掌編小説・『よい子』

夢美瑠瑠

掌編小説・『よい子』

(これは、昨日の「よい子の日」にアメブロに投稿したものです)


 湯芽・美瑠子<ゆめ・みるこ>に、待望の、初めての命が宿った。

 美瑠子は新婚ほやほやで、ハネムーンベビーだった。

 夫の武琥・良人<むこ・よしひと>とはツイッターで知り合った。夫はツイッターでフォロワーを増やしつつ、さまざまなビジネスやら情報収集をするための、そのノウハウやプログラムを開発して、任意の不特定多数に拡散やアドバイスをするという仕事をしていて、徒手空拳でかなりの収入を得ていた。

 美瑠子は夫の目端の効く俊敏さ、歯切れのいい、底抜けに楽天的なツイートの、そこから垣間見える才能や将来性に賭けたのだ。「この人はきっと大物になる。偉くなって私を一流人士の仲間入りさせてくれる」エリート志向のある美瑠子の、したたかな計算だった…


 妊娠して、悪阻がひどいかと危惧していたが、不思議と吐き気、嘔吐等は皆無だった。むしろ「おめでたです」と、告げられた夜から、すごくよく眠れて、気分は毎日限りなく爽快だった。

 よりいっそうに食欲も湧いた。よく眠れるので頭脳も明晰で、元気溌剌なので家事も仕事もはかどった。美瑠子もSNS全般に興味、嗜好、造詣が深いタイプで、ユーチューバー、ライバー、ブロガー、インスタグラマー、なんでもこなした。

 広告収入その他で家計を潤して、趣味と実益を兼ねた副業を通じて、時代に即応した新しいタイプの自己実現や潜在能力の開発をしていく…名前通りに「夢見る」ことにかけては人後に落ちない、オプティミストの美瑠子には、毎日が発見で、現代は宝箱だらけ、巨大な遊園地で宝探しをしているように思える時代だった。


 妊娠という新しいワクワクするような体験も、だから美瑠子には一種のアドベンチャー、希望と予定調和があるだけのゲームに思えた。

 だから生まれてくる子供の名前は<希望そら>にすることにした。

 今は、科学技術は隆盛だが、何かと厄介な社会問題は無数にあって、片付く見込みがわからないものすらあって、其れだから余計に子供たちが地球の希望になって欲しい…美瑠子たちはアダムの裔にしてエデンからの追放者の嫡出子である自分たちの子供だからこそ、地球をユートピアにしてくれる天使の一人として、希望そらが素晴らしい希望の星となってくれれば、と願うのだった。


 経過は順調で、全くその後も問題は生じなかった。

 美瑠子は毎日だんだんに元気になる感じだった。希望そらがなんだか美瑠子の守護天使?ガーディアン?になってくれているかのごとくになんだか膨らんでくるお腹のほうからどんどん活力や精力が湧きだしてくる気がした。

 肌も美しくなってきた。いろいろとルーチンをこなしても全く疲れず、意欲がみなぎる感じなのだ。覚醒剤を打った人の体験談を読んだことがあるが、ちょうどそんな感じだった。

 「もしかして、希望そらが私を元気にしてくれるのかな?人間を操るミトコンドリアみたいに母体を丈夫にして”よい子”が生まれるように按配して采配を取ってくれてるのかな?ああ、こんなに精神が安定して身も心も100%健康だったことってない…」


 臨月を迎えるころには、美瑠子のお腹はぱんぱんになっていて、歩くのにも難儀はした。超音波検査では、胎児は全くの健康優良児で、五体も満足だった。ただ、少し不安なのは、検査器械がなぜか胎児に対して異常に反応して、故障してしまったことだった。原因不明の強力な電磁波が検出された…らしかったが、意味も理由も出所も不明という、不可解な現象だった。


 その日に、希望そらの出産予定日は三日後で、いつもう美瑠子が産気づいてもおかしくない状態になっていた。

 初産でもあり、万全を期して美瑠子は一週間前から大病院の特別分娩病棟に入院していた。豪壮な個室で、あらゆる設備や機能が完備していた。胎教のクラシックも、胎児用にデザインされたバランス栄養食や「出産と育児」だのの類の書籍も豊富にあった。希望そらのESPというか神通力は相変わらず強力で、美瑠子は夜も昼も全く疲れや憂鬱を感じず、「ザ・フライ」という昔の映画の蠅男のごとくに底なしのパワーに満ち溢れているようなゲンキ状態が持続していた。「いったいどんな”いい子”が、産声を上げるのを私の子宮の中で待っているのか?」と、美瑠子は訝しみ、恐れつつも、やはり我が子との晴れの邂逅の時が待ち遠しいのだった。


 陣痛が訪れ、「産みの苦しみ」が3時間続き、が、比較的に安産という穏当な帰結で、希望そらは産声を上げて、産湯を使ったのだった。

 

 勿論五体満足で健康な赤ちゃんだった。

 

 が、その額には黄金色に輝く「第三の眼」が炯炯と鎮座していた。

 両耳は長く伸びて、孔子か、悪魔のようだった。

 みぞおちには「聖痕アーク」があり、立派な白眉が伸びていた。

 指は長く、6本ずつあった。

 どうも心臓も二つあるらしかった。

 のみならず、生まれたばかりの赤ん坊は急にすっくと立ちあがり、空と大地を指差して、厳かにこう叫んだのだ。


 「天上天下唯我独尊❣」


<了>






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