第17話
※
ジンヤのテレポート魔術で、レベッカ、ゴン、ケレンの三人は真上に吹っ飛ばされた。正確には、地上に描かれていた魔法陣の上に召喚された。
この期に及んで、ケレンは初めてこの街の様子を目にすることになった。
まず目に飛び込んできたのは、金属ブロックで構成されたビルディング。上を見上げても見上げきることのできないほど、高層に及ぶ建造物だ。
それが群れを為すように、同型のものが集合体を造り、また少し違う構造のものが別の群れを造り……。
これだけでも、ローデヴィスの街並みは彼の目を奪うのに十分衝撃的だった。
「皆様、どうぞこちらへ」
「おい、行くぞ」
ジンヤに促されたレベッカが、ぐいっとケレンの腕を引く。
彼らが行く先には、透明な半球体があった。高さは二メートルほどだろうか。これはどんな目的で使うのだろう。
レベッカは躊躇いなく、その半球体に足を踏み入れた。そのままするり、と吸い込まれていく。ケレンは衝突を恐れて目を閉じ、両手を前に突き出したが、何の苦もなく入り込むことができた。
「このシェルターは、我々魔導士と科学者たちが共同開発したものです。仕組みをお話したいところですが、今は上をご覧いただきましょうか」
気づけば、最初のフロアで聞こえていた警報が地上でも流されていた。様々な色形の衣服を纏った民間人が、また極彩色のシェルターに次々と駆け込んでいく。
「来ましたぞ……。セド、準備は? ふむ、了解した」
テレパシーでセドと連絡を取ったのだろう、ジンヤは振り向いた。
「今日の担当はセドです。ああ、今そこに来ましたね。ご覧ください」
目を凝らすと、見覚えのある人物が大股で歩いてくるところだった。
その人物は途中で足を止め、そばに建っていたあるビルディングのメインエントランスに右手を差し出した。ぴたり、と壁面に押しつける。
「うむ、来ましたな。お三方、あれを」
ジンヤの言葉に、皆が視線を上げる。すると狭いビルの隙間を縫って、鳥型の食人獣が現れた。
一羽、二羽、三羽……いいや、こんな方法では数えきれない。
これに対し、セドは身じろぎ一つしない。民間人がシェルターに逃げ込んでしまった今、食人獣の獲物はセドのみ。これではあっという間に、ばらばらに食い尽くされてしまう。
しかし、セドもジンヤも落ち着いたものだった。
「うむ。やりたまえ」
ジンヤがそう言うが早いか、ぶわっ、と軽い風がシェルター群を包み込む。
セドは何をやっているんだ?
そうケレンが思い始めた直後、セドの手元から凄まじい光量の魔力が迸った。セドの手先から建物の先端部へと上っていく。
それはまさに、地上と空を逆行する雷のようだった。
瞬きするうちに、雷は建物の先端部に到達する。間髪入れずに分裂し、隣のビルへ、また隣のビルへと雷を運んでいく。
気づいた時には、この街のほとんどが雷を被ったような状態になっていた。言ってみれば、超巨大な傘に覆われたような形。生じている電流や、その隙間を埋めるような魔術のシールドに触れて、食人獣たちが次々に降ってくる。
「絶命しております。もう恐れることはありますまい」
ジンヤは気楽にそう言ったが、ゴンは複雑な気分だった。なまじ、レベッカやケレンの過去を知ってしまっているがゆえに。
「皆様お疲れでしょう。実は是非、あなた方にお会いいただきたい人物がいるのですが……。明日に致しましょうか?」
そのジンヤの声で、三人はふっと我に帰った。さらにうち二人、レベッカとゴンは、真っ直ぐにケレンを見つめている。
「ジンヤさん、それは僕の父親ですか? デインハルト・ウィーバーといいます」
「左様です。今日か明日あたり、あなた方がいらっしゃるだろうと、心待ちにしておられました」
「……!」
ケレンは開いた口が塞がらない状態になった。
驚くべきことでもあるまい。父親は、自分と母親の生活をよくするという目的で家を出ていったのだ。決して愛想を尽かされたわけではない。
だからこそ、自分で確かめたい。父親が今どんな状態なのか。健康なのか何かを患っているのか。そして、食人獣共を駆逐し得る兵器は存在するのだろうか。
「ふ、二人共いいよね? これから父さんに会いに行っても!」
「断る」
「えっ? レベッカ、どうして!」
