赤の魔女は恋をしない

チャイムン

第1話:惚れ薬を作れない魔女

「惚れ薬はお断り」

 真っ赤なフード付きマントを着た魔女がピシャリと言う。

「そんなぁ」

 惚れ薬を依頼した少女は涙目になっている。

「デーティアさん、占いもすごく当たるし、お薬やお呪まじないも、ものすごく効くって評判じゃないですか!なんで惚れ薬はダメなんですか?」

「あたしは惚れ薬と恋の呪まじないはお断りの魔女なんだよ」


 今にも泣きだしそうな依頼人の少女を見て、デーティアは聞いた。

「惚れ薬なんてね、どんなに腕のいい魔女が作ったものだってほんの数か月しかもたないんだよ?薬の効果のあるうちに自分の力で本当に惚れさせなくちゃ元も子もないんだ」

 少女にカモミールのお茶をすすめて続ける。

「それとも一夜の情事をお望みかい?そんなものは女だけが傷つくだけさ」

 少女はカッと頬を染める。

「そ、そんなんじゃありません!!ただ…」

「ただ?」

「アレクは金髪で青い目の女の子が好きだって言うから。そんなの私じゃ無理じゃないですか」

 ポロっと涙がこぼれる。


 デーティアは少女にスミレとツリー・ダリアの刺繍されたハンカチを差し出し、涙を拭かせた。

「そんなのはただの理想の夢さね」

 立ち上がって作業台に向かいながら続ける。

「金髪で青い目の可愛い女の子。その子が現れてアレクとやらに恋をする保証があるのかい?そんな可愛い子なら引く手あまたで選び放題だよ。アレクはそんな子に選ばれるとびっきりのいい男かい?」

 カチャカチャと小さな音が小気味よく響く。

「アレクっていう小僧っこの理想の夢さ。あんたがすることは惚れ薬で心と体を操ることじゃない」

 くすんと少女は鼻をならした。


 テーブルに戻ってきたデーティアは、少女に向かっていくつかの小瓶と小さな籠を差し出した。

「さ、ちょっとそのハンカチを貸してごらん」

 先ほど渡したハンカチを手に取り、小瓶の中の淡い紫色のものから数滴の液体を刺繍の花の部分に垂らす。

 ふわりと花の香りが漂う。

「あんたが小僧っこを思って流した涙、スミレの花言葉は"愛"、ツリー・ダリアの花言葉は"乙女の真心"」

 ハンカチを綺麗に畳みなおして少女に渡す。

「お守りだよ。あんたがアレクっていう小僧っこを現実に目覚めさせるためのね」

「えっ!?じゃあ、これで」

「いや、早まるんじゃないよ。気が短いね」

 デーティアは押し留めて紫の小瓶を少女の前に置いた。

「これはあんたに似合う香り。つけすぎちゃいけないよ?ハンカチか袖や襟にほんの数的だけ」

 次に紫の瓶の倍の大きさの琥珀色の瓶を置く。

「これは顔を洗った後につける薔薇水だよ。これから花盛りのあんたの肌が美しくなるようにね。そしてこっちは」

 やや小さめの黒い瓶を出す。

「髪に艶を出す花の油。髪を洗った後に数滴すりこむといいよ」


 驚いた様子の少女にデーティアは笑う。

「あんた、まだ結婚には何年もあるだろう?自分を磨きな。そしてアレクとやらに優しくしておやり」

 小さな籠に瓶を入れながら続ける。

「さりげなく、でも特別に扱ってやるんだよ?そのうち金髪の夢の女より、あんたのハシバミ色の瞳からこぼれる涙のとりこになるだろよ」

 少し不安げな少女にデーティアは笑った。

「保証はしないよ。あたしは色恋の呪いも薬もからっきしなんだから。あんたが自分でがんばりな。ほら、カモミールのお茶も入れておいたよ。心が落ち着くからね」


 支払いを聞かれデーティアは笑った。

「気持ちでいいよ。そうだね。今日のところは町のプランプルのプラム入りのパン3本。効果があらたかだったら気持ちの分支払っておくれ」


 少女は小さな籠を抱きしめて町への道を小走りに帰って行った。

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