違法カジノに行く殺戮刑事

春海水亭

殺戮刑事と違法カジノ(前編)

 駅前のパチンコ店『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』にて、ある一人の男が叫んだ。


「うわああああああああああああああああ!!!!!パチンコ台が爆発して俺が死んだあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 悲鳴の主は宣言通り、パチンコ台の爆発に巻き込まれて死んだ。


 さて、パチンコ業界に根強く残る都市伝説と言えば遠隔操作である。

 ある特定の客が来た際に大当たりさせるであるとか、あるいはその逆に大ハマリさせるであるとか、店側の操作によって出玉をコントロールしている――そのような噂だ。

 しかし遠隔操作が実際に行われている確率は限りなく低いと言ってもいいだろう。

 そもそもギャンブルというものは胴元が確実に勝利するようになっている。

 すなわち店内において誰が勝ち、誰が負けようとも、台に設定された確率は僅かな勝者の下に数多の敗北者という形に収束させるようになっている。わざわざ、勝っている人間を敗北させる必要はない故に――そのような機構を組み込むことはないのだ。


 だが、ここに例外が存在する。


「店長ォーッ!!!遠隔操作です!!!」

「うわああああああああああああああああ!!!!!新台が次々に爆発して客を爆風に巻き込んで殺害すると共に、台の内部にあるパチンコ玉が弾丸のようにばら撒かれて連鎖的に大量の死人を出してゆくーッ!!!」

「爆発力が高すぎるッ!」

 圧力鍋にパチンコ玉を入れたら、なんかすごい爆弾みたいな感じになるという話を読者の皆様も一度は聞いたことがあるだろう。なれば、パチンコ玉がいっぱい入っているパチンコ台を爆発させたら凄いことになるのではないか――皆様がそのような疑問を抱かれるのも当然のことだ、その答えがこの惨状であった。


 遠隔操作といえば、店側の特権――その穴を突いた巧みな犯罪であった。

 まさか客側が遠隔操作を――しかも、なんかパチンコ台を爆発させるような遠隔操作をするとは夢にも思わなかったであろう。

 

「ヤ……ヤバすぎるッ!バ、バイトくん……被害状況を報告してくれたまえッ!!」

 遠隔操作による爆発の連鎖から命からがら逃げ延びた店長が、同じくギリギリ生き延びたアルバイトに尋ねる。


「バイトは僕以外全滅ッ!正社員十人の内、八割カットされました!」

「ということは正社員は私を含めてあと一人は生き残っているということかいッ!?」

「いえ、十人分の肉体が健康な状態を十割として、そこから肉体が八割カットされたということです!」

「なんて回りくどい報告をするんだ!とにかく私以外は全員グロいことになっているんだねッ!」

「はい!」

「クソッ!福利厚生に特殊清掃を入れとくんだったな……」

「ちなみに客は全滅です!店長!どうしたものでしょう!」

「どうもこうもねぇよッ!とにかく警察を……あぁ!?」

「どうしました店ちょ……ああっ!!」

 外観からでもわかるほどに徹底的に破壊しつくされた店である。

 絶え間なく鳴り響いた爆発音、未だに消えぬ血と肉の焼ける嫌な臭い。無事なパチンコ台は一台もなく、無事な景品だって一つも残っていない。であるというのに。


「打ちてぇよおおおおおおおお!!!」

「パチンコやめたら退屈で死んじゃうよおおおおおお!!」

「今日勝てば借金が返せるんだよおおおおおおおお!!!!!」

「アハ!」


「客が押し寄せてくるぞおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 死体を踏み躙りながら、続々と入店を続ける客の群れ。

 この惨状を見て、何も思わないのか。思わないのだ。

 常識、理性、慈愛、その全てを賭博で焼き焦がし、ただ射幸心のみによって突き動かされる者。それがこのパチンコ店『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』の主な客層である。


「お客様共ッ!もう台はねぇ!景品もねぇッ!今日は臨時休業だッ!」

「ギャバッ!ギャバッ!ギャババッ!景品は無くても、景品問屋は無事なんだろッ!?パチンコ店と景品問屋は無関係なんだからさ~~~~!!!!じゃあここで勝利すれば金は手に入るなァ~~~~~!!!!」

 先頭に立った男が客を代表するように叫んだ。


 さて、このパチンコ店『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』もいわゆる三店方式(パチンコ店で交換した特殊な景品をパチンコ店と無関係な景品問屋に買い取らせることで、脱法的にパチンコの勝利分を金銭に交換することが出来るというシステム、無関係な景品問屋が買い取った特殊景品は後にパチンコ屋に販売する)を導入している。出玉と交換可能なタバコやぬいぐるみ、お菓子といった景品や特殊景品は店内に置かれているが、最終的に一部の客が掴むための現金はパチンコ店とは無関係な景品問屋に置かれている。


「特殊景品も焼けちまったんだよッ!」

「ギャババババ~~~ッ!!!特殊景品そのものに価値なんてねぇんだから幾らでも代替物はあるだろうがよォ~~~~!!!例えば、店員の死体とかなァ~~~~~!!!!」

「なんだとッ!?」

「ギャババ!!俺たちはここにパチンコをしに来たんじゃねェ~~~!!ギャンブルをしに来てんだァ~~~!!!最終的に金が手に入りゃコイントスでもじゃんけんでもなんでもイィ~~~!!!とっとと営業再開しなァ~~~!!!!」

 男の言葉に同調するように、他の客たちも叫び始める。


「そうだーッ!!てめぇら煽った射幸心だァーッ!!!責任取れーッ!!」

「店長さんが何秒で死ぬか、みんなで賭けませんか?」

「ギャババ!!そっちのほうが面白そうだなァ~~~~~!!!!」

「……早く選んだほうがいいですよ、店員さんがギャンブルをするか、店員さんでギャンブルをされたいか」

「エヘ!」

 詰め寄る客たちは思い思いの武器を構えている。


(クソ……俺はなんという客層を育ててしまったんだ……ッ!)

