重い後輩
「シュウ様・・・シュウ様にとって私のこの気持ちは、ご迷惑でしょうか?」
フローラは必死の形相でそう言ってシュウに迫った。
「おいおい、わかってるんだろうな?」的な目を周囲はシュウに向けているが、当のシュウにしてみれば針の筵であった。
(迷惑かって?迷惑に決まっている!)
本音をぶちまければそれだった。
シュウとて別にフローラは嫌いではない。容姿もさることながら、性格的にも問題なし。年下ながらもそんな素晴らしい娘が自分に懸想してくれるだなんて、男冥利に尽きる・・・本来ならそう言いたいところだった。
だが、フローラは普通の少女ではないのだ。
「フローラ・・・貴方は聖女なのです。その立場の前では私の気持ちも、もっと言うなら貴方の気持ちも自由にはならないものなのです。それくらいのことはお判りでしょう?」
聖神教会の聖女は、世界的にも稀有な聖魔法の使い手がなれる称号である。
聖女がいればただそれだけで絶対的な「聖」の象徴となる。その象徴たる聖女を、帝国の皇族ならびに他国の王族貴族などが放っておくはずがなかった。
聖女は基本的にそういった高貴なる者に娶られる運命にある。
そうして聖神教会も権力の中枢とパイプを作り、強い影響力を持つようになってきたのだ。フローラとて同じこと。彼女も例外なく聖神教会の政略結婚に従う義務がある。
「それはもちろん私だってわかっています。ですが、それについては私に考えがあるのです」
フローラはわかっていると言うが、シュウは「どんなもんだか・・・」と訝しんだ。
フローラは聖女として教会の中ではかつてのシュウよりも上の立場にいるが、それでもまだ教会の裏の裏などは見ていないだろうと踏んでいる。
事態はフローラが考えているより楽観的な状況ではないはずだとシュウは思った。
聖神教会の聖女としての義務がある以上、退職願いが聞き入れられるはずはないし、何をどう喚いたところで政略結婚は強制される。
フローラが姿を消せば間を置かず教会の聖騎士団が血眼で探し出し、やがて連れ戻されることになるだろう。
そのときにフローラと私が一緒にいれば、シュウは彼女をかどわかした悪魔として処刑されてしまうことは明白だった。そこに真実の愛があったかどうかなど関係ないのだ。
シュウがフローラの気持ちを迷惑だと考えている理由はそれだ。
何よりそれより、そんな爆弾のようなフローラを引き連れてなどいたら、シュウの望むスローライフなど出来るはずもない。追手から必死に逃げ続け、最後には首の跳ねられるのがオチである。
現状、ただでさえ(自業自得とはいえ)予期せぬ出費で理想のスローライフ計画からどんどん遠ざかっているというのに、シュウはもうこれ以上自分の余生を乱されたくはなかった。
正直なところを言えば、フローラのことについては未練がないわけではないが、物理的にどうにもならないと考えている。
(考えがある・・・ね。何を考えているかはわからないが・・・)
シュウはふぅとため息をついてから、諭すようにフローラに言った。
「フローラ。貴方の気持ちはとても嬉しいのです。ですが、貴方のそれは本当の愛ではないのかもしれません」
結局有り体にシュウは断ることにした。周囲からは~~、と落胆の溜息が聞こえる。
「言いましたね?貴方はこれから様々な出会いをすることになります。まだ狭い視野の中で、貴方は私のことを想っていてくれていますが、これからもっと素敵な男性に出会えます」
これは本当のことだった。
聖女を娶る者はそれなりの地位、そして人間性が求められる。教会とて愚者に聖女を嫁がせて汚名をかぶりたくはないので相手は選ぶのだ。
フローラは器量よしで、かつてないほど才能にあふれる聖女だ。相手選びも時間をかけて念入りにやっているから、まだ彼女には婚約者がいないのである。
だがフローラが成人する後一年の間には、間違いなく吟味に吟味を重ねた素晴らしい人物が婚約者として決められるはずだった。
シュウにはそのことがわかっているし、それに今自分を想ってくれているといっても、やがては心変わりして自分から離れていってしまうことの恐怖もあり、フローラの気持ちを受け止めることができなかった。
リスク的にも精神的にも、シュウにはフローラの気持ちは重過ぎるのである。
「私の気持ちを勝手に決めないでください!」
フローラは怒った。
シュウはどう思っていても、フローラにしてみれば今の気持ちが絶対なのであるから、怒るのは当然だ。
「なんにせよ、現実的にフローラの気持ちを受け止めるわけにはいかないのです。悪いことは言いません。聖女に戻りなさい」
あ~、もったいないことしたかな?と考える自分がどこかにいることをシュウは自覚していたが、それでもフローラを拒絶することをシュウは選んだ。
「はぁ、そうなると思ってました・・・」
フローラは俯き、諦めたようにため息をつく。
「つまんねーの」と周囲がごちゃごちゃ言っているが、シュウはそれには耳を貸さなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。