第12話
※
「おい、起きろ! 起きろよゴン!」
げしげしと蹴りを連発され、ゴンはようやく目を覚ました。地味にツボに入っている。
「おぅ……。どした、レベッカ? そんなおっかねえ顔して」
「それはこっちの台詞だ、ゴン! ケレンの護衛、今日はお前の担当だろうが! いつまで寝てんだよ!」
ついでとばかりに、レベッカは勢いよくゴンの下顎を蹴り上げた。
「ってぇ!」
「どうだ? 少しは意識がはっきりしたか、デカブツ!」
再度足を引いて、次の爪先蹴りの準備をするレベッカ。
ゴンは恐れる様子もなく、ゆっくり上体を起こしてぽりぽりと頭を掻いた。
あとは勝手に起きるだろう。
そう判断したレベッカは、ゴンのそば、ケレンが寝かされていたベッドに腰を下ろした。当のケレンは、突然やってきてゴンを蹴り出したレベッカを気にせず、何やら険しい顔をしている。
「で? ゴンさんよ、お前はちゃんと話したのか? ケレンが発揮し始めた魔術や、それを上手く使いこなせるような魔力の摂取方法を?」
「はあーーーあ……。うん、一通りはな」
大口で欠伸をするゴン。緊張感の欠片もないように見えるが、彼はそう易々と嘘をつく人間ではない。
レベッカは肘を膝に載せ、その膝の間に両手をぶらん、と提げた。じっとりとした、怒りとも呆れとも取れない表情をしている。
「ま、いずれにせよ、ケレンはいわば覚醒を果たしたわけだ。このまま大陸東部の港湾部をぐるりと回って、半島側に出ればローデヴィス経済特区はもうすぐだ。慎重に陸路を行こう。文句はねえよな、ゴン?」
「ん、ああ。大丈夫だろ」
すっとレベッカが視線を遣ると、ケレンも淡い光を両の掌の間で輝かせていた。寝起きのルーティンにでもするつもりらしい。
自分とゴンの遣り取りの中、集中力を切らさずにいられるとは。魔術の行使について、だいぶ慣れてきたということだろう。
レベッカは、予備の拳銃が腰に差してあることを確認した。既に散弾銃と薙刀の分解清掃は完了している。
万が一、ではあるが、手元に置ける武器が何もないというのは、食人獣狩りを請け負う賞金稼ぎとしては致命的だ。数年前、一度だけそんな状況に陥ったことがある。
その時以上の恐怖感を抱いたことはない。まあ、ゴンに救われて助かったのだが。
「さてケレン、朝食を摂りに行こう」
「分かった」
素直に頷くケレンの肩に手を載せ、レベッカはゴンに背を向ける。
「っておいおいおい、俺はどうするんだよ?」
「さあ、好きな時に食べに行ったらいいんじゃねえの? その頃までバイキングの料理が残っている、って保証はねえけどな」
「ああーっ、畜生!」
立ち上がったゴンは、ずかずかとドアを引き開けた。顔を洗いに行ったようだ。
レベッカとケレンは顔を見合わせ、同時に肩を竦めてみせた。
「ふっ、全く以ておもしれえやつだよ、ケレン」
「え? あ、ああ……」
「あたしとゴンのことを意識の外へ置いて、ずっと冷静にいられるんだものな。魔術にしろ戦いにしろ、駆け出しのくせにそんなに落ち着いていられるやつは少ない」
「そ、そうなの?」
まるでわざとおどけているかのように、目を真ん丸にするケレン。それを見て、レベッカは思わず緊張が緩んだ。
「久しぶりに笑いたくなった」
この時、既にレベッカの口元は緩み、真っ白な歯が覗いていた。
鉄面皮だった彼女の笑顔を見てしまったケレンは、慌てて顔を逸らす。
……こんな綺麗な人だったなんて、どうして僕は気づかなかったのだろう?
※
朝食を摂り終えた一行は、ローデヴィス経済特区を目指す行程の確認作業にあたった。その最中、ケレンはある疑問にぶつかる。
ゴンのような体躯の人間が使えるようなオートバイがあるのか?
