神に祈りを感謝を俺に!〜底辺貴族からの成り上がり〜

ハコニワハニワ

騎士爵領立志編1ー1

男は病弱だった。

 

 幼い頃から入退院を繰り返しながらも大学に入学した。

 

 その後持病の悪化から病院から出る事は出来なくなった。

男は応援するのが好きだったスポーツ観戦も研究者も物語りの登場人物も。


男は小説を読んでいた。最近流行りの異世界物である。

 

 ――もしもこの物語りの様に剣と魔法の世界に行けたなら。

 ――もしも自分が転生出来たなら。

 ――もしもこの願いか叶うのならば。

 ――次は自分が応援される側になりたい。


病室のドアが開く。腰元まで届く長い金髪に青の瞳、艶麗な女性がカツカツとヒールを鳴らしながら側に近づいてくる。

 

 誰だろう。病室間違えたのかな?綺麗な人だな。

 

「願いを叶えてあげる。私達の世界に生まれ変わりたい?」


 澄み切った声で女性は優しく語りかけてきた。

 

 揶揄われているのだろうか?でも、もし本当に行けるのならば・・・男は頷いた。


「では行きましょう」


 そこで男の意識は途切れた。


 ………………………………………………………………


 あれから十二年、本当に転生出来た。


 春とはいえまだ肌寒い朝。今日も村の小さな教会で祈りを捧げている。


 後ろから女性の柔らかな声が話しかけてきた。


「ユウリ様そろそろ訓練の時間ですよ」


「もうそんな時間か、では帰ろうか」


 立ち上がった時、ガラスに映る自分の姿が見えた。


 赤髪に黒色の瞳を持った子供の姿が映る。


 これが俺、ユウリ・スカーレットである。


 ここは大陸北西部に位置するスフィーダ王国東部スカーレット領シルワ村


 スカーレット家嫡男として生まれた。貴族ではあるが母様が戦争で戦果を上げ騎士爵を叙勲した新興の成り上がり貴族であり領地は村が一つのみである。


 村は百名程の小さな村で裕福では無く、生活して行くのがやっとという所だ。


「どうかなさいましたか?」


 侍女のシズクが横から顔を覗き込んできた。シズクの顔が近くてドキリとした。シズクは今年十五になり肩に掛かる黒髪に黒の瞳をしている。


「何でもないよ、行こう」


 シズクに笑顔で話しかけながら屋敷に戻った。


 屋敷は村の中では一際大きくな平屋で村の役場のような役割りも果たしている。庭は従士と自警団の訓練にも使われており土が広範囲に慣らされ武器が収納された納屋と木剣や刃を潰した武器が立て掛けられている。また有事の際には避難所として使用される。


 屋敷に戻るとショートの赤髪に切れ長の赤い瞳の女性が素振りをしている。ハルバードを重さを感じさせない程、軽やかに振り回している。


 この女性はミランダ・スカーレット。スカーレット騎士爵家当主であり、俺の母親である。


 母様がこんな芸当が出来るのは、この世界に魔力があるからである。


 魔力は自身の身体から離すと少しずつ霧散してしまう為、前世の物語で見た攻撃魔法などは一部の加護持ち以外使用出来ない。この世界では前世の電気の様な役割を魔力が担っており、動力として魔石を使っている。


 加護と云われる能力を有している者がいる。加護は生まれながらに発現している場合もあれば戦いの中で発現する者もいる。多種多様な能力があり、加護持ちの子供は同じ加護を発現する確率が高く殆どの貴族が加護を発現している。加護が貴族の証と考える過激派までいる。


「ユウリ戻ったのかい。早速始めるよ」

 

 母様がハルバードを壁に立て掛け地面に置かれた木剣を二本手に取り一本を投げて渡して来た。


「いつでも来な!」


 母様は決まった型などない戦場上がりの剣なので訓練はもっぱら木剣での試合形式である。母様は木剣を肩に担ぎ余裕の表情をしている。


 今日こそ一本取ってやる。

 全身に魔力を巡らせ踏み込む、そこから袈裟斬りを放つ。母様は半身になるだけで軽く避けた。そのまま右脚を軸に左足で回し蹴りを放つ。だが蹴りが届く前に母様の横薙ぎで斬り飛ばされた。


