第7話:潜入と化けの皮
フィリパとその赤ん坊ジルリアの身の安全はシルアが引き受けてくれた。
すぐに移動魔法で王都へ飛ぶ。
蛇の道は蛇。
裏街の盛り場に行けば、秘密の仕事依頼がわかる。
デーティアは娼館バンダン近くの酒場に入った。
マントを裏返して真・っ・当・な・魔・女・のように黒い方を表にして。そして自分に幻惑の魔法をかけて初老の女に見せた。狡猾な魔女の顔だ。
この国では魔法学園で魔法学を修め、国から認可された魔法使いを「魔導士」と呼ぶ。魔導士は公の仕事を請け負い、国に保護されている。当然魔力は強く魔力量も強い。
国の魔法機関から保護をうける代わりに、悪事を働かないように監視されている。
デーティアやルチアのように魔力が強くても魔法学園を出ていなかったり、また魔力がそれほど強くなかったりする者は「魔女」や「魔術師」と呼ばれる。
デーティアは魔法学園へは行かなかった。
学園で初等魔術を学んだ時に魔力と魔力量を測定したのはシルアだ。
シルアはデーティアがハーフ・エルフであることを考慮して、測定結果を敢えて低く報告し、デーティアに聞いてきた。
「魔導士になる気はありますか?」
デーティアは人間の世界で生きることをよしとしなかったし、父親が残した金銭的にも難しかったので断った。
シルアはそんなデーティアに個人的に、そして秘密で、魔術や魔法や魔力の操り方を教えてくれた師匠でもある。
シルアやアンダリオのように隠居した魔導士は辺境の守りに就くか、魔法を封じられる。シルアとアンダリオは前者の方だ。
だからアンダリオが姿を消したことはすぐに露見したし、国が捜索をしているのでシルアの耳にもすぐ入ったのだ。
シルアは当然捜索を依頼され、公に探ることができた。
しかしわかったことはデーティア以外に知らせていない。
遺体がサドン男爵領にあった以上、これを公にすれば自分の身が危なくなりアンダリオの無念も晴らせなくなる。
今は国の中枢を、サドン男爵令嬢エルーリアと魔導士見習いハウランが蝕んでいる。
まだ国王は誑かされていないのは、国の魔導士の守りのお陰らしい。
そこで自分やアンダリオを遥かにしのぐ魔力の持ち主のデーティアを頼った。
バンダン近くの酒場では秘密の符牒が交わされ、裏の仕事依頼が活発だ。
「キャラウェイのソーダをおくれ。ヘンルーダの枝をつけてね」
これが魔女の仕事受け付けの符牒だ。
キャラウェイは「強い心」、ヘンルーダは「軽蔑」。矛盾した花を添えた裏の仕事募集の表明だ。
すぐにデーティアの元に、火酒とソーダ水のグラスが運ばれた。ソーダ水の色は赤く、ヘンルーダの枝が挿してある。ソーダ水の発泡は強く、ヘンルーダの小枝はゆらゆら動く。
案の定すぐに声をかけられた。
「あんた魔女だね。仕事を探しているんだろう?」
風体の悪い男だ。
「ああ、見ての通りさ。懐が寒くてね。何かいい仕事はないかい?バンダンの娼妓達の喜ぶものを調合できるよ。こう見えても魔法に自信がある」
「幻惑の魔法は使えるか?」
頬に大きな火傷の痕がある男が尋ねる。
「ああ、得意だよ。ほら」
指先を振って男の火傷後を隠す。
「こっちの兄さんはこれでどうだい?」
もう一人の男の顔に指をつきつけ、10代のハンサムな若者の像を被せる。
あっと言う間にデーティアは奥の部屋に連れ込まれた。
「頭!コイツはたいしたものですよ!」
力量は一目瞭然で、さっそくデーティアに依頼がきた。
「あんた、この魔法はどのくらいの期間保てる?」
「そうだね、値段次第だよ。これは1日だけど、はずんでくれるなら1回で1ヶ月ってところだ」
デーティアは破格の値段を提示され、目隠しをされ窓のない馬車で移動させられた。
「まったく、ばかが多いもんんだ」
デーティアは心の中で呟く。
視界が遮断されても才能ある魔女ならば壁の外が視えるのに。