が、それはまさしく杞憂だった。ゴンのオートバイは全高・全長・全幅と凄まじい大きさを誇っていた。自力でチューンアップした箇所もところどころに散見される。
まさしくゴン専用機をいうわけだ。
それでもケレンがレベッカのオートバイに乗せてもらっているのは、オートバイの性能差による。
レベッカの愛機、メリッサの方が、ゴンのオートバイによりもずっと小回りが利くからだ。
この先、どんな食人獣が待ち構えているか分からない。
だったら自分が足止めになる、と言い出したのがゴンだった。確かに、彼の愛機の方が頑丈ではある。レベッカもケレンも異存はなかった。
ぎらりと輝く太陽光に晒されながら、三人は安宿から出発しようとした。二台のオートバイがエンジン駆動の唸りを上げ始めた、まさにその時。
「待て! ちょっと待て、レベッカ・サリオン!」
あん? と喧嘩を売るような目つきで、レベッカは振り返る。そこには、ちょうど背後から追いかけてくる人影があった。レベッカが密かに雇っておいた情報屋だ。
レベッカはぎゅるり、とメリッサを反転させ、ゆるゆるとスピードを落とした。
「どうした?」
「このまま港湾部を回り込むのは危険だ! 別ルートを探してくれ!」
「港湾部を回り込まずに半島を目指すのか。理由は何だ?」
「あ、ああ、これから説明する!」
レベッカ、ケレン、ゴンの三人は、屋外に設けられた木製のデスクに向かった。
そこでは、地団太を踏みながら情報屋が手招きをしている。
そんなにマズい状況なのか。そう思うと、ケレンは自分の背筋を嫌な汗が伝っていくのが分かるような気がした。
「こ、コイツを見てくれ!」
バン、とデスク上に広げられた地図。ケレンは恐る恐る、デスクの上を見遣った。赤い×印が無数に描かれている。
「これは……?」
皆の顔を見遣るものの、誰もケレンに注意を払っていない。
もちろん、レベッカとゴンの二人は、拳銃を入れたホルスターに手を遣って臨戦態勢ではあるが。
ケレンはようやく、地図に描かれている印の意味を悟った。
×印のある個所は通行止めなのだ。
しかもこれは、賞金稼ぎにとっての話。一般人が踏み入ったら、危険であるどころか即死させられかねない。
しかも、×印はこれだけではなかった。
「こことここ、それにここだ。ああ、こっちの川岸も危ない」
「……」
無言で地図を見続けるレベッカとゴン。
これが最新の情報なのだと、ケレンは察した。
「こんなにこの周囲が食人獣共に占拠されているとはな……。海路はどうだ?」
「と、とんでもない!」
レベッカの問いに、情報屋は首をぶんぶん振って、両の掌を突き出した。
「海なんて、俺たち人間にとっちゃあ見えにくいし動きにくいしで――」
「誰が泳ぐなんて言ったんだよ。何らかの機械、そうだな、電動のボートとバッテリーがあればいい。手配できるか?」
「すまねえ、流石に昨日の今日じゃ無理だ。レベッカさん、あんたが急用で焦っているのは分かるが、いや、だからこそ理由は訊かねえが……。だが、ここで急いだところで何にもならんよ」
腕を振り回しながら、必死に熱弁を振るう情報屋。
だが、そこですっと立ち上がった人物がいる。ケレンだ。
「手段は問いません。できるだけ早く、ローデヴィス経済特区に行きたいんです」
すると、情報屋は初めてケレンの存在に気づいたかのように目を丸くした。
すぐにレベッカに視線を戻す。
「レベッカさん、彼は?」
「僕のことはどうでもいいんです。レベッカには僕が一方的にお世話になっているだけです。逆に、あなたが情報屋としてレベッカに協力しているなら、間接的に僕に協力していることになる。どうか、僕の熱意を汲んでください」
こんな子供に従えというのか?
情報屋は目線だけでレベッカに問うた。しかし、レベッカは一瞥もくれない。それどころか、ケレンに向かって、くいっと顎をしゃくってみせた。
「先日、僕の村は狼型の食人獣に襲われました。母親はそこで重傷を負い、絶命しました。村民の半分以上が死傷しています。でも、僕たち人類には、まだ戦い様があります。ローデヴィス経済特区……。そこに、生き別れた父親がいることを、僕は母親から聞きました。僕の父親は気分屋ですが、天才です。彼に母親が殺されたと伝えれば、きっと何らかの手を打ってくれる。食人獣を撃退できる。僕はそう信じています」
「む……」
情報屋は腕を組んで、小さく唸った。
これだけの事実を語ったケレンの迫力に押されたことが理由だ、と言うこともできる。だが、それでは情報屋は成り立たない。
そんな彼を衝き動かしたのは、情報屋の矜持とでもいうものだ。
何とかこの少年に協力してやりたい。
「レベッカさん、いや、ケレンくん。あと半日時間をくれ、なんとか用立ててみよう。レベッカさん、今回は高くつくぜ」
「覚悟の上だよ」
「んじゃ」
レベッカは、素早くこの場を離れていく情報屋に向かって、頼んだよ、と言葉を投げかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます