第190話 真打ち登場
――SIDE:我道竜子――
天武祭武闘場選手控え室・龍の門。
予定されていた刻限が近付くと、私は自身の血が冷たくなっていくのを感じていた。
全国放送か……。
まさか、こんなに派手になるとは思わなかったぜ? 少しくらいは、外で司会をやっている狂流川の奴に、感謝してやっても良いのかもな?
……漸くだ。
漸く、アイツと戦える。
似合わねぇ小細工をした甲斐があったってもんだ。最初に狂流川から話を持ち掛けられた時は、マジで嫌だったんだけどよ。やってみて正解だったのかも知れねぇ。石瑠翔真って男は対人戦に興味が無ぇ。奴の天武祭の試合を見て、私はソレを確信した。無理矢理にでも決闘をこじ付けねぇと、アイツは決して戦わねぇ。
そこんとこ、天樹院とも似ているかもな?
だからアイツら仲が良いのか?
強い力を持っていながら、ソレを誇示しねぇ生き方をしやがる……私には無い価値観だな?
そんな事を考えていると――だ。
「リューコちゃん、リューコちゃん!」
「あぁ? 狂流川ぁ?」
外で司会をしていた狂流川が、突然私の控え室へとやって来た。
何だ? もしかしてトラブルか?
「翔真君がまだ来てないの……確認したら、アカデミーにも登校してないって――」
「はぁッ!?」
私は思わず立ち上がる。
「まさか……逃げたって事かよ?」
「……」
「おいおいおい……姉貴を狙えば、翔真は確実に動くって言ったのはテメェだろッ!?」
「確約した訳じゃないけど……兎に角、替えの選手を用意しといた方が良いと思うよ? 試合中止なんて今更出来ないし、取り敢えずは3年の宮本先輩に連絡を取って――」
「勝手に話を進めんなって!!」
狂流川の奴は大会進行を気にしているのかも知れねぇが――違うだろうッ!?
「私は!! 石瑠翔真と戦えるからって、テメェの言う通りに動いたんだぞッ!? それを今更、他の選手で代用だァッ!? しかも、宮本って言ったら、以前私が倒した相手じゃねぇか!? 何でそんな奴と……ッ!!」
「えー? だって、他に代用出来る選手がいないんだもん。割り切らなきゃ駄目じゃない?☆」
「テメェが居るだろうがッ!? 責任取って、テメェが試合に出ろよォッ!!」
「え〜? 司会進行が試合もするの? それはちょっと……おかしくなーい?☆」
「司会なんざ放っとけッ!」
「でもでも、やっぱり体調が悪いからパス!」
「――」
「私的には、宮本先輩が一番適役だと思うけどな〜? それか、今からでも翔真君を探す? あは! 絶対、間に合わなさそう〜!☆」
――な、何だってコイツはこんなにも脳天気なんだ? 話してて、気が狂いそうになる……!
「……ほ、本当に翔真は来ねぇのか……? 姉貴の事を見捨てる羽目になるんだぞ……?」
「それは――分からないけど……」
「分からないって何だよ!? テメェ、無責任な仕事をしやがってェェ――ッ!!」
「……」
狂流川の奴は押し黙っちまう。反省してんのかも分かんねー! 今言える事は、私と翔真の決闘が流れ掛けているという、その一点だッ!!
「が、我道副会長!! 石舞台に選手が――!」
「何ぃ!?」
翔真の奴か!?
あの野郎、冷や冷やさせやがって……!
またお預け喰らうのかと思ったじゃねぇか!
私は報告に来た生徒を退かしながら、石舞台へと駆けて行く。もう我慢の限界なんだ。これ以上ガッカリさせられんのは御免だぜ……!!
「――」
舞台へと入場すると、会場からは割れんばかりの声援が響いた。おーおー、凄え凄え。集客の方は大成功だな?
でもって、肝心要の翔真なんだが――
「………………何で此処に居やがんだ?」
「……我道」
――石瑠藍那。
石舞台に立っていたのは、私がクラス対抗戦でボコボコにした雑魚だった。あれからどうなったのかも気にした事は無かったが――どうやら無事、復活出来たみてぇだな?
しかし、分からねぇ。
何だってコイツは此処にいる?
「勝負だ。我道……ッ!」
「……は?」
「翔真を……我が弟を、貴様の様な鬼畜と戦わせてなるものかッ!! 私が、代わりに――」
「……体の方はヤリたくねぇって、悲鳴を上げてるみてぇだけど?」
「――」
「手も足も震えている……無理すんなよ。つか興醒めだから、さっさと退場して――」
「だ、黙れッ!!」
「!」
石瑠藍那は刀を抜いた。『オオー!』と湧き上がる観客席。盛り上がればそれで良いのかよッ!? ったく、本当愚鈍な連中だぜ!!
外野に勘違いされるのは、面白くねぇ。
さっさとコイツを退かして――
『おーっと! 飛び入り参加は2-Bの石瑠藍那ちゃんです! 本来の試合相手は弟の翔真君でしたが、此処でまさかの対戦相手変更か――!?』
「何ィッ!?」
狂流川の奴……何時の間に!? 司会席に戻って、勝手な事を言ってやがる!! 完全に翔真との対戦を諦めやがったな!? アイツ――!!
ふざけた事ばかりしやがって……ッ!!
「……今なら冗談で済ませてやる。此処は、テメェ何かがしゃしゃり出て良い舞台じゃねぇんだ!! 身の程を弁えろッ!!」
「――ッ」
へっ! ちょっと脅せば石瑠藍那は出て行くだろうぜ!? 奴には一生分のトラウマを抱かせてやったんだ! 恐怖ってのは、一朝一夕で乗り切れる程、簡単な物じゃねぇ!!