しかも結界も視界遮蔽の魔法もかかっていない。
目隠しが取られると、目の前に占いの時に見た小娘がいた。
長椅子にだらしなく座ってこっちを見ている。
「ねえ、もう切れかけているのよ。かけなおして。ハウランはもう限界なんですって」
部屋の隅にボロ布の塊のような痩せた男が蹲っている。
「汚いけど仕方ないのよ。アイツに持たせておかないと壊れるんですって。近くに置かないと最初のが解けちゃうし」
男はハウランだろう。そして抱えているのが魔法吸球リタラーガ。
おやおや、身の丈に余るものを使うから廃人寸前だね。もうすぐ死ぬね。
デーティアは心の中で嗤った。
「かけるとはなんでございましょう?お嬢様」
デーティアはすっとぼけてみせた。
男爵令嬢エルーリアは苛立って上半身を起こした。
「わかってるんでしょう!?幻惑の魔法よ!早く!」
大声を上げた時に彼女の顔から床に何か小さなものが落ちたのをデーティアは見逃さなかった。
「どのようにおかけしますか?今よりももっと美しく?」
「解けかけているのを直せばいいのよ!」
地団太を踏みかねない勢いだ。途中、声が軋んだ。
「おおせのままに」
デーティアは幻惑の魔法にかかった時間固定の魔法を補修しながら、アンダリオがかけた魔法の網を探った。
近くで見ると、術は劣化していて彼女の像が時々チラっと揺れる。
アンダリオは半年保てる魔法をかけたんだね。たいした男だ。
デーティアは感心した。
それでもこの性悪女の企みや本心は見抜けなかった。わかった時には遅かったのだろう。
王子や主要な貴族令息はこの女に誑かされ、侯爵令嬢は婚約を破棄されて城を追い出された。
だからアンダリオは保身をよしとせず、最後まで抗って殺されたのだろう。
「さあ、お嬢様。終わりました。30日が終わる前にまたかけなおす必要がありますからお忘れなく」
エルーリアは満足そうにためすがめす手鏡を見ている。
「いい腕じゃない?気に入ったわ。アンダリオは半年もつ魔法だったけど、やっぱり他の者では短いのね。でもあんたが一番長いわ」
無事にデーティアはエルーリアに雇用された。
ほどなく年配の女が部屋に入ってくる。アイリーンだ。
アイリーンにも同じ魔法がかかっており、デーティアは再び同じことを要求された。
おやおや、この女はあたしより10くらいしか変わらないじゃないか。
魔法の網の中を探ったデーティアは驚いた。
先ほどエルーリアを探った時に見当をつけた彼女の年齢は40中盤。
とんだ妖艶な天使だ。
「あんたの部屋はここ。そこの汚いのを死なないように見張っていて」
アイリーンは言った。
「さ、エルーリア。もうすぐ王子がお忍びでくるよ。ドレスを替えて化粧を直してお出迎えしなきゃ」
2人は部屋を出る。
気配を探るとエルーリアの部屋は東隣、アイリーンの部屋は西隣。
普段からリタラーガの傍にいなくてはならないらしい。
「ふぅん」
退室したエルーリアを見送って、デーティアは声を漏らした。
やっぱり幻惑の魔法がかかっているじゃないか。それとずいぶん厚い化粧をしているようだ。それを幻惑の魔法で素顔のように見せているわけだ。
デーティアはそれまでエルーリアが座っていた長椅子の傍に寄る。
しゃがんで目を凝らすと、思っていたものがあった。
白粉と色粉だ。
デーティアはほくそ笑んだ。
すごいね。
厚塗りどころかもう仮面じゃないか。
衆目の下で魔法の網を取り払って、化粧を落とす油をぶっかけてやろう。
悪い子にはお仕置きしなきゃね。
可愛いジルリアのためにもね。
そう考えてはっとした。
育てていた1ヶ月足らずのうちに随分情が移っていたことに気づいて苦笑する。
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