第34話 星を見上げていたのかもしれない 

 拠点に滞在して、四日目の夜、パーシルは一人火の番をしていた。


 周囲は虫の音も葉が揺れる音もしない耳鳴りがしそうなほどの静寂だ。

 ただ、ぱちぱちとマキが弾ける音を聞きつつ、パーシルはたき火と、石の土台にのせた鍋を眺めていた。


 時折、鍋の中身が沸騰しかけると、パーシルは、立ち上がり、鍋を火から避ける。

 沸騰させ続けると水が飛んでしまい、せっかく煮たてたスープが無くなってしまうからだ。


 この鍋に入っているスープに使っている水はこの拠点に残された水のおよそ7割を使っている。

 できるだけ、それを失わないようにパーシルは気を張り続けた。


――父もこんな空を見ていたのだろうか。


 ふと、パーシルは上を向いた。本来、夜空があるはずだが、今は赤い瘴気しか見ることができない。


――はたしてこれが本当に空と言えるのか。


 パーシルは苦笑気味に鼻を鳴らし、再び火に向き合うことにした。


「パーシル、大丈夫か?」


 拠点のテントからヴェインが現れ、パーシルの隣に座った。


「ヴェインか、寝ないと明日持たないぞ」

「それ、パーシルが言うか?」

「違いない」


 二人してカラカラと笑う。

 パーシルは少し肩の力を抜いた。


「……ごめんなパーシル。オレ、いつもフォローしてもらっている」

「改まってどうした」

「ずっと謝ろうと思ってた。パーシルに。母親の、あの人のことも、迷惑かけたことも、サンズラインで店を捨てなければいけなくなってしまったことも」

「いいんだ……前にも言ったろ、異世界転生者は本来貴族に献上するって。それを俺が意地になって育てただけだ。俺が選んだ苦労なんだよ。謝ることはない」

「でもオレのせいだ。俺がもっと考えて行動できていれば」

「それは違う。だって、お前はこの世界に生まれたばかりなんだ。何も知らないのは当然だろう」

「それは、そうかもしれないけど」


 ヴェインはなんといえばいいのかわからなくなり黙りこんでしまった。


――思えば、ヴェインには危険な思いをさせてばかりだったかもしれない。


 パーシルはヴェインの言葉にこれまでのことを、始まりの気持ちを思い出していた。


「……俺もヴェインに謝らないといけない」

「え」

「俺の父親は『お前は一人で大丈夫』と言い残しいなくなってしまったんだ。残された母も酒におぼれて俺を残してあっさり死んだ。……きっと、お前を育てようと思ったのは、アイツらのようにならないというあてつけだったのかもしれない」

「だから、ワガママだったと?」

「ああ」


 パーシルとヴェインはお互いに言葉が見つからなくなってしまい、再び静寂が訪れた。

 ぱちぱちとたき火の音だけがあたりに響く。


 かなりの間の後、先に口を開いたのはヴェインだった。


「でもさ、そのおかげでオレは世界をこんなにも見てこれた。……まあ、危ない目にもたくさんあったけど。オレはパーシルでよかったと思ってる」

「俺もそうだ。ヴェインでよかったと思うよ」


 ヴェインは笑っていた。

 それを見てパーシルも笑った。


――いつの間にかまた、成長したな。


 強い風が吹き、一瞬空が開けたような気がした。

 ヴェインが身震いしたのを見て、パーシルは彼にテントに戻るよう促した。


 すでに暖かい時期ではあったものの、北に位置する土地だ。夜はまだ冷え込んだ。


「ほらヴェイン、テントに戻っておくんだ。明日、二人とも動けなかったらまずいだろう」

「分かった。パーシルも無理はするなよ」

「分かっているよ。おやすみヴェイン」

「ああ、おやすみ」


 ヴェインがテントに戻るのを見届け、パーシルは再び鍋をたき火の上に載せた。

 ぱちぱちと鳴るたき火の音を聞きながらパーシルは、自分の想いを噛みしめていた。


――確かにはじまりはそうだったかもしれない。でも。

 

 パーシルは空を見上げた。

 風が吹いたからか、先ほどと変わらない赤い瘴気の先に、わずかだが星を見つけたような気がした。


 それから二日後、レインとアーランドが馬車を引っ提げてやってきた。

 レインが「ヴェインには負けられない」と長時間、うっすらとかかる身体強化魔術を編み出し、それによって馬車が利用できるようになったのが時間短縮成功の要因だった。


 パーシルとヴェインは見事に耐え切り、ジュピテルをはじめ、ムーンレイルの兵士10名はもたらされた新鮮な食料により無事、助かったのだった。

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