第25話


         ※


「おや? レベッカくんじゃないか! どうしたんだね、お仲間に背負われて登場するなんて!」

「ああ技師長、コイツを頼みます」


 三人がテレポートさせられた先にいたのは、怪しげな機械技師だった。

 ああ、魔術とか魔力とかいう言葉を毛嫌いする輩だな。ゴンはそう直感した。

 かといって、レベッカが長年世話になっているというのなら、礼儀を尽くさなければあるまい。

 ゴンはレベッカが落ちないように後ろ手で支えながら、前の手をケレンに伸ばし、ぐいっとお辞儀をさせた。


「まあまあ、世間話は後でもできる。今はレベッカくんの眼球を診てやらんとな」


 軽く手招きされて、レベッカを担いだゴンとケレンは技師のラボに歩み入った。

 ゴンはしばし、この技師の様子を観察することにする。


 腰の曲がった小柄な体躯。それ相応な老け方をしているらしく、顔はしわくちゃだ。

 だが、何かがある。一般人からは察せられない何か。そんなものが、オーラとなって技師の背後に貼りついているかのようだ。


 技師の研究室は、はっきり言って薄汚かった。これは非衛生的だという意味ではない。機材があちこちに、無秩序に配置され、整理されていないという意味での汚さだ。


「さて、ここから先は手術室だ。部外者は立ち入り禁止。構わんね?」

「ええ」

「はっ、はいっ」


 ただし、例外はある。

 そう言って、技師はゴンに手招きをした。正確には、彼が背負っているレベッカに。


「では、レベッカ君を手術台に仰向けに寝かせてくれ。そうだ、ありがとう」


 さっさと手術室から遠ざかるゴン。


「ねえゴン、ゴンはあの技師さんに会ったことは?」

「ねえな。ちっとばかし危険なオーラを感じるが……。まあ、いざとなったら俺がレベッカとお前を助けてやるからな、ケレン」

「あ、ありがと」


 随分クサい台詞を吐いちまったな。

 そう思って、ゴンが廊下を行ったり来たりしていると、唐突に手術室のドアが開かれた。


「あっ、レベッカ!」

「おおっと、今はまだ触れては駄目だ」

「すっ、すみませんっ!」


 嬉々として入室したケレンが、肩を落として退室する。


「いやあ、今回の手術は上手くいったようだ。レベッカくんの眼が覚めたら、彼女にもそう伝えてくれ」

「ありがとうございます、ドクター」

「なあに、私はただの工学技士だ。手術師の認可表は持っているがね」


 それって何気に凄い快挙なのではないか。ケレンがそう思ったのも束の間、聞き慣れた声が彼の耳に入ってきた。


「おや、珍しい客人があったものだな」


 技師はインターフォンに向き合いながら、笑顔を浮かべている。

 彼がインターフォンのパスワード入力盤に数文字打ちこむと、来訪者の姿が廊下の端から現れた。


「ご無沙汰しております、デインハルト博士」

「博士は止めてくれ。今回は、私が滞在認証を与えた人物がこちらに迷惑になったとのことでね。つまらんものだが」

「おお、菓子折りですか。ありがとうございます」

「いやいや。それより、これは極めて個人的な贈り物があるんだが」

「はい?」


 博士が取った行動は、あまりにも自然だった。それ故誰もがそれを、異常事態だと気づかなかった。


「か、は……」

「あれ? どうしたんだい、父さ――」


 と言いかけたケレンの頭上から、真っ赤な液体が降り注ぐ。それこそ、バケツで引っくり返したかのように。


 結局、父親が技師の首にナイフを突き刺した、という事態を認識するのに、ケレンは十秒近い時間を有した。


 もちろん、レベッカとゴンにはそんな時間は不要だ。この部屋の狭さを利用して、レベッカは痙攣する技師のそばをすり抜け、博士の頭部に手刀を叩き込んだ。

 ゴンはゴンで、ナイフが刺された部分に触れないように、そっと技師を横たえる。だが、出血が止まる気配は皆無。

 博士は、口をぱくぱくさせる技師に向かい、歪んだ笑みを浮かべた。


 ゴンはそっと技師の首筋に手を当てたが、既に事切れていた。


「ゴン、そっちは?」

「駄目だ、助かりそうにねえ」

「そう」


 この短い会話の後、レベッカはデコピンを博士に見舞った。僅かな鮮血が宙を舞う。


「洗いざらい話せ。どうしてあんたがここにいる? どうして彼を殺した? ん?」

「やめとけ、レベッカ。今のコイツには幻想しか見えていない」

「いや、やめない」


 レベッカはゴンを振り払った。技師の代わりに、今度は自分が博士をぶち殺してやろうとすら思った。


「よく聞けド畜生。今の世界では、人類は食人獣を止めるために一丸とならなければならない。それなのに分裂を煽るとは……。てめえみてえな不遜な輩は迷惑なだけだ。今殺してやる」


 博士の首を握り締め、一気に持ち上げる。女性とは思えない力だ。


「やめろ、レベッカ! コイツにはまだ用事がある!」

「用事? 一体何だってんだよ?」

「こいつは生かしておいて、いろんなことを尋ねる! せめて落とせ!」


 するとレベッカは、腕に一瞬だけ大きな力を加えた。すると柔道技と同じ要領で、博士は気を失った。


「よし。こいつは俺が担いで行こう。レベッカ、ケレン、さっさと移動するぞ。警備組織に気づかれると面倒だ」

「りょーかい」

「……」

「おい、ケレン、聞こえたのか?」


 苛立ちを込めてゴンが確認する。しかしケレンは、そんなことに頓着しなかった。

 技師の出血による血だまりが、自分のブーツに染みこんできてさえも。

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