第39話 確かに俺たちの息子は異世界転生者なのかもしれない
あの大樹が自分達を狙っている以上、誰かの犠牲なしに退却は不可能とパーシルは判断していた。
――だが、ヴェインの考えが正しければ、まだ、あの大樹を攻略出来る。
ヴェインのアイディアはパーシルたちにとっての光明であった。
綱渡りの部分はあるものの、それが可能ならあの樹を攻略できると、パーシルは判断し、ヴェインのアイディアを実行するためのプランを練る。
3秒の間、パーシルは考えをまとめ、心を決めた。
「レイン、アーランドは互いをフォローしながら、影の魔物を引きつけてくれ! ――俺はヴェインとジュピテルのとこに行く!」
「おう!」
「わかったわ!」
「やろう!」
パーシルの号令で、パーシル、ヴェイン、アーランド、レインの四人は大樹へ向かっていく。
アーランドとレインは先行し、パーシル、ヴェインと分かれ、大樹の幹まであと二十歩ほどの距離まで即座に近づいた。
「さあ来い!」
「――灯火よ集え。道迷わぬように、燃して明かりを授けたまえ。」
そして、アーランドは剣を構え、レインは即座に魔術で矢に火を灯し、影の魔物に向けて放った。
「あ、が、アアア――ガガァァァ!?」
二射の矢が影の魔物に命中し、彼らはその身を燃え上がらせ、溶けていく。
「なんだ、火なら通るじゃん」
「先ほどの強い光は影を生み出し、その影に奴らが逃げ込んだという寸法というわけか。ネタが割れればなんてことないな。だが」
アーランドが剣を振り、大樹からムチのように振り下ろされる枝を打ち払う。
だが、リザードマンの怪力をもってしても、枝を叩き切ることはできず、攻撃を受け流すことが精いっぱいのようだ。
「こちらはネタが割れてもなかなか骨が折れる……!」
「アーランド、うっすら身体強化いる?」
「いいや、私たちは影の魔物を減らさなければならない。それにはレイン、お前の魔術の回数を減らすわけにはいかない」
「オッケー、意地はって死なないでよね!」
「お前こそ!」
二人が大立ち回りをしている隙を付き、パーシルはヴェインを背負ったままジュピテルに近づこうと試みる。
だが、その動きは大樹には筒抜けのようで、何本もの枝を尖らせ、槍のごとくパーシルに突き出し妨害を開始、パーシルは慌てて横に跳び敵の狙いから外れることを優先する。
それは一突き一突き全てがムーンレイルの兵士を刺殺した必殺の一撃。
――足をとめたら、まず死ぬ!
パーシルは風切り音を頼りに移動ルートを変え、必死で枝を避けていく。
「パーシル、後ろ!」
ヴェインの叫び声がパーシルの耳元で響く。
パーシルはとっさに振り返り、それと同時にヴェインをジュピテルの方へ突き飛ばす。
「ヴェイン! 頼んだ!」
そしてパーシルは間髪入れず剣を抜き、迫る高速の枝の槍を受け流した。
「わかった!」
ヴェインは立ち上がり、ジュピテルに向かって走っていく。
パーシルは下がりつつも枝を避け、避けきれないものは剣で防ぎ、防ぎきれないものは、体を捻じり致命傷を避け続けた。
それは持久戦であった。
すべてはヴェインがジュピテルをもう一度立ち上がらせるための時間稼ぎ。
ヴェインは気が付いていたのだ。
この大樹は魔術を弾く、ただし、転生者のスキルを弾くようにはできてない。
現に先ほどのジュピテルたちの突撃の際、最上位の魔術は効果がなかったものの、ジュピテルのスキル『雷帝の右腕』だけは枝に対して少なからず効果を発揮していた。
「ジュピテル、頼む! 君の力を貸してくれ!」
「――――」
どうやら、無事にジュピテルのところまでたどりつけたのか、ヴェインの説得の声がパーシルにも聞こえていた。
「しっかりしてくれ! オレたちが、守るんだ。そのためには――――」
だが、その先の言葉をパーシルは聞くことはできなかった。
「あ……」
パーシルの目前には30もの枝の槍が並んでいた。
大盾でもない限り、防ぐことも避けることは叶わない、数の暴力。
それはパーシルに己の死を覚悟させに十分なものであった。
――ここまでか。……だが!
慈悲もなく打ち出される30もの枝の槍に、自身の詰みを悟りながらも、パーシルは剣を構えた。
剣を盾に、刀身の側面を利用し、頭と喉を防御する。
だが、それだけだった。
腹部も、心臓も、足も、およそ人間が死に至る急所すべてを防御できたわけではない。
――くそ! こい!
迫る枝の槍にパーシルは歯を強く喰いしばることしかできなかった。
自分が叫び声を上げた瞬間、ヴェインが動けなくなってしまうかもしれない。
その隙が命取りになってヴェインが死んでしまえば、すべてが破綻だ。
「あアアァァ、ア”ア”ア”ア”――――――」
突如、到底人の声とは思えない悲鳴がパーシルの足元から聞こえた。
ゆらりとパーシルの影が揺れ、そこからぬるりと『彼女』は立ち上あがるようにパーシルの前に現れる。
それは影の魔物であった。
だが、その姿を見たパーシルは反射的に構えを解いた。
『彼女』はそののっぺりとした体を使いパーシルを枝から庇うように抱きつく。
その影は肩上で髪を切りそろえた女性の形をした生前のマリーシャの姿をした影だった。
マリーシャの影は30もの枝の槍を全てその身で受け止め、人を殺すための一撃は、一本たりともパーシルに届くことはなかった。
大樹はこのままでは殺せないと判断したのか、一度、枝を下げ、まるで編み物をする様に30の枝を編み込み始める。
女性の影はぐらりと揺れ、人の形を崩していった。
「マリー、シャ、なのか……?」
「ご、ごめん……さ……わ、たし……も……」
マリーシャの影は液体のように溶けパーシルの腕を伝い、その先にある彼の剣にしみこんでいく。
パーシルは彼女に触れようと背に手を回し、空を掴んだ。
影はもうそこに無く、パーシルの目前には30の枝が束になった巨大な杭が、彼を仕留めようと打ち出されていた。
思わぬ横槍でパーシルを仕留めきれなかった大樹の答えは、より強力な一撃、人外もろとも殺す攻撃だった。
――力を貸してくれ! マリーシャ!
