第5話 脳味噌フル回転


 サイファーくんは、頭脳明晰なようだ。

 午後いっぱい彼の質問攻めにあった。


 遅めのお昼で一時中断したが、彼はトーストとホットミルクにいたく感激した。

「焼きたてふわふわの白パンなんてひさしぶりだなあ!」

 「焼きたてってわけじゃないんだけどね……」

 目玉焼きとハム、野菜。イチゴジャムとマーガリン、ハチミツを垂らしたミルク、そのすべてに感銘を受けたようだ。

 「こんなうまい食事を毎日?」

 「ええまあ……」わたしはさくっと嘘をついた。実際には菓子パンかカップの春雨スープで済ませる。

 こんなライフスタイルを続けたら、ますます予算がかさむ。


 「いつでも温かくて柔らかいパンが食べられるとは」彼はトースターに注目していた。「それに羊なんかどこにもいないのにミルクが手に入るのか」

 わたしは脳味噌を使い過ぎて「羊じゃなくて牛」と改訂する気力もなかった。彼の理解度からして明日には分かっていることと思う。

 

 彼の世界を把握しようという意欲は、たびたびへんな方向に脱線する。

 「この世界は丸いって?」

 「そうだよ」

 わたしはPCで地球の写真を検索した。

 「ほら、この星の表面にわたしたちはいるの」

 彼は声もなく地球の画像を見た。画像検索に上がった写真を何枚も何枚も見続けた。

 「……星?ここが夜空の星と同じ?」

 「ええまあ……厳密にはお空の星は太陽なんだけどね」

 「どうやって滑り落ちずに済んでるんだ……」

 「重力だよ」

 「重力?そんなものどこにある?」

 「とにかく存在するんだってば……ほら」わたしはスマホを持ち上げて座布団に落とした。「ね?落ちたでしょ。ピョンピョン跳びはねるとなにかに引っ張られて地面に戻るよね?これが重力」

 「おお――!」

 彼はいたく感銘を受けたらしい。

「つまりこの世界は球体で、その球体の中心に向かって「重力」とやらが働いているのだな……龍神かなにか、おそろしいモノが巣くっているのか……俺たちはその呪いで繫ぎとめられている……!」

 「ええ、とその、そうね。そんな感じかな」

 そんな調子でわたしはグーグルアースを教えて、彼はしばらく没頭した。「この世界」の様相を手っ取り早く把握するにはいい方法だった。

 間もなくこの世界、「地球」に120あまりの国があり、70億人以上の人間がひしめき合っていると知った。

 「驚いた」彼は言った。「カワゴエは、こんな小さい。なのに50万人も住んでいるとは。」

 彼の故郷であるアルトカペラン城市はずいぶん立派だったと言うが、それでも台帳によると人口5万人に満たないという。

 


 翻訳にはあの巻物が手助けになった。

 ただの羊皮紙の切れ端に見えるが、日本語を読む手助けになるらしい。ほかにもいろいろ。

 紙片の隅に指を置くと、わたしをだまし討ちで契約に縛った黒幕の名前が浮かび上がった。

 「終焉の大天使協会」……マジかよ宗教団体?


 それにサイファーくんが手を置くと、彼のステータスが浮かび上がった……詳しくは分からないけれど、たぶんアレはそういう意味。健康を表す数値……つまりHPが青い円グラフで表されていた。ほとんど満タンだ。

 赤い円グラフはゼロに近い。



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