「発想は悪くないね。剣と体術の繋ぎが自然になって来てるのもいい。次はこっちからいくよ!」


 母様が木剣で切り付けてくる。上段からの振り下ろし。

 後ろに飛び距離を取る。


 ドン!!剣が当たった地面が少し抉れ土埃が立つ。


「母様殺すつもりですか!?」


「何言ってんだい!これくらいで死にゃあしないよ。それに痛みがある方が早く覚えるってもんだ!どんどん行くよ!」


 繰り出される斬撃に対抗すべく魔力を木剣に巡らる。


 体から離れる以上魔力消費が多くなるがやるしかない。


 相手の剣を滑らせるように剣で逸らす。そして足に魔力を多めに回してなるべく距離を取る。


「中々見れらる様になって来たじゃないかい!避けられる物は避けて避けられない物は逸らす。ユウリは時期領主だ、耐える剣は必須だよ!」


 徐々に早くなっていく母様の剣に逸らす事が困難になり必然的に足を使うしか無い。足が悲鳴を上げ肺が酸素を求める。



 ハアハア、苦しい・・魔力操作が安定しなくなってきた。もう逸らせる速度じゃ無い、一度受けて息を整えないと・・・速度が乗る前の段階で全力で止めるしか無い!


 自分から一歩踏み込み全力で剣と腕に魔力を流し迫ってくる斬り下ろしを木剣で受け止める。だが斬撃が木剣に触れた時、木剣が折られ、遮るものが無くなった剣は俺の胸部に直撃した。

鈍い痛みを感じると共に吹き飛ばされ地面を転がる。


 胸の痛みから息苦しさを感じながらも上体を起こした。

 

「楽するんじゃ無いよ!!相手との魔力差が大きく武器に差が無い時にまともに受けたら武器ごと真っ二つだよ!其れに剣と腕だけで受けようとするんじゃない!スタミナをつけな!戦場じゃあへばったやつから死んでくよ!」


 母様は息一つ乱していない、全身の魔力に一切の揺らぎもなく自然体でいる。母様の言う通りだ、重い物を持つときに腕だけで持ち上げる人間は何処か壊れてしまう。全身を使わねば。

 

「今日はここまでにするよ!これから国の査察官殿を迎えに行って来ないといけないんでね!」と母様が木剣を納屋に片付け、ハルバードを背負い出発した。


 心配そうにしていたシズクが駆け寄って来た。


「ユウリ様お怪我はありませんか?今治して差し上げます!」


 シズクが俺の胸に手を当て集中を始めた。


 「《治癒ヒール》どうですか?」


 シズクは王国で使い手の少ない慈悲の加護を持っている。

おかげでこの無茶な訓練も続けられている。


 「ありがとうシズク。おかげで痛みも殆ど引いたよ。」


 「ユウリ様、加護はお使いにならないのですか?」


「ポイントの問題もあるし訓練で使っても地力が伸びないからね」


 俺も加護を発現した一人である。


 ――祈りの加護―― 能力は四つ

 

 一つ目は《強化ブースト》 ポイントを消費して自身の魔力を一時的に増幅する。

 

 二つ目は《願いの形フォームオブウィッシュ》ポイントを消費して自身の戦闘技術を一時的に上昇させる。

 

 三つ目は《才能ギフト》 ポイントを消費して他者の能力を恒久的に上昇又は適性のある加護の発現。

 

 四つ目が 補佐 能力の使用をサポートしてくれる対話型インタフェース。名称〈イノリ〉能力の発動と解除は《起動アクティベート》《停止インアクティベート》で行う。イノリの起動中は魔力が自然回復しない。


 ポイントの取得方法は分かっている物で毎日1回、神への祈りで5ポイント他者からの感謝が1〜10ポイント、魔物の討伐がFランクで1ポイントEランクで3ポイント、それ以上は未確認である。


 イノリは俺がつけた名前である。加護が発現した時にいきなり名称の設定を要求されたのだから安直なのは許してほしい。起動中は魔力の自動回復が行われない。

 

 イノリ《起動アクティベート


 自分の中に別の誰かがいる様なそれでいて落ち着く変な感覚を覚える。


 ――マスター御用件は何でしょう。


 ステータスを確認したい。


 ーーステータス開示します。


 目の前に半透明な画面が現れる。


 ユウリ・スカーレット


 人間 12歳


 魔力 725/1250


 剣術E+ 魔術操作E+ 祈りの加護(保有607P)


 ――607Pかなり少なくなりましたね。やはりシズク様の加護の発現を先延ばしした方がよろしかったのでは?


