⒈ 神眼(5) ピヤー ドゥ ウイユ

 時は過ぎ、外は真っ赤な夕日で赤褐色せっかっしょくに染まる中――、悠人は現在自宅にいた。


 あの後、未予とは途中で別れたのだが………


 それに続くように紫乃もまた――、夕飯の買い出しに行くと言い、未予の跡を追うように二人して適当に何処どこかへと行ってしまった。


 悠人は一人、制服を買ってからというもの、やることが無くなり、退院したばかりということもあってか、ここは大人しく自室のベッドの上で横になっていた。


「ふー、疲れたなぁ………」


 彼は未予から貰った服を着たまま、しばらく横になっていたが、ふと何かを思い出したかのように上体を起こし、二階に上がってベランダへと足を運ぶ。


「やっべ、すっかり干していた洗濯物も冷えてしまったな」


 慌てて洗濯物を取り込み、ベランダを出て部屋の中へと戻ろうとした時である―――。


「ど……、何処どこなんだここは…………」


 ベランダを隔てて広がる――、見慣れた我が家の部屋の中とはまるで異なる、がそこには広がっていた。


 だだっ広いダンスホールのような――何処どこかの大きな施設内を想像させられる空間。


 床には椅子の一つも無く、天井全体は鏡張りになっている。


 ベランダを出ようとしたあの一瞬の間に、自分は何故なぜこのような空間へと迷い込んだのだろうか?


 今起きている状況にまるで付いていけず、訳も分からず戸惑っていたところ――、悠人がこの場所へと飛ばされた時には、すでに何人かの人の姿があったことに気が付く。


 その人達も彼と同様――、自分の置かれた状況を前に、まるで理解が出来ていない様子を見せている。


 その後も一人、また一人と……、この空間に多くの人々が音も無く出現し、その内の一人にはあの未予の姿もあった。


 その日、突如としてこの身に起こった謎の現象は一種の――、瞬間移動のたぐいとでも言ったものだろうか?


 仮にそのような考え方をするとして、今の時代に至るまで如何いかに科学力が進んで来たとは言え、〈人体の原子レベルにおける量子テレポーションの実現化〉なんてものは今尚いまなお、夢のまた夢の技術であると言われているのが現実――。


 とは言え、自分の知らないところで世界の何処どこかでは、秘密裏にそのような技術が開発されていて………それこそ開発者なる人物の手によって、ここにいる人達は誘拐されたという線も決して無いのかもしれないのだと、一人の高校生に断定出来る話では無いことも確か――。


 思考を働かせるだけこの謎の現象に答えが出るどころか、ますます頭がパンクする。


 最早もはや、どんな力が働いているのか……今はそこに対して考え続けるだけ、思考の無駄であろう。


 ――そもそも、誰がこんなことを?何の為に?


 それに何故なぜだか見渡す限り、女性ばかりが集められているようだが、これは一体……?


 気になる点はいくつか存在するが、明らかにこれは異常事態であることに代わりはない。


 ここに長居するのは良くないと判断した悠人は、この広間の出入り口を探しに動き始めた。


 人混みをかき分けながら壁伝かべづたいに進んでいくと、それと思しき扉がすぐに見つかった。


 すでに扉の前には何人かの人だかりが出来ており、その人達は何度もドアノブをひねっているにも関わらず、その扉はビクともしなかった。


「……誰かッ!近くにいるなら開けて下さい!」


 付近の人々はこうして扉の前で大声を出して助けを呼んだり、扉を強く叩いていたりしていた。


 だが何度やっても一向いっこうに変化が無く、ただただ扉を叩く音や助けを求める声が、ホール全体にむなしく響いていくだけであった。


 それならばと、通信機器を使って外部の人に助けを求めようとする者もいたが、何故なぜかこの建物内は電波が遮断しゃだんされているようで、こちらも何度やったところで結果は変わらなかった。


「もう、なんなのよ!」


「そんなの、こっちが聞きたいくらいよ!」


 周囲の人々は徐々に冷静さを失い、室内は混乱に包まれていた。


 そんな中――、建物内の奥の床が唐突に開かれ、中から一台のプロジェクターが姿を現した。


 人々の視線が自然とプロジェクターの方に集まるとそれはひとりでに起動きどうし始め、一人の少女の姿・形が立体映像で空中に映し出された。


『〝神眼者しんがんしゃ〟の皆様、こんばんは。私の名はヘアム。この地球上に眼球という恩恵おんけいを与えた目の神、その創造主にございます』


 皆の視線は一人の少女へと集まり、この場の空気が一瞬で静まり返った。


 それもそうだろう。何せ唐突とうとつに映し出された少女が意味不明なことを言い出したのだから。


 この映像は事前に撮ったものか、将又はたまたリアルタイムで流しているのか、それはあそこに映し出されている奴にしか分からないことだが、この緊迫きんぱくな空気感の中――、話がどんどん進んでいった。


