第20話 確かにバカかもしれない

「一人にしない、か……なるほど」


 パーシルの言葉にフロムロイは大きく息を吐いた。

 その溜息が何を意味しているのか測りかね、パーシルは相手の様子をうかがった。


「なるほど。だが、異世界転生者とこちらの世界の住人は他人だ。安全を取るなら施設に入るといい。最後はヴェイン君、きみの意思だ」


 パーシルの説得は無理と判断したのか、フロムロイは視線の矛先をパーシルからヴェインに代えた。


――こいつ、ヴェインから無理矢理、言質を引き出そうと。

 

 フロムロイから放たれる重圧交じりの重たい視線を受け、ヴェインはすくみ、震えた。

 パーシルは押され気味のヴェインをフォローをしようと口を開いたが「今は、あなたの話ではない」とメガネの女性と言葉を差し込まれフォローの機会を失った。


 確かにその通りではある。


 ヴェインにとって、これまで命の危険は何度もあった。

 もしヴェインが安全を望むのなら、それはパーシルが何を思い、言おうと無駄だろう。


――俺につくのか、フロムロイにつくのかは、ヴェインが決めること、か。


 パーシルは隣で震えるヴェインの背中を軽くたたいた。

 せめて自分の言いたいことは言えるように、と。

 それが効いたのか、ヴェインの震えは少し収まり始めた。


「……パーシルと、一緒に行く。お前と、一緒だと、やりたいことが、できない」

「やりたいこととはなんだ? それは安全や快適を捨ててまで、やるべきなのか? また支援できる内容ではないのか?」

「そうやって、こちらの意見を、つぶしに、来た、時点で、駄目だ」

「これは嫌われたな……」


 髪を二度、三度、がさがさと弄り、フロムロイは「これは使いたくなかったが」とつぶやいた。


「なら、こうしよう、この国のルールだ。ヴェイン君を強制的に保護する」

「それは虫が良すぎる。3か月間、そちらはヴェインを危険な状態にさらしていた。その落とし前もつけずに保護するだって!」


 パーシルにかみつかれ、フロムロイは眉間にしわを寄せた。

 彼には『ヴェインをおとりに使った』自覚がないのか、それとも自覚してなおそのような態度をとっているのか、パーシルはフロムロイを見極めるため観察した。


「その落とし前が保護なんだ。異世界転生者の価値はその知識と特殊なスキル。それを保護する。ヴェイン君だって守られる」


 話合いは平行線に持ち込まれようとしていた。


 平行線に持ち込まれ、日を改め話し合うなんてことになることになると、その時点で強制保護という手札を持っているフロムロイの勝ちだ。

 この国にいる限り、いやがおうにも、ヴェインを連れて行かれる危険性がある。


――このままだとダメだ。何とかこの場でヴェインの自由を約束させなければ。


 パーシルは頭を回す。

 お互いの譲れない部分としてパーシルは『ヴェインと一緒にいる』。

 フロムロイはおそらく『価値ある異世界転生者を保護する』だ。


――異世界転生者の価値とは、知識と生まれ持っている特殊なスキル。なのだとしたら――。


「なら、こちらはこの店の権利とレシピを譲渡する。代わりにヴェインの保護はしないと約束してほしい。異世界転生者の知識で作った店なら、それに見合う価値もあるはずだ」

「なるほど。だが、私は竜の山を越えることができた彼のスキルにも興味があるがね」


 にやりと笑うフロムロイ。

 三か月という情報戦でのアドバンテージ。おそらく、全て準備が整ったから今日ここにきているのだろうとパーシルは苦い表情を浮かべ、自分が持ちうる交渉の手札を確認する。


「……言っておく、お前が望むような、スキルは、持って、いない」


 ヴェインがたどたどしくとも、強い言葉でフロムロイの言葉を否定する。


「どういうことだ」

「所持している、スキルは、はずれ。【接触発熱】という、触ったモノの、温度を、3℃上げる能力。それだけの力」


 フロムロイはじっとヴェインを見つめた。

 睨み付けるわけでもない。それはただヴェインの周りにある何かを確かめるようなまなざしだった。


「なるほど……嘘ではないようだ。だがな……」


 様々な可能性の試算があったのだろう。

 フロムロイはまだあきらめきれない様子だ。

 パーシルは最後の手札を切ることにした。


「情報と言えば、俺の仲間も、アイフィリア教団について調査をし、ティルスター王国における教団員の人数規模などを掴んでいるが」

「な、なんだと!?」


 フロムロイはメガネの女性に「どういうことだ!?」と問いただした。

 彼女は「いえ、調査は竜の山に入った時期からでいいと代表がいったんじゃないですか」と一撃でフロムロイを論破し、フロムロイは演技じみた動きでうなだれた。


「改めて言う。俺から出せるのは異世界転生者の知識を使った店の権利、レシピ、教団の情報だ。それでヴェインの保護は諦めて、俺たちをそちらが言っていたティルスターへの遠征に混ぜてほしい」

「な、何を……!」

「……代表、あなたの負けですよ。ここまでの好条件で渋ったら、私があなたを見限ります」


 メガネの女性に諭され、フロムロイはヴェインにしたようにパーシルにも彼の周囲を探るような視線を送った。

 そしてその数秒の後、大きく息をついて彼は頭を垂れた。


「…………わかった。その条件を呑もう」


 その後、契約の内容をすり合わせたパーシル達は半年後の春の遠征部隊に同伴し、ティルスター王国へと戻ることとなった。


 そして半年後、ヴェインは3歳3か月となった。

 パーシル、ヴェイン、アーランド、レインの四人はサンズライン共和国の荷馬車に乗り込み、ティルスター王国に向かっていた。

 

「わっはっはっは、大統領に口ゲンカとは、お前本当のバカだろう。いや、私はバカが好きだがな!」

「おまけにヴェインを守るためにあの店捨てたのはわかるけど、なんで教団の情報まで出しちゃうのよ! 絶対売れたわよ。いや、この一年、儲けさせてもらったけどさー」

「……すまない」


 その道中で例のごとくパーシルは二人に小突かれていた。

 二人の言葉に、小さくなるパーシルに、ヴェインがそばにより背中をとん、と触った。

 その手は小さい手だが、パーシルには暖かく、以前より力強さがましたような気がした。


――答えを出すときが来たのかもしれない。


 異世界転生者は他人だと妻が言った。

 同じ言葉を国の代表からも聞いた。


 だけども、それは一つの側面だ。


 パーシルは、あの夜、フロムロイと舌戦をして分かりかけてきたのだ。


 同じ食を食べ、苦楽を共に、成長を喜び、ともに歩み、お互いに信頼できる存在。


――それは、もう……。


 その先の言葉をパーシルはしまった。

 その言葉を自分に言う資格はあるのか、いまだに彼は悩んでいた。


 流れていく景色を見て、着実にティルスター王国へと近づいていること感じつつ、パーシルはもう少し猶予がほしいと息を吐いた。

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