王子がもたらす甘い時間
ゆりえる
第1話 リムジンでお出迎え
『ピピピピ……』
『朝ですよ~!』
『♪グリーグのペール・ギュント第1組曲 「朝」♪』
6時を回った瞬間、
静寂に戻ると、布団の中で思いっきり両腕両足を伸ばし、起きる覚悟を決めた。
シングルマザーの母、
フライパンから皿に移す時に、片目が潰れた目玉焼き。
芽生は、目玉2つ
円を3回大きく描きながら
前日の残った
昨夕2食分
芽生が一人で食べる朝食時間は、寂しい気もするが、これから始まる学校での時間を考えると、こんな静かなひと時も悪くないと思えていた。
洗い物を済ませると、夕食用のお米を研いで、炊飯器のタイマーをセットした。
夕飯作りも、芽生の日課のひとつ。
多忙な母に代わり、小学生の時から台所に立っていた芽生は、料理動画など見よう見まねで料理を作り、不器用ながらも今や、母よりレパートリーが増えていた。
髪をとかし、校則違反にならないよう低い位置で束ね、制服のブレザーに
いつも芽生を拾ってくれる黒いベンツの音とは異なる気がして、ふと窓から覗いてみた。
ベンツでも十分に違和感だったが、下には、この古びて狭いアパートに
(リムジン……? どうして……?)
目を疑いながら
「おはよう、芽生!」
いつものように、車のドアを開け、ごく自然な仕草で芽生の手を取り、エスコートした
「おはよう、富沢君。どうして、リムジン……?」
「それは、昨日……」
裕貴が言いかけた時、既にリムジンのソファーにゆったりと座っていた芽生の友人である
「えっ、百音、茉白……?」
「おはよ~、芽生」
「おはよう、先に乗せてもらっているよ~」
昨日の放課後、裕貴と芽生が帰宅しようとした時、百音と茉白が
まさか、それを裕貴が、こんな形で実行すると思わなかった。
「それで、リムジン?」
「いつもの車だと、狭そうだったから」
いつものベンツでも、
「長旅に出るわけでもないし、いつものベンツで十分だったのにね~! まさか、私達まで、リムジンに乗せてもらえるなんて、超ラッキー!」
「まさに、王子様様って感じ!」
リムジンに乗れて感動する百音と、裕貴を
(たまに、富沢君を
友人達がここぞとばかりに、裕貴を持ち上げている様子が気に食わない芽生。
「リムジンの中って、こんな風だったんだね~!」
「冷蔵庫の中に、飲み物入っているの?」
向かい合わせのソファー級のゆったりししたシートの横に、小さな冷蔵庫やテレビも完備されているのを見渡した百音と茉白。
「ノンアルコールで、飲めるけど。3分もしないうちに学校着くから、お
裕貴が、友人達にも親切な様子にヤキモキする芽生。
(富沢君が、誰にでも優しいのって分かっていたけど。目の前で見せつけられるのは、何だか複雑……)
「なんか、芽生、大人しい。王子と一緒の時って、いつもこんななの?」
面白がって、芽生をからかう百音。
「いや、そうでもないけど。どこか具合悪いのか、芽生?」
「女の子の日は、貧血でよく具合悪そうになるよね、芽生って」
(え~っ、茉白~! 富沢君の前で、そんな事、言うなんて!)
茉白から、軽々しく月経の事を口にされ、ムスッとした表情になった芽生。
「違うっ! そんなんじゃないから!」
「女の子の日……」
茉白の言葉をその部分だけオウム返しして、意味がやっと飲み込めたと同時に、赤面した裕貴。
「あっ、王子が真っ赤になっている~!」
「ホントだ~! 王子も赤くなるのね~!」
「もう、2人とも止めてよ~! 富沢君、気にしないで! 私、別にどこも悪くないし……」
(2人とも、そんな風にからかったりして。富沢君が気の毒だよ。王子なんて呼ばれているけど、富沢君って、そんなに
裕貴の方を見て、2人が言うほど真っ赤ではなかったものの、いつもよりも動揺が見られ、
(富沢君が赤くなったのは、『女の子の日』という話題のせい? それとも、私の事に反応してなの? 茉白や百音の話題でも、やっぱり赤くなっていた?)
芽生が裕貴との交際を始めてから、まだ1ヵ月足らず。
交際といっても、2人の仲は、世間一般的な中学生男女の淡い恋心から始まるようなものではなかった。
芽生にとって、裕貴との関係は、彼氏とは名ばかりにしか感じられていない。
(あの日、富沢君の秘密を知ったのが、私じゃなかったとしても、富沢君は、きっとこうして交際していたんだよね)
一か月前、裕貴と知り合うきっかけとなった出来事を思い返し、
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