるのだとしたら―――


 彼に当て嵌めると、それはまさにこの動きを可能としている、驚異の《動体視力》と《反射神経》であろう。


「合格よ」


「えっ……?」


 突然の合格判定をもらい、あまりにいきなり言われたからか、咄嗟のことで素っ頓狂な返事をしてしまう悠人。


「まともにあれを食らっておいて、それだけの動きが出来れば十分だわ。……少し、イタズラしてしまおうかしら」


「……何を―――」


 彼女の手の平が――、お腹へ向かって伸ばされる。


 それを何気無く、避けようとした時だった。


「ぐほっ……っ!」


 攻撃の軌道は、確かに鳩尾みぞおちを狙いに掛かっていた……筈だった。


 だがしかし、彼が避ける地点をハナッから狙っていたかのように、未予の攻撃の軌道は大きくズレて気付けば顎下に――、彼女は強烈な肘打ちを打ち込んでいた。


「……どうなってやが、る……………」


 強烈な攻撃を打ち込まれたその反動は大きく、その瞬間――彼の視界は暗転した。


 ……その頃、時は同じくして人目の少ない、とある住宅街の細い路地裏では何かを探す様子を見せる、一人の女の姿が見受けられた。


 一般的にワンレンボブと言われる、ヘアースタイルに金色に染まった髪。


 上はトレーナータイプ、下はスキニーパンツタイプのNEMTD-PCに身を包む―――、目付きの鋭い、如何いかにもガラの悪そうな少女といったところか。


「チッ、ここもハズレか」


 彼女は視線を落とすと、あるものを目にして思わず舌打ちをする。


 その訳は両目を失った女の死体―――、つまりは彼女が狙っていた神眼者プレイヤーの眼球が、すでに抜き取られていた後であった。


 その様子からさっするに、神眼狩りに参加している様子の彼女。


 昨夜のあの惨劇さんげきを目にしてしまっては、自分も同じ目に遭いたくないという思いで他の神眼者プレイヤーの目を奪おうと、奮闘ふんとうしているのではなかろうか。


 その姿はまるで、獲物神眼の狙う略奪者プレデターの如く、血走った目をして神眼者プレイヤーを探し回る、生存本能のままに動く獣のように見えた。


 時間の許す限り、他の神眼者ターゲットを求めて、彼女は別の場所へと移動するのだった―――。


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[あとがき]

《ゲーム内容》に関するQ&A


 Q.一日における、ゲームの開催時間(九時~二十二時)が明確に定められているのには、何か理由があるのですか?


 A.ゲーム時間外は、神眼が目力を行使する為のエネルギー切れ、『ドライアイ目力不使用期間状態』に入ってしまう為、腕っぷしの素の力の差で簡単に勝敗が出てしまい兼ねないことを見越し、ゲームバランスを考慮して時間制を採用しております。

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