『突然ですが、この場にいる皆様はすでに一度、

 この顔におぼえはございませんか?かつては一度落命し、死ぬ運命にあった皆様へ、神の御業たる死者蘇生―――《救済の道の導き手》。

 生命を宝寿せし奇跡の眼球を授けた者の存在を―――……』


「そう言えば………」


「あっ!言われてみれば確かに私、一度死んで―――何でそんな大事なことを忘れて………」


「えっ?死んだだなんて、何を言っているの?………ってあれ?あの姿、前に一度見たことが―――……」


「ええ。確かに私、見たことがあった。あの高貴なるお姿――、間違いないわ!もう五十年以上も前のこと、あの日私をお救いしてくれた女神様よ」


 状況が状況なだけに混乱も見られたが、どうやら見覚えがある奴の外見に何か思い出すところがあったのか、徐々に周囲がザワつき始めた。


『思い出して頂けましたか?

 貴方がたを蘇生させたその目の名称こそ、紛れも無い【】。

 それを持つ【】で〈神眼者しんがんしゃ〉。

 何も考えず、その場の勢いだけで口に出た言葉でございましたが、中々良い響きでしょう』


(え~っと、つまりあれか?

 ここにいる連中は皆、俺や未予のように可笑しな目を持っている集まりってことだよな。

 ……つーか、死人のよみがえりって、こんないたのかよ!)


 悠人は先ほどまでの彼女の話を元に、自分や未予の他に多くの復活者がいることが分かって、驚きが隠せない様子であった。


(けど、これだけの復活者がいるってことは、この島の人達だけとは限らない筈…………)


 彼の脳裏にちょっとした疑問ぎもんが押し寄せると、ヘアムの口から思いがけない言葉が飛んできた。


『そもそもここが何処どこにあたるのか、少なからず気になっていたかたもいたことかと。

 この場所は布都部島と呼ばれた孤島に存在する、今や使われていない没落施設、その一フロア一端にございます。

 残念ながらこの島の外で暮らしていた方々へ。


 誠に勝手ながら、突然見知らぬ土地へと貴女がたを飛ばしてしまい酷ですが、皆様がたが


 それが何を意味するのか、否が応でもすぐに分かる筈――。


 ですので先にご容赦を――。


 全ては神眼を受け入れ、生き返ったその瞬間から、皆様の来たるべき運命は確立されていたのだと………』


 えっ?何、どういうこと…………


 さぁ?何かしらの見せ物イベントかしら……………


 なんでこんなところにいるのか、さっぱり分からないけれど、こんなこと早く終わって欲しいわ。


 さっさと夕飯の買い出しに行きたいのだけど、いつまで続くのよ、これ……………


 周囲がざわつき出す。


 どうやらヘアムが言っている言葉を、全て鵜呑みにしている訳では無いのだろう。


 だがそれでも一人一人個性があるように一部の人達は不安を抱きながらも、少しは奴の話を素直に受け止めている様子もちらほら見受けられる。


 中には不安のあまり、周りの人達と会話でもして、自身がいだく嫌な想像を――、恐怖心を――、紛らわそうとする者も存在していた。


 建物内が多くの人々の声によって徐々にざわつかせていくも、そんなことでヘアムの話が止むことは無かった。


『そもそもの話、貴方がたが何故このような場所に飛ばされたのか、今からそのご説明をいたしましょう』


『突然ですが、ここに集められた皆様方でとあるゲームに参加して頂きます。

 ルールは非常に簡単シンプル――、〝他の者が持つ神眼目玉〟それだけです』


「…………」


 えっ⁉︎なになに、どういうこと?


 目玉?奪い取る?何か……冗談めいたことを聞いた気がするのだけれど?


 訳が分からないと言わんばかりに、突然この者は何を言い出し始めたのかと、人々は疑問を抱く。


 と、ここでヘアムを名乗るその存在が妙なことを言い始める。


『貴方がた神眼者は一度死に、人を止めた存在。

 その身体に神眼を宿している限り、病気や寿命に縛られず〈永遠とわに生き長らえることが出来る〉。

 だが言うなればそれは、神眼を失ってしまえばそれすなわち《死》を意味するということ―――』


 えっ?この【目】って失わない限り、永遠の命をくれるものだったの?


