第158話 同一存在


 紅羽と別れた後、なんやかんやあって、僕は石瑠翔真の肉体に戻っていた。今は手術台の上で仰向けに寝させられている。衣服はない。完全に全裸な格好だ。



「……」



 いや……分かる。


 端折り過ぎだって言うのは、僕も重々承知している。けれど、僕自身も記憶が曖昧で上手く説明が出来ないんだ。


 紅羽に自分の名前を名乗ろうとして――出来なかった。僕本来の名前が思い出せなかったのだ。……こんな事ってあるか? 分かっているのはレガシオン・センスの事ばかり。それ以外の記憶は殆どが飛んでしまっている。


 まるで僕には必要ないとでも言わんばかりの欠落だ。今まで気付かなかったのが、不思議なぐらい。明らかな異常を認知した時、僕の頭は締め付けられる様に痛み出した。


 ――オモイダスナ――


 脳裏に過ぎった、警告の様なその言葉。


 言ったのは誰だ……?


 何故、思い出してはいけないんだ?


 頭の中がぐちゃぐちゃになった僕は、痛みを紛らわすかの様に探索区を駆け出した。ヘトヘトになって辿り着いた場所は――魔道研。


 道明寺草子が居る、この場所だった。


 チラリと、足元に視線をやる。


 其処には、手術台の上に突っ伏した形で眠っている道明寺草子の姿があった。


 彼女が、僕を"石瑠翔真"に戻してくれたのだろうか? だとしたら、どうやって……?



「おぉーい? 先輩? 道明寺先輩?」


「ん、んん……」



 気持ち良く寝ている所を悪いが、こっちは衣服を没収されてるんだ。そろそろ起きて貰わにゃ困る。僕は寝ている道明寺の肩を揺すった。



「ん……小さく……なってる……?」


「……」



 寝ぼけ眼のまま目覚めた道明寺は、僕の股間を注視しながら、そう呟く。



「……先輩、服。僕の服は何処だよ?」


魔晶端末ポータルの中。自分で……探して……」



 言って、白衣のポケットから僕の魔晶端末ポータルを手渡してくる道明寺。股間を隠しながら次元収納から学生服を取り出す僕。取り敢えずはコイツに着替えて急場を凌ぐ事にしよう。下着とかはもう良いや。地肌にスラックスは冷や冷やしたが……気にしない。



「あー……」


「何でそんな残念そうなんだよ……?」


「男の人の見たの……初めてだったから……」


「興味津々すんなっ!? こっちは見られてダメージ負ってるんだよぉぉぉ!?」


「?」



 キョトンとした顔で、首を傾げる道明寺。


 ……いいや、もうその件は置いておこう。


 昨日の事を説明して貰わないと。


 そうして、僕は彼女を問い詰めた。


 道明寺の言葉はテンポが遅く、説明には時間が掛かったので、此処では要約させて貰う。


 魔道研の店内に息も絶え絶えな様子でやって来た僕は、すぐに気絶してしまったらしい。魘される僕を見た道明寺は原因を探るべく手術台へと移動をさせた。スキル【スキャン】を使って僕の身体を隅々まで調べ上げる道明寺。分かったのは、倒れた男と石瑠翔真の魔素量が一致しているという事だった。不審に思った彼女は、男から髪の毛を採取し、遺伝子パターンを解析。その途中で僕の身体は突然輝き出して、翔真の肉体へと戻っていたらしい。



「何が何だか……分からない」



 結局は、そういう結果に落ち着いたらしい。



「寝ている間に……貴方の遺伝子も調べて見た。大人の方と見比べて分かった事は……貴方達は、同一であるということ……」


「……はい?」


「シミュレーションでは、石瑠翔真の成長した姿がアレになる。でも、そんな事は有り得ない。顔から骨格まで……貴方達は違っている」


「……」


「心当たり、無い?」



 ……そんな事を言われましても。


 あるとしたら、僕が現実世界の住人だという事だろうか? 意識だけがゲームの世界へと行ってしまったのだ。状況が状況なだけに、この事を知っているのは天樹院くらいだ。


 ……道明寺草子。原作・レガシオンでも天才変人キャラとして扱われていた彼女なら、僕の話も理解してくれるんじゃないかな……?


