終章 ふたりの聖女

第62話 初動

 私はご神託の間にいた。いつものご神託を聞く時間だ。だけど、今日はある決意をもってここに来ていた。

 聖女として人前に立ち続けた私であっても、かつてないほど緊張をしている。静寂が包むこの空間で、気持ちの整理をした後に私はここを飛び出した。


「サフィール! おかしい、女神様の声が聞こえてこない!」


 扉を出てすぐのところにいた彼は目を見開いて見つめてきた。私の声が階段を反響して上っていく。暗くて薄気味悪い空間に吸い込まれていくようだった。


「ご神託が聞こえないというのですか?」


「うん、こんなの初めてだよ? ひょっとして私、聖女失格なっちゃった?」


 彼は腕を組んで虚空を見つめた後、急に私に顔を近付けてきた。


「まさかと思いますが……、『ノワラ様』ではありませんよね?」



 ――ぎくっ……。



「サフィールよ、いくら私だってそこまでの悪ふざけはしないっての? ノワちゃんにご神託まで身代わり頼めるかっての?」


 ご明察です、サフィール様。ノワラ・クロンでございますよ。


 ここに来るまでの道中、私は心の中で多分100回以上呟いた。


 『今の私はパーラ・シロッコ、私はパーラ・シロッコ、私はパーラ……』


 サフィール様は、私の胸元のネックレスに目をやった後に軽く首を捻っていた。私の首には白く輝く宝石がぶら下がっている。


「失礼致しました。聖女様の衣装をしてお化粧をしているともはやあなたとノワラ様は同一人物なのです」


 よしっ! 内心凄まじく動揺してたけど、乗り切ったわ! 世界の劇団から引っ張りだこよ、ノワラ・クロン!



「しかし、ご神託が聞けないとは……。なにか引っかかります。私は神官長に急ぎこの件を伝えて参ります」


「私はここで待ってたらいいわけ?」


「申し訳ありませんが私は急ぎますので、目隠ししてのパーラ様と一緒にはいけません。すぐに迎えをここに呼びますのでお待ちいただけますでしょうか?」


 彼はもう一言、「おひとり残して申し訳ございません」と付け加えて私に目隠しをした。


「こんなときくらい目隠しどうこう言わなくてもいいと思うけど、サフィールはやっぱり堅物過ぎんよね?」


「私どうこうではなくこれは規則なのです。心細いと思いますが、すぐにお部屋までの案内を呼びますからお待ちください」


 そう言い残して、彼の階段を駆け上がる音は遠ざかっていった。


 大丈夫です。連れ去られたときはこれとは比にならないくらい怖くて心細かったですからね?



「むん!」


 私は目隠しを軽く引きちぎり、足音を殺してご神託の間からの階段を上っていった。すると上から、聖女様の親衛隊? と思われる人が2人ほど降りてきた。


「パーラ様、勝手に上って来られては困ります。ここへ至る道はいかに聖女様でも知らせてはいけない規則なのです」


 2人の親衛隊さんは、それぞれ私を挟むように左右に分かれて各々で私の腕を掴もうとした。



 ――ごめんなさいっ!



 全力ではないけど、それなりに力を込めた私の裏拳が親衛隊さん2名の顔面に直撃する。さすがに聖女様に殴られるとは思っていなかったのか、まともに命中し、揃って階段を転げ落ちていった。


「本当にごめんなさい、だけど私もう躊躇わないって決めたんです」


 階段を少し上った後に、下の2人が追って来ないことを確認してから駆け上がる。一番上まで来ると、両開きの扉があった。そこを開くと光が差し込んできた。それと同時に聞き慣れた声も飛び込んでくる。


「ノワちゃん、こっちだよ!」


 待っていたのは、ロコちゃん。私に演じる才能があるなら、彼女には変装の才能があるのかもしれない。私が大神殿に入るときに着ている教団の修道女の服に身を包んで私を待ってくれていた。


「サフィールの行き先はばっちり確認したよ、着いてきて!」


 ロコちゃんの背を追って、大神殿の見知らぬ廊下を駆け抜ける。もう後戻りはできない。私たちはサフィール様の向かった先へと走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る