 私、てっきり第二の心臓的な感じで聞かされていたから、心臓同じく寿命があるものとばかり思っていたのだけれど、まさかそんな凄いものだったなんて………


 でもさっきの話が本当ならば、【目】を奪われれば死ぬってことでしょう?

 つまりは最初に言ったあの言葉――あれって、私たちでって意味だよ、ね。


 何を………馬鹿なこと言ってんじゃないよっ!


 没落施設という閉ざされた箱庭の中、この場に不穏な空気が漂い始める。


 奴の……ヘアムの話は続く。


ひとえに人の目を奪うと言っても、当然のように抵抗する相手になんの対抗手段も無いのだろうか?否――。

 貴方がたの持つその神眼にはそれぞれ違ったを有しており、その力を上手く活用することこそ大きなカギ――、ゲームの肝となることでしょう』


 ……そんなッ、訳の分からないことを聞いているんじゃないのよっ!


 ふざけたこと言ってはぐらかさないで、良いから私たちをここから解放しなさいっ!


 冷静さを失い、どんどんと周囲の温度感が上がって行く。


 唐突に彼女が言い始めた、他人の目を奪うなどというぶっ飛んだイカれゲームを称しての説明は続く。


『ゲームには、皆さんの監視役となる者が一人参加をされます。名は【愛好の監眼枠ニーナ・ランドルト】。

 当然彼女もゲームのいち参加者として、万が一にも出くわした際には、貴方がたの目を奪いに襲い掛かってくることもありますが…………

 状況次第ではゲームのサポート役として立ち回ってくれる、なんてことも――。

 彼女に気に入られ、資格があると見出みいだされた時、神眼の真なる力――秘められし第二の力新たなステージへと覚醒させ、有利にゲームを進めることが出来ることでしょう。

 布都部島全域をゲームエリアとし、期間は私が終了と決め次第しだい

 ――その時が来るまで、ゲームは続きます』


 生きる為には他人の目を奪い、それを続けて何日間まで生きていられるか。


 要するに、これは一種のサバイバルゲームである。


 そんなことを聞いて黙っていられる人が一人としていないはずも無く、ある一人の女性がそれについてヘアムにうったえ申した。


「何が命を賭けたゲームよ。ふざけないで!」


 これに対し、ヘアムの返答はこうだった。


『失礼。先ほどの説明に付け加えますが、このゲームに――』


 ズシャ!