パーシルはおもむろに剣を振った。
それは杭の衝撃をそらし、生き延びるためパーシルの体がとっさに取った行動だった。
「え?」
だが、本人の想定とは裏腹に、まるで水を切るように、パーシルは枝の束でできた杭を跳ね飛ばした。
「この剣は……」
パーシルが手に持った自身の剣に目をやった。
彼の持つ剣は刀身が黒く影の色に染まり、不定形の刃がゆらゆらと揺れている。
――おそらく彼女が残した力なのだろう。
それは、いかなる剣よりも折れず、鋭い剣――いうなれば影の剣。
――ありがとう。……マリーシャ
パーシルはヴェインとジュピテルに合流するために、大樹の幹に向かった二人のもとへと向かった。
ヴェインとジュピテルは大樹の幹を背に、大樹の枝の槍の猛攻にさらされていた。
ヴェインの身体強化の魔術で援護を受けつつ、ジュピテルの雷撃が迫りくる枝の槍を焼き払っているが、それでは彼女の手がふさがってしまい、大樹本体への攻撃ができない状態が続いているようだ。
パーシルはすかさず二人を襲う枝を影の剣で切り裂き、枝から守るように二人の前に立った。
枝がいつ襲ってきても対処できるように、パーシルは肩の力を抜き、周囲を警戒する。
「二人とも大丈夫か!」
「い、いま……大分好転した」
「助かりました……」
ヴェインとジュピテルは息が上がっていた。
幾重もの枝の槍を避けるために、かなり無理をしたのだろう。
「行けるか?」
「ここまで大見得切って出来ませんでした。なんで嫌だ」
「そうか、なら―――」
次の一言を言い切る前にパーシルは風切り音を耳にしていた。
反射的に音の方角にパーシルは剣を振るう。
いくつもの枝木がムチのようにしなり、ヴェインに向かって襲い掛かろうとしていたところを割り込み影の剣で薙ぎ払う形となり、襲い掛かってきた枝は切り飛ばされ、地面に転がった。
「なんとか持たせるから。早く!」
叩きつけに効果が無いことを悟ったのか大樹は再び枝を鋭くとがらせ槍のようにパーシルを狙った。
回避をすればヴェインを貫くであろう軌道が1本、回避しなければパーシルの致命傷になるものが2本。
パーシルは致命傷になる2本を切り払い、ヴェインを貫く1つを自身の肩を貫かせることで防いだ。
「ぐ、ぁ……」
激痛に、パーシルは膝を着きそうになる。
だが剣を支えにパーシルは必死にこらえた。
――後悔は山ほど、本当に山ほどある。もしかすると、俺が間違えているのかもしれない。でも……!
パーシルは剣を構えようと脚に力を込めた。
もう膝をつくのはごめんだと、パーシルは体の動く部分にムチを入れる。
――なあ、マリーシャ、確かに、俺たちの息子は異世界転生者なのかもしれない。
パーシルの肩に焼け付くような痛みが走る。
パーシルは枝を切り落とし、刺さったままの枝を血止めの代わりにしつつ、動く手一本で剣を持ち上げた。
――けれども、ヴェインは生きているんだ。俺たちの……
「俺たちの息子の邪魔をするなぁぁ!」
パーシルは叫んだ。
痛みを誤魔化すためでもあり、心からの言葉でもあった。
「……ありがとう。―――さん」
ぽつりとつぶやいたヴェインが離れていくのをパーシルは感じた。
パーシルは息子の信頼にこたえるべく、剣を持つ手に最後の力を込めた。
ジュピテルは幹に刺さっている銀色の剣に手をかけた。
そのうえから、ヴェインの手が重なる。
「ヴェイン、行きますよ『雷帝の右腕』!!」
「『接触発熱』!!」
彼らの声に合わせ、それぞれのスキルが発動した。
雷と見紛う電撃が大樹を駆けあがり、その電撃の後を炎が追走していく。
ヴェインは手にした銀色の剣に力を込めた。
ヴェインの能力『接触発熱』は触ったものの温度を9度上げ、その温度を保つ能力だ。
雷の温度は1万度を超えるといわれている。
電気の性質上、瞬間的な物なので、その温度が100%伝わるということはないが、ヴェインの能力により、限りなく温度が高い状態を維持することができる。
ヴェインが握る剣の熱は、この悪魔の樹を燃え上がらせるに十分なほどだった。
ヴェインとジュピテルはゆっくりと剣を抜き、振りかぶった。
「「やああああああ!」」
そして燃え上がる大樹の幹に銀色の剣を叩き付けた。
その結果、燃え上がる大樹は倒壊し、雄大に広がる枝葉すべてが赤い炎で包まれていった。
銀色の剣は役割を果たしたとばかりに、その刀身は砕けてなくなった。
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