 店長に残された選択肢は三つ。

 まず、客に従ってギャンブルをすること。

 だが、この状況で用意できるギャンブルを考えると勝率を操作することも出来なければ、イカサマをすることも不可能。確率を考えれば暴徒と化したギャンブラー達に再起不可能の大負けを食らわされる可能性が高い。

 次に、自分がギャンブルにされること。

 問題外だ。暴徒と化したギャンブラーに何をされるかたまったものではない。

 ならば、最後の手段を取るしか無い。


「……じゃあ、ロシアンルーレットと行こうかッ!」

 店長は懐から、二丁のサブマシンガンを取り出した。

「弾切れになるまで撃ち尽くして……誰が最後に生き残るか決める素敵ギャンブルだッ!」

「店長……」

 感嘆したアルバイトが客に向けてハンドガンを向ける。


「ギャババ!!!おもしれぇ……勝者の総取りと行こうじゃねぇかァ~~!!」

 引き金は今まさに引かれようとしていた。

 その瞬間、最後の一人になるまで続く命懸けのギャンブルが始まるだろう。

 張り詰める空気。

 普段ならば鼓膜を破壊するかのような大音量が流れ続ける店内は、今は汗が肌を伝う音すら聞こえるほどの静寂に包まれていた。


 瞬間、能天気な声がした。

「じゃ、俺の総取りか?」

 入り口から現れた、上背のある細身の男。

 ブランド物のスーツを絶妙に着崩したオールバックの男。

 その手には警察手帳――『殺戮刑事課 武田皆殺信玄』の文字。

 殺戮刑事とは殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで、残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得刑事である。


「「「殺戮刑事だァァァァァァァァッ!!!!!」」」

「凶器準備集合罪と賭博罪と、ま、これから殺人罪だな……あとは……」

 皆殺信玄はその場にどっしりと座り込むと、燻る機械にタバコを近づけて火をつけた。


「まあ、いいか。一定以上の罪を重ねると刑罰の割引が効くからな。罪状を重ねに重ねても、最終的なゴールは死刑だ」

 一服。

 皆殺信玄は煙を吹かすと、タバコを持っていない方の手をひらひらと振った。


「続けてくれ、殺人未遂から未が抜けたらちゃんとぶっ殺すから」

 瞬間。全ての武器が皆殺信玄を向いて構えられた。

 さらに正確に言えば、引き金も既に引かれていた。

 殺戮刑事に懺悔は通用しない。救われるには殺戮刑事を殺すか、自分を殺すしかない。


 射撃音はタイプライターを打つかのように軽快だった。

 その音に紛れて、単発の射撃音が群れをなして襲いかかる。

 流石のギャンブラーたちも家を出た時点では『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』が遠隔操作で大変なことになっているとは思わなかったのだろう。あくまでも護身用の銃やボウガンがメインである。


 しかし、皆殺信玄の動きは引き金を引く僅かな指の動きよりも早く、銃弾が放たれた瞬間には既に跳躍していた。風の如くに疾く、その姿は店長の背後に。


「人は石垣」

 移動に気づいたギャンブラー達が、数多の銃弾で皆殺信玄を襲った。

 一瞬にして蜂の巣にされた店長の姿が崩れ落ち、残った銃弾が皆殺信玄に向かう。


「人は城」

 崩れ落ちた店長をサッカーボールのようにギャンブラーの側に蹴りつけた。

 残った銃弾の全ては、やはり店長の死体が受け止める。


「人は兵器」

 だが、銃弾を受け止めてなおも蹴り飛ばされた店長の勢いは止まらない。

 ギャンブラー複数人に衝突すると同時に、その身体が弾けた。

 あらゆる骨片と肉片が散弾のように飛び散り、ギャンブラー達を殺害していく。


「これで十六件目か……」

 パチンコ台の遠隔操作による死者数はとうとう五千人を超えた。

 千人規模の殺人事件ならばさほど珍しいわけではない、だが――未だに犯人の足取りは掴めないでいる。ただキルスコアが増えるばかりだ。


 その時、皆殺信玄の懐でスマートフォンが震えた。

 発信者はバッドリ惨状、薬物中毒者にして皆殺信玄と同じ殺戮刑事だ。


「よ」

「ああ、武田さん……犯人は見つかりましたか?」

 どこか浮ついた声。

 最新機種は通話越しにでも、相手がクスリをキメているかを教えてくれる。


「ダメだな、代わりに麻薬五法のどっかに引っかかってそうな奴は見つけたが」

「なんですって!?是非教えてください!僕は薬物関連の法を犯す人間が許せないんですよ!」

「今、そいつと話してるよ。で、用件はなんだ?」

「ああ、僕怪しいとこ発見したんですよ」

「やるな怪しいやつ」

「で、そのことを業魂さんに報告したら、僕と武田さんと殺死杉さんの三人で突入するみたいな感じになっちゃって」

「そりゃ……嬉しくてたまらないね」

 スマートフォンを握る手に、より強い力が入る。


「殺死杉さんも似たようなこと言ってましたよ、じゃあまた後ほど」

 通話の切れたスマートフォンの黒い画面に映る自分の顔にため息を一つ吐き、皆殺信玄は店内を後にする。


『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』に勝者は残らず、ただ死体だけが残されていた。

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