もしかすると俺の息子は異世界転生者なのかもしれない
鏡読み
第1話 もしかするとこの子は異世界転生者なのかもしれない
――どうしてこうなったのだろう。
子供が生まれた。
長く冒険者として生活をしていたパーシルにとって、それは喜ばしい話のはずだった。
――どうして……。
三日ぶりに家に帰ったパーシルの目の前には生まれたばかりの赤子と、置手紙。
『私には、この他人を育てることはできません』
置手紙には端的にそれだけ書かれていた。
それは妻がもうこの家に帰ってこないという事実を示しており、パーシルを深々と突き刺した。
――どうしてこうなったのだろう。
パーシルの思考が堂々巡りする。
何が悪かったのか。どうして、彼女が腹を