 妙な破裂音はれつおんが聞こえたと同時、そこには先ほどのうったえた女性の姿がなかった。


 代わりに血だまりができ、女性が身に付けていた衣類や小物、それと二つの眼球だけが残されていた。


 謎の女性消滅後、ヘアムは再び口を動かし、こう言った。


【一度足りとも拒否がまかり通ることなどございませんので、どうか悪しからず】――と。


 その瞬間――、それまでざわついていただけの人々の焦りがピークに達した。


 「「「「いやぁぁああああああぁぁぁぁ――――ッ!」」」」


 人々はここに飛ばされた時以上にパニックにおちいり、一斉いっせいに悲鳴声が響き渡った。


 多くの人々は立体映像のヘアムから逃げ出すかのように出入り口の扉に向かって駆け出すが、彼が一度確認した時と変わらずその扉が開く様子はなかった。


 だがこれといった脱出経路が他に見当たらず、扉の前では激しく叩く音や近くもしない外部からの助けを求める声が聞こえていた。


 また、何人かと協力して扉をり倒そうとしたり、体当たりしてみたりする人も見受けられた。


 ダメ押しで通信機器を使って外部がいぶの知り合いに助けを求めようとした者もいるが、何度やったところで結果は同じだった。


「「「「お願いよぉぉぉおおおおおぉぉぉぉ――――っ!ここからッ、ここから出してぇぇえええええぇぇぇぇ――――っ!」」」」


『――逃げようなどと思わないことです』


 直後――、扉付近にいる人々を一人また一人と、まるで手品のように次々とその姿を消失させ、気が付くと会場内はそこら中に鮮血が飛びっていた。


『嗚呼、貴重な神眼者がこれ程までに………。出来れば、ここまで無駄にはしたくなかったのですが、いたし方ありません。

 ――おめでとう。この場から逃げなかった勇気ある諸君しょくんには、ゲームの参加資格が与えられました。是非ともこれから奮闘して頂き、あらがい続けて頂きたい。

 生き延びる一番の近道はの神眼者と手を組み、力を合わせること――』


 これは……奴の気まぐれでゲームは終了するとの発言といい――、味方を付けるというルールがあることといい――


 どうやら最後の一人になるまで争い続ける、一番の最悪を予見していた《たった一人の生き残りバトルロイヤル性》といった訳では無いらしい。


 これは単なる彼の憶測おくそくに過ぎないが………


 彼女の話は続いた。


『とは言えバランス調整はしないと、ゲームが早々に破綻してしまうことでしょう。ですからここは一つ、味方を付ける人数に制限を掛けさせて頂きます。

 手始めに六人、自身を含め七人までのチーム体制とする。

 ただし、厳正なるゲームルールを破るようなことがあれば、チームを組んだ者には連帯責任として、そのグループ全員を問答無用で粛正しゅくせいしますのでご注意を―――。

 敢えて誰とも組まず、一人で狩りを行い続けるのもまた選択の一つ。誰かと協定を結ぶのであれば、十分に気を付けましょう。

 ゲーム開始は明日の上午じょうご九時からと致します。神眼にも十分じゅうぶん休息きゅうそくは必要です。明日に備えて今日は早めに寝ると良いでしょう。

 あくまで貴方がたは私の目によって生かされているのだと言うことを――、この私が貴方がたの命を管理しているのだということを――、どうかお忘れなきよう』


 これで話は終わり…………などと、彼女は何か思い出したかのように、一拍遅れて最後に一つ、言葉を残す。


『命欲しさに生き永らえた貴方がた一人一人が、どんな結末を迎えることとなるのか、その全てをしかと見届けさせて頂こう。

 この【ピヤー ドゥ ウイユ】というゲームを――』


 今度こそ奴の演説は終わったようで、プツンとここで映像は途切れた。


 生き残った人々が着ていた衣類には死んでいった者達の血がこびりつき、せっかく未予に頂いた服もこの始末だった。


 悠人は呆然ぼうぜんと立ち尽くしたまま、これまでの光景を目にしていた。


 彼が逃げようとしなかったのは、単に足がすくんで動けずにいたのであった。


 ひどい状態の人だと、腰が砕けてその場でお漏らしをしてしまった者もチラホラ存在していた。


 だがそんな醜態を晒そうが、自身の生死を天秤に掛けるのかと問われたら、一時いっときの恥が何であれ、己の命が救われる方がマシというものである。


 だがそんな中――、どれだけ図太い神経をしているのか、恐ろしい程に落ち着き払った様子で物静かに佇む、保呂草未予の姿があった。


 何とも形容し難い地獄のような惨劇が転がっている現実を目の当たりにして、無駄に逃げようなどと抗おうとなどとするだけ無駄なことだと………


 まるで全てを悟ったかのように一切の喚き散らかすことも無く、ただただ淡々たんたんと物事が収束する時を待つかのように――。


 姿・形でどうしても未成年の子供と見られがちだが、その中身は確かな大人としての冷徹さをしっかりと持ち合わせており、決して周囲の人のパニックに呑まれず惑わされず、慌てふためくところを見せなかったのは、凄い意味でもヤバい意味でも感心せざるを得ない。


 とは言え、大の大人の見た目をした人でさえガクガクに腰を抜かし、盛大に漏らしてしまった女性もいたのだから……それはそれで、大人としてのプライドとか関係無く、次々と死に抜く人の姿を見て恐怖を感じていた………純粋にそれだけのことであり、動物として普通の反応と言えよう。


 なんて、未予が特別異彩を放っていると言っているみたいに聞こえるが、他にも怖いもの見たさにきもが据わっているというのか――、


 将又はたまた、頭のネジでも飛んでいるのか――、


 何人、何十人と、少なくとも未予のように落ち着きのある人間や全く動じない人間もいたりなんかして…………


 最早もはや何が何だか、訳も分からず御開きとなった突然の恐怖の騒動そうどう――。


 妙なことに生存者の腕に全員、いつの間にか何やらリストバンド型の電子機器が硬く装着されていた………が、


 ほんの少し前まで錯乱した人達を中心に次々と人が殺されていく様を目にした直後だったからか、この場における誰一人としてそのことで騒ぎ立てるような者もおらず、神を名乗る女の姿が映し出された映像の消えた今、この惨状は静かに幕を閉じたのだった―――。

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