 試してみるか……?


 仮に頭のおかしい奴だと思われても、日常的に接点が薄い道明寺ならば構わないだろう。



「実は――」



 そうして僕は、今まで内緒にしてきた自身の秘密を道明寺へと打ち明けた。元は27歳の引き篭もりだった事。VRMMO『レガシオン・センス』そのゲームに登場する"石瑠翔真"に成り代わってしまった事を彼女に話した。


 僕の説明を聞いた道明寺は、茶化すでもなく、顎に手を遣りながら無言のままに長考してしまう。残された僕は居心地の悪さを感じながら、彼女の次なる言葉を待つ。



「――並行世界」


「え?」


「そうとしか、思えない。石瑠翔真と貴方は並行世界の同一存在。だから、遺伝子パターンも一緒だった。初めは同じ肉体を共有しているから、遺伝子が合致しているのかと思ったけれど……それは違う。異なる世界の記憶。ゲーム知識がその証拠。異世界の研究はアカデミー内でも盛んに行われている……その際たるものがABYSSであり、未だ解明されていないABYSS転移のメカニズムと併せて、君自身がこの世界に転移して来たと見た方が早いと思う……」


「僕がこの世界に転移? どうやって!?」


「方法の推測は無意味。君自身の記憶が曖昧な以上、前提はいくらでも引っ繰り返る。確かな事は、君が持ち得た知識は本物であり、実際にそれらを使って、君がこの世界で活躍をして来たということ……」


「……我思う故に我有り、か――」


「そっちの世界にも……デカルトはいる?」


「あぁ。元々レガシオン自体が現代舞台のゲームだったからね? 世界観的には僕の居た所も此処と大差が無いよ」


「大差が無い?」


「ん? あぁ……」


「なら――ABYSSは?」


「へ? いやいや、流石にソレはコッチには無かったよ。ABYSSはゲームの中に出て来るダンジョン。それ以上でも、それ以下でもないね?」


「……」


「それより、同一存在って言うのは一体何なんだ? 同一人物とは違うのかい?」



 僕は、浮かんだ疑問を道明寺へと問い質す。



「並行世界という……概念は分かる?」


「この世界と、僕の世界がその関係性にあるって事だけは何となく分かるよ。要は近くて遠い世界みたいな? ……これで合ってるのかな?」


「近くて遠い世界……うん、詩的で良いと思う。並行世界というのは、元になった世界から分岐して生まれた"可能性の世界"なの。数多の可能性を選び経て、私達はこの世界に存在している……同一存在というのは、その"元"を言う」


「……元?」


「分岐した世界は元々は一本に繋がっている。それぞれが細分化した世界の中にありながら、起源を同じくするものを"同一存在"と呼称する……ある意味、同一人物と似ているかも知れない。近くて遠い。それが貴方達の関係性」


「……」


「……同一存在は、一つの世界に同時に存在する事は出来ない。矛盾はパラドックスを引き起こし、世界を崩壊させると言われている。世界の修正力か……貴方達が一つの姿になっているのも、そう言った理由からかも知れない……」



 ……成程?


 大分頭がこんがらがって来たな……?



「……僕の身体についてなんだけど、昨日一瞬、元に戻ったのは一体――?」


「それなら、分かった」


「……分かった?」


「……貴方は前日に羽目を外し過ぎた。意識が無くなるまで飲んだ事により、本体である彼の"意識"が弱まったのだと思う。だから代わりに、貴方自身が浮上してきた」


「……えっと――」



 つまり、一昨日の豪遊が原因ってこと?


 飲み過ぎると、大人になる?

 何だか、ギリギリな設定じゃない?



「纏めると――この現象は貴方の言う『転生』ではない。正しくは『憑依』貴方は石瑠翔真という人間の中に同居してしまった、並行世界の同一存在という事になる」

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