「冗談だ。今のあたしは、あんたの雇われ人だからな。見知らぬ街で誘拐でもされたら目も当てられねえ」
「よ、よかったあ……」
「甘ったれんなよ、坊主」
「わっ、分かってるよ!」
割り込んできたゴンの腹部に、ぽかぽかと拳を打ちこむケレン。
「そら、行くぞ」
肩を竦めるレベッカに続いて、二人も歩み出した。
※
ジンヤについて歩きながら、レベッカはざわめきを抑えきれずにいた。
自分たちを狙う気配がある。だが、どこからこの殺気が刺さっているのかが分からない。
何度かこの街を訪れたことのあるレベッカだが、こんな事態に巻き込まれたのは初めてだ。
ここで誰かの恨みを買うようなことをしただろうか? いや、そんなはずはない。
この街の治安の良さは折り紙付きだ。自分のような賞金稼ぎが立ち入りを許可されるには、随分と苦労した。
自分がピンポイントで狙われるいわれはないはずだが――。
確認のため、同じ境遇のゴンに視線を飛ばす。彼もアイコンタクトを返してきた。
俺もそう思う、というのが返答の中身。
自分たちがそばにいては、余計にケレンを危険に晒すのではないか。
そんなことを気にするとは、もしかしたら、自分は単なる賞金稼ぎである以上にケレンに肩入れしているのではないか。
雇い主とはいえ、他人である誰かに過度な関心を寄せるのは危険だ。いざという時、自身の反応が遅れてしまう。そしてその瞬間は、雇い主にとっては致命的な一瞬かもしれないのだ。
こうなっては仕方がない。
「ジンヤさん、あたしとゴンは少し街を見て回るよ」
「おや、てっきりケレン様に同行なさるものと思っておりましたが」
「いや、俺たちはいいよ。親子の再会に水を差す趣味はねえんでな。行こうぜ、レベッカ」
「そうだな。飲み屋に寄っていいか? 店の親父に挨拶がしたい」
「了解だ。そんじゃな、ケレン。達者に暮らせよ!」
「なっ! ま、待ってよ二人共!」
ケレンは健気にも、去り行く二人の背中に追いすがった。
が、ゴンの後ろ腕がケレンのシャツの襟をひょいっと掴み、引き剥がしてしまう。
「あ、あのっ! ジンヤさん!」
「お二人を引き留めなさる権利はございませんよ、ケレン様。わたくしの任務は、あなた様と博士をお引き会わせすること。今はこちらへ」
「で、でも……」
ジンヤの言葉は、ケレンの心細さを相殺すのに十分すぎるほど重かった。
なんだか、魔術だなんだということ以外に、気迫のようなものを感じる。
それは、今までに目の前で亡くしてきた人々にまつわる私怨なのか。
自らを危険に晒してきたが故の強い後悔なのか。
あるいは――、彼も大切な人を食人獣に食い殺されたのか。
僕と一緒じゃないか。
ケレンははっとして顔を上げた。そこには、こちらに差し出された掌がある。
皺が寄っているものの、血色のいい腕だ。
その温もりは、今のケレンにはこれ以上ない救いの手に見えた。
「……ジンヤさん、僕を父さんのところへ連れて行ってください」
「ご覚悟なされたのですね?」
ここまで来て逃げられるか。僕は村の皆や、多くの人々を食人獣の脅威から守るためにやって来たんだ。レベッカやゴンと仲良くするためじゃない。
そこまで胸中で言葉を紡ぎ、ケレンはジンヤの手を握り締めた。
「では、テレポートの魔術を使います。途中で手を離さないようご注意ください」
頷いてみせた瞬間、ケレンの姿はそこから消え去り、デインハルト・ウィーバーの地下研究室へと飛ばされていった。
※
「あいよ、レベッカちゃん! ゴンの旦那も遠慮なく飲みな!」
「サンキュ、親父さん」
酒を受け取りながら、レベッカはさっと後ろを見遣った。すると、ちょうどケレンがジンヤと共に、その場から消え去るのが見えた。
「ケレンのやつ、なんにも疑わずについて行っちまった」
「助けるんだろ、レベッカ?」
「ああ」
「俺もそのつもりだぜ」
四本の腕を駆使して、がぶがぶ酒を煽るゴン。本来なら戦闘に差し支えるからと、レベッカが注意するところだ。
だが、今はそういう時機ではない。酔った方が、威勢よく戦うことができるということもあるのだ。
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