第30話 想像をこえてきたかもしれない
翌日、火ノ車亭で『魔の領域調査』の依頼を受けたパーシル達は、大量の支度金と共に、20年前に行われた魔の領域調査の計画が記載された紙を渡された。
「これは?」
「お国様から、参加者に渡される情報よ。二十年前の調査計画みたいね」
その情報によれば、20年前の調査は当時の魔の領域の入り口から中心地と予測されている巨木までの距離を四等分にし、それぞれ調査拠点を設置し、その周辺を調査する予定だったようだ。
参加メンバーも記載されていた。
パーシルの父であるジニスをはじめ、国営ギルドが抱え込んでいる実力者の名前が何名か、いずれも酒場の昔話に出てくるような人物たちだ。
「こんなに参加していたのか」
「ただ、その調査に参加した者は全員帰ってこなかったそうよ。だから、あまり無理はしないようにね。まあ、パーシルなら大丈夫だろうけど」
「分かった。ありがとうシア」
「いいのよ。ある程度の成果でも、あんたたちが生存して戻ってくれば、また稼げるしね」
カラカラと笑い悪びれないシアに、パーシルは苦笑いを浮かべた。
「それじゃいってくるよ」
「いってらっしゃい」
かくしてパーシル達は店を出て、魔の領域への支度を始めた。
まず、用意したのは馬車である。
徒歩でティルスター王国の大森林を直進すれば最短距離で魔の領域へ到達することは可能だが、調査をするとなれば、数週間分の食糧など重い荷物の運搬が必要になってくる。
魔の領域内では性質上、馬は魔物になってしまう可能性があるので使えない。
だとしても途中まで荷台を引くことは可能だ。
その後、領域内では人力で荷馬車を引く。
魔物が襲撃してくる可能性を考えると重い荷物を背負うというのは選択肢としてあり得ないとパーシルは判断した。
次に食糧、主に乾物など日持ちするものを選ぶが、ヴェインがいるということもあり、比較的日持ちするレモンやオレンジ、ライムを買うことにした。
本来は時期がそろわない果物たちなのだが、これもひとえに異世界転生者がもたらした特殊(ハウス)栽培法の結果であった。
それにはちみつを用意し、果物はのちのち保存食に回す算段だ。
最後にパーシルは杭を大量に購入した。
念のため、道しるべとして、地面に差していくためである。
旅に必要なものを馬車にすべての荷物を積み込み、パーシル、レイン、アーランド、ヴェインの四人は一路、魔の領域を目指すため、ティルスター王国から出発した。
そうして、大森林を迂回し、一週間。
整備されていない道はヴェインに負担があったものの、レモン等を気付けとして使うことで、順調に魔の領域までの道を踏破していった。
「見えてきたぞ」
馬車を進めるパーシルは皆に告げた。
彼の言葉通り、馬車の左側を流れていた森が途切れ、そこには一本の巨木の影だけが残った。
その周囲には赤い霧のような瘴気。――魔の領域、前人未踏とされる危険地帯だ。
森を迂回しきったパーシル達はその近くまで到達していた。
「これからの予定だが、まずは20年前の拠点を目指すということだったな」
「ああ、本当にあるのかは確証はないけれど、当時の調査に参加したメンバーなら、少なくとも一番手前の拠点の地点には到達しているはずだ」
「オッケー。それじゃ周辺の警戒は……って、気を付けて!?」
突然風が吹き、瘴気がパーシル達を襲った。
視界が完全に薄く赤い色に覆われ、何も見えなくなってしまう。
だが、それは一瞬のことで、すぐさま瘴気は晴れ、パーシル達の視界が戻ってきた。
「みんな大丈夫か?」
パーシルが振り向き確認すると、荷台に乗っていた全員に異変はなさそうだった。
ほっと胸をなでおろすパーシルをよそに、レインは馬車を引く馬を指さした。
「パーシル前!」
「え」
「―――――!」
馬の声に反応に、パーシルがそちらを向くと、荷台を引く馬に憑りつくように赤い瘴気が取り囲んでいる。
――まずい。
赤い瘴気は生物を魔物に変質させる力を持っている。
そのことはパーシルも理解していた。だから馬は魔の領域に近づいたら捨てる算段でいた。
だが、予定では馬を捨てるのは、数日ほどかけて領域に近づいてからのだった。
――今、馬を失うのはつらいが、仕方ない。
せめて魔物化する前に馬を殺すそのつもりで、パーシルは剣に手をかけた。
「待った!」
ヴェインが荷台から駆けあがり駆け、パーシルの隣に立った。
「――大地を立ち上がる力よ! 以下省略!」
独特の詠唱のあと、赤い瘴気にまとわりつかれた馬は水でも振り払うかのようにその身を振り回し、赤い瘴気を振り払った。
どうやらヴェインが何かしたことで魔物化は避けられたようだ。
いななきを一度上げ、何事もなかったかのように馬は再び荷台を力強く引き始めた。
「何をしたんだ? ヴェイン」
「馬に身体強化の魔術をかけた。全身に魔力を張り巡らせる系統の魔術だからもしかしたらとおもったけど。うまくいってよかった」
「まったく、お前は本当にすごいよ」
本来は、危険なことをしたことに対して叱るべきところなのだろうが、パーシルはまずヴェインをほめた。
この窮地を被害なく収めたのは間違いなくヴェインだ。
――徐々に積極性が増している気がする。いいことなのだろうが、少しさみしいかもしれないな。
まだ早いのかもしれないが、とパーシルはクスリと笑い、ヴェインの頭を軽く撫でた。
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