だって言うのに、コイツは――
「何が……だ……!」
「あん?」
「何が身の程だ……! 弁えるのは、貴様の方だろう、我道竜子ォォ――ッ!!」
「――」
石瑠藍那は、吠えた。
私に向かって、精一杯勇気を振り絞り。
啖呵を切りやがる……!
「1年を相手に、何故2年が出しゃばっているんだ! そもそものこの対戦がおかしいだろう!? これ以上、我が弟を攻撃するというのなら、この私が全霊を懸けて貴様を叩き切るッ!!」
「……ッ! ――なら、私に殺されても良いってのかよォッ!? あぁッ!?」
「……」
「テメェは私に三度歯向かった! 今度は息の根を止めてやるッ!! ……とんだスプラッターになっちまうが、もう知るもんか! 翔真も来ねぇ、狂流川も勝手言いやがる!! 私の我慢も限界だッ!! 今の私に手向かいやがったら、雑魚のテメェでも容赦しねぇ! 全殺しに――」
「――してみろッ!!」
「……はぁ?」
「殺してみろと――そう、言っているんだ!」
「……」
……な、何だコイツ? 何だ、この迫力は。自分が殺されねぇと確信している……?
――いいや、違う。
コイツはそんなタマじゃねぇ。
コイツは――
「――元より死は覚悟している。遺言状も書いてきた。次期当主である翔真を育てる為に、私は今まで生きてきたのだ。その覚悟、侮るな」
懐に入れていた封筒を翳し、藍那の奴は啖呵を切る。遺言とか……おいおい、マジで書いてきてんのかよ? その事実に思わず引いちまう。
「問答は終わりか? もう一度言うぞ? 私は翔真の為なら命を捨てられる。礎となる為に此処へと来たのだ!! 捨て身の私を侮るなァッ!!」
「――ッ」
やべぇ、しくったかコレ……!?
藍那の奴、益々やる気を出しやがった!?
その勇気は買うが――テメェじゃねぇ!!
今はテメェとは戦いたくねぇんだよッ!?
まだ、3年の宮本の方がマシだって!?
空気を読んで消えてくれェェ――!!
頼む……ッ!!
願いつつ、思わず目を瞑る私。次開いた時に現実が変わっている事を信じて――開眼する。
「あ、あああぁ……」
「フン! フン!」
……コイツ、素振りをしてやがる……?
駄目だ! 私の願いは通じてねぇ……!
何て空気の読めねぇ奴……!?
『藍那選手! やる気満々だァァ――!!』
――五月蝿え、狂流川ァッ!!
――後で絶ってぇ、ブン殴る……!!
此処まで待っても、翔真の奴は来ねぇのか?
照り返す太陽が、額に汗を流させる。
散々、我慢して我慢して我慢して――
雑魚の石瑠藍那と決闘?
舞台もこんなに整えたのに?
は、ははは、なぁ〜〜んだよ、それ……。
私、バッカじゃん……。
立ち尽くしても、時間は経過する。会場から訝しんだ空気が流れた頃、私は死んだ魚の様な目で、石瑠藍那と相対した。
……頃合い、か……。
「……分かった。じゃあ……やるよ……」
「!」
『試合成立ゥ――!! この時点で、現地に現れなかった石瑠翔真君は棄権となります!!』
「……くっ」
『石瑠藍那対、我道竜子!! 急遽組まれたこの戦い! 果たして、勝利の女神は何方に微笑むのでしょうか? Me'yも気になっちゃいます!☆』
狂流川の奴……テキトーな司会をしやがって。――まぁいいや。もう、終わらせよう。軽く一発ブン殴って、それで終わりだ。何つー茶番だよ……まさか、最後の最後に石瑠藍那にひっくり返されるとは思わなかったぜ……?
窮鼠猫を噛む、か……。
はは、笑えねー。
『それでは――試合、開始!!』
銅鑼の音と同時に、私は石瑠藍那へと接近した。力の差は歴然。すぐ目の前に寄ってやったというのに、奴は私の姿を視認すら出来ないでいた。……興醒めかも知れねぇが、もういいや。一瞬で終わらしてやろう。
顔面を殴り付けようとした瞬間――私は藍那の顔に当たる寸前、拳に急制動を掛けていた。
「――なっ!?」
スリーテンポ程遅れて、藍那がその場から飛び退る。――が、アイツの事なんて、もうどうでも良い。何故ならば、此処に来る筈の無い人間が、目の前に姿を現したからだ。
「天樹院――」
「や、お疲れ様」
――どうして此処に? 思わず、期待と不安が綯い交ぜになっちまう。
「試合、まだ間に合うかな?」
『え!? あ、はい……』
「飛び入り参加をしたいという人が居てね。此処まで連れて来たって訳さ」
『と、飛び入り……?』
な、何だよそれ――!
「お前が戦ってくれるんじゃねぇのかよ!?」
「……期待して貰って悪いんだけど、僕はそこまで出しゃばりじゃないよ。でも、今回の相手なら、君も納得出来るんじゃないかな?」
「納得……?」
言って、天樹院は懐から一枚の手紙を取り出した。手紙は、狂流川に手渡される。
『こ、これって――』
「代理出場の書類だよ。翔真君は今日は都合で出れないらしい。代わりに、彼が推薦した選手を連れて来た――」
『!!』
「選手だと!? ソイツは一体――」
疑問を口にする前に、ソイツは虎の門からやって来た。デニムパンツに白いフードを目深に被り、ビクビクとした体で、石舞台へと歩いて来る。身長は……結構高けぇな? 見た感じ学生じゃねぇだろう。――プロの探索者か? 翔真の野郎に、そんな知り合いが居たとはな……?
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