第32話 それは無理な相談かもしれない
テントに通されたパーシル達に待っていたのは野戦病院ような惨状であった。
6名の男性と4名の女性、みな一様にして横たわり、けだるげにうめき、起き上がる気配もない。
いずれも10代後半から20代前半ほどの若者たちだ。
ジュピテルと名乗った少女はテントの中央に座り、苦しそうに息を吐いた。
パーシルにはこの症状に心当たりがあった。
「この状況、壊血病か?」
「……か、ぃ、けつびょう?」
「知らないのか。――ここの責任者は?」
「……私です」
ジュピテルは伏し目がちになりながらうなだれた。
その姿は小さく、おそらく背丈はパーシルの肩ほどもないだろう。
ーームーンレイルは実力主義だと噂に聞くが、だとしても、こんな小さい子が……何か特別な事情でもあるのだろうか?
その様子をパーシルと一緒に見ていたヴェインは、彼の袖を引いた。
「パーシル、オレは助けたい」
「ああ、困ったときは助け合うのは冒険者が守るべき矜持だしな。俺もヴェインの意見に異論はない。
ただ、俺たちの手持ちでどれだけできるか」
「助けて、いただけるのですか……!」
パーシルは荷台に乗った食糧の在庫を計算する。
壊血病に有効なのは柑橘類だ。
幸い成人より子供の方が壊血病になりやすい事を考慮し、今回は柑橘類を多く用意している。
だが、それはパーシル達だけ運用した場合の話である。
自分たちを含め三倍以上の人数に配るとなると、パーシル達の備蓄は一日ですべて消費されてしまう。
いくら柑橘類が壊血病に有効でも長期的に接種しないと意味がない。
「ダメだ。こちらの手持ちでは全員を助けることはできない。せめて、王国まで連れて帰ることができないと」
「そう、ですか……」
「そちらの食糧はどれぐらい残っているんだ?」
「……もたせて、あと三日ほどです」
致命傷だった。
11人ほとんどが動くことができない。
食糧にいたっては、持たせようとして3日、パーシル達の分も合わせて5日分。
軽装備のパーシル達なら帰りの目印があるので、最低二日あれば森にたどりつくことができ、王国に帰還することできる。
ただし、そこから食糧を積んで戻ってくるのに一週間以上はかかる。
健康体のパーシルたちはともかく、立ち上がるほどの体力がない彼らにその二日間がどう出るか。
――最悪、巻き込まれて全滅なんてこともあり得る。
それこそ最悪の事態であった。
時間と食糧の計算がどうしても合わない。
正しい判断をするならば、見捨てるべきだと、パーシルは頭をかいた。
「……無理だ。王国に調達をしに行くにしても、食糧が足りない」
「パーシル、食事なら何とかする。たぶんできる」
「本当か、二日分だぞ?」
「幸いオレたちの水がまだ痛んでいない。」
「わかった」
ヴェインがそういうのだから、おそらく手があるのだろう。
そうとなれば、パーシルも一手打とうと、腰に下げていた道具袋から鍵を1つ取り出した。
「アーランド、レイン、二人に頼みがある。この鍵で俺の家の床下にある貯金から全て使って、食糧をかき集められるだけ集めて、この拠点に補給して欲しい」
「いいのか、それだけの見返りがあるとは思えないが……」
「いいんだ。よろしく頼む」
「わかった。お前がそれでいいのなら」
アーランドがパーシルから鍵を受け取った
すかさずレインがその鍵をアーランドから奪いとる。
「あ、おい!」
「まったく、手数料天引きしておくからねー」
鍵をくるくると回し、楽しそうに笑うレインと、やれやれと呆れた顔のアーランド。
そんな二人をパーシルは笑い、ヴェインの頭を撫でた。
「悪い、ヴェイン。これでまたすっからかんだ」
「シアも言っていただろ、生きて戻ってくればまだ稼げる。わがまま聞いてくれてありがとう」
「いいんだ。さて、ジュピテルさん」
パーシルはジュピテルに向かい直した。
彼女は目をぱちくりと瞬かせ、あっけにとられたような顔をしている。
「あ、あの……ありがとうございます」
「いや、勝負はこれからだ。この10人と俺たちの命がかかってる。まずは情報が欲しい、君たちはなぜここに来て、このような事態に陥っている」
「それは……。分かりました。お話しいたします」
それからジュピテルからポツリポツリと、どういう経由で今に至ったのかを話始めた。
彼女たちはムーンレイルの軍人であり、改革派という派閥に所属しているらしい。
現在、ムーンレイルは皇帝の単独政治を推奨する保守派と、皇帝の一部の権限の譲渡を推奨する改革派の二派に分かれている。
その改革派が保守派の計略で潰され、そのお抱えである彼女たちに、この魔の領域への進行の命が下されたそうだ。
「命令を拒否することは、できなかったんです。カッシェル様……私たちの、上官を人質にとられてしまいましたから……」
そうして、ちょうど三か月ほど前、改革派の200名の兵士をつれ魔の領域へ到着し、この拠点を発見した。
そこで、何とか拠点を整備し使える状態にし、周辺調査に入ろうとした矢先、事件は起こったそうだ。
「あの日、突然、兵士の一人が自らの首をナイフで突き、死にました。そして……その兵士が魔物になって、しまったんです。あれは影をもぐる魔物でした」
パーシルはマリーシャのことを思い出し、下唇を噛み苦い表情を隠し、ジュピテルの話を促した。
「その魔物はなんとか倒したのです。ですが……」
魔物に対処した際、兵士二名が犠牲になった。
そしてその二名が魔物に変わり、また別の兵を殺していった。
負の連鎖はあっという間にジュピテルの軍に広がり、彼女が対応した時には、10人の精鋭さえも負傷し、軍は壊滅していた。
さらに何者かによって食料の半分が焼かれ、彼女たちは進むことも、戻ることも、留まることもさえ困難な状況に陥ってしまっていた。
「思えば、初めから分かりきっていたこと、なんです。最初に死んだ兵は、しきりに何かを伝書鳩で報告していました。おそらく初めからこの場所で、私たちを……」
「ありがとう。状況は分かった」
つらそうな少女の顔がいたたまれずパーシルは話を切った。
「とにかく現状、その影の魔物はすべて殺した。ということで間違いないか?」
「……はい」
そうと分かれば話は早かった。
パーシルは情報を整理し、分析した。
「アーランド、レイン。今、この周辺は安全の可能性が高い。先ほど依頼した補給の用意を頼めるか」
「心得た」
「オッケー。なべはやで戻ってくるね」
「……なべはや?」
「本当はなるべくはやくの略称『なるはや』なんだけどね。ヴェインが心臓にわるいからやめてくれって」
「オ願イシマス。ちょっとその言葉は無理」
固くなるヴェインを見て、パーシルはヴェインはせかされることが苦手なのかと、心に留めておくことにした。
「それじゃ、行ってくるね」
「それまで飢えて死ぬんじゃないぞ」
「大丈夫だよ。待ってるからな」
軽い足音を残しテントを出ていく二人を見送った後、パーシルは立ち上がった。
「さて、俺たちもやるとしよう。まずは食材の確認と、全員にレモンのはちみつ漬けを飲ませないとだな」
ヴェインもうなずき立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます