第37話 破格
「兄ちゃん、この女の腕へし折ってもいいのか?」
「こっ、こら……、ここで『兄ちゃん』って呼ぶんじゃない!?」
主催者さんの仕込みは弟さんなのね? わかりやすいというかなんというか……。
酒樽を間に挟み、正面には本当に人間かと疑うほどの「巨人」みたいな人が立っている。私の縦に2倍……、はさすがに言い過ぎかもしれないけど、1.5倍は本当にありそう。主催者さんの兄弟なのか確かめていないけど、顔は1ミリも似ていないわ。
「はいはい! 皆さん! いよいよ決勝戦ですよ! まさか女の子が勝ち進んでくるなんて予想外の展開ですね!」
周囲から歓声が上がる。私の応援をしてくれる声が多いのは嬉しい……、けど、たまに「ゴリラ」って聞こえてくる。
だから、「ゴリラ」ってなんなのよ?
まさか対戦相手のお名前が「ゴリラさん」じゃないわよね?
「勝たないと兄ちゃんからご褒美もらえないからな……。言っとくが」
「『手加減できない』、『怪我してもしらない』でしょ!」
「おっ…おう、それだ! 覚悟しろよ!」
対戦相手のゴリラさん(仮称)は、言いたいことを先に言われてなのか、煮え切らない顔をしていた。
「では、手を握って下さい! 余らせたらダメですよ!」
私はゴリラさんと向き合い、手を奥までしっかりと握った。過去2戦と違い、ここで彼はなにも言わなかった。手の大きさが違い過ぎて、私の小さな手は巨大な生き物に丸呑みされてるみたいだった。
「それでは……、レディ……ゴー!!」
私は一気に片を付けようと手に力を込めた。その時、彼の異変に気付いた。
なんか腕が――、光ってない?
◆◆◆
腕相撲大会の主催者と、決勝まで勝ち上がった大男は兄弟だった。主催の男は、弟の怪物じみた力を利用してうまく儲けようと企んでいた。適当にいくつかの街を回り、腕相撲大会を催して金を集めていた。
弟の力は見た目同様、人間離れしており、負ける姿は想像できなかった。
しかし、万が一同等の力を持つ人間が現れたときの「秘策」も念のため準備していた。
それは、「魔法」。
彼ら兄弟は、異国からやってきた人間だった。高額な裏取引によって、正式な手続きを経ずにこの国へと入り、ズルい商売で一儲けした後はすぐに出て行くつもりでいるのだ。
主催者の兄は、大した練度ではないが魔法の心得があった。腕相撲で、もしも弟が負けそうな相手に遭遇した際には、補助魔法によってわずかな時間、力を増強することにしていた。
そして、今……、「万が一」の事態を迎えてしまっていた。
彼は弟の右腕に魔法をかけた。この国が魔法を禁忌としていることを知っていたので、逆にそれを使っても誰も気付かないと思っていたのだ。
弟の右腕は淡い光をまとい、対戦者の少女の腕を押し込んでいく。
彼は、この国に入ってからお金で雇い入れた人間を使い、腕相撲大会の賭け事を並行していた。そして、弟の優勝に多額の投資――、いや、投機をしていたのだ。ゆえに弟を負けさせるわけにはいかなかった。
◆◆◆
ゴリラさんの腕が光ったと思ったら、それから明らかに力が増した。じりじりと……、だけど確実に私の右手の甲は「敗北」に近付いている。
周りの歓声が大きくなる。よく見たら、前に戦った四角いおじさんと丸いおじさんもそこに混ざって声援を送ってくれていた。自分を負かした相手に、どうせなら優勝してほしい、といったところなのかな?
ゴリラさんの表情はとても険しい。すでに頭の血管が数本切れていそうな凄まじい形相をしている。なんで腕が光ってるのかわからないけど、とにかくとっても力の強い男の人だと思った。
――そうなんです。私にはまだ、周りを気にする程度の余裕はあるんです。
だけど、さすがにあんまり油断すると危ない気がしてきたので……。
本気でいくわよ、ノワラ・クロン!
「むーんっ!!」
私は渾身の力を右手に込めた。全力でゴリラさんの手を押し返すと、それは一気に150度くらいまわって彼の腕を酒樽の天板にめり込ませた。
板が砕ける音がしたけど、ゴリラさんの手は無事かしら? ――だけど、散々、怪我はどうこう言われてたから、無事でなくても仕方ないかな?
次の瞬間、周りからすごい歓声が上がった。なんかよくわからないけど、デッカい男の人に囲まれて何度も宙に放り投げなれた。宙を舞いながら私は叫んでいた。
「やったーっ!! 優勝したわよー!!」
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