 いや、訓練の強度を上げる為にも必要だったし、シズクが加護に慣れるまでに時間が掛かるかも知れなかったしね。


 ――マスターはシズク様の腕を直したかったのでは?幼少期の事故で片手が動かなくなり不自由そうでしたものね。


 シズクには世話になってるしね。小さい頃の怪我が原因だって聞いていたから、母様から慈悲の加護にある《修復リカバリー》とリハビリを継続して続ければ治せると聞いてね。


 イノリとの会話に集中しているといつの間にかシズクが頬を指で突いてきた。

 

「またイノリちゃんと話してるんですか?ユウリ様だけズルイです。」


「所でシズク、何で頬を触っているんだ?」


「仲間はずれにされた気がしたので仕返しです。」


 シズクはたまに俺の頬を突いてくる。男の子としては少し嬉しいきもするがやはり恥ずかしが勝る。


さてユウリ様、今日は畑の様子を見に行かないんですか?」


 ――私はお邪魔なようなので停止しておきます。《停止インアクティベート


 イノリの気配が俺の中から消える。


「そうだね。そろそろ見に行こうか、デュークとマヤも来ている頃だろうしね。」


 村から出て麦畑まで移動する間にある川の水が青く張って流れる近くに子供達の畑がある。畑は長径20メートル、短径10メートルの小さな畑が2面である。


 片方には森から採取した腐葉土を混ぜてある。腐葉土を混ぜた畑は順調に育っている。もう一方の畑では生育状況がまばらで枯れている物が見られる。この辺りの土は野菜が育ち難く王国からの支援を受けている。開拓村で優遇を受けているとはいえ、いつまでも支援を受けられるわけではない。

 

 畑に着くとデュークとマヤが籠を持って待っていた。


 二人は双子でユウリより二つ年下の十歳。二人共、日に焼けた肌に鳶色の髪に淡黄色の瞳をしている。


「毎日水遣りに来てたから分かっちゃいたけど森の土を混ぜた方の畑は育ちがいいな。でも何で森の土なんて混ぜようと思ったんだ?」


「この辺りの土地は水が有るのに野菜の育ちが悪いだろ?なのに森では木や草花はちゃんと育っている。だから森の土には合って村の土には無い何かがあるのかもと思ってね。」


「やっぱり次期領主様だからそういうのも勉強してるんだね!凄いなー」


 マヤはそう言ってくれるが、前世の浅い知識で野菜には腐葉土がいいらしいと知っていただけだし魔力など別の要素で生育が良くなっている可能性もあるで褒められると気恥ずかしさが出る。

 

「ユウリ兄、このラディッシュはもう収穫出来るんだろ?!早くやっちまおうぜ!そういえば、何でラディッシュにしたんだ?」


「それはね、先ずは検証用に早く育つ野菜が適しているからラディッシュにしたんだ。結果を母様に話して少量ずつ色んな品種を試して貰うのが今の目標だな。」


 三人はなるほど!と理解してくれたようだ。


「ユウリ君、私達はこっちの端から収穫していくね。デュークここから始めるよ。」


 二人は手慣れた様子で収穫をしていく。


「シズク、僕達はこちらから始めよう。」


「はい!ユウリ様」


 小さな畑は四人で30分程で収穫を終えた。


 今の時期の麦畑は一面が綺麗な緑で覆い尽くされており、鳥の鳴く声が春を感じさせる。


 麦畑の奥から何やら声が聞こえる。女性が何かを叫びながら焦っている様にこちらに走っている。その様子にこちらからも歩み寄り女性の声が意味を持つ。


「助けて!誰か夫を助けてください!」


 女性を呼び止め状況を聞くと息を切らしながら必死の形相で話す。


「はあはあ・・・ユウリ様、ミランダ様は何処ですか!?フォースベアが街道側の麦畑に現れたんです!夫が私を逃がすために残って・・誰か助けて・・・」


 フォースベアだって!?どうする。母様は不在、従士は東の砦に合同演習に出て数ヶ月は居ない・・どうする・・・どうする・・・


 焦る頭と早鳴る心臓を落ち着かせるため目を瞑り深く息を吸い吐く、覚悟は決まった。


 シズクは何かに気づいた様子で焦り始める。

 

「ユウリ様まさか・・・ダメです!危険過ぎます!」


「シズク、俺の剣を取って来てくれ。デュークとマヤは村に帰り自警団に門を閉めるよう通達を、俺は残った人を助けに行く!」 


俺は魔力を巡らせ全力で女性が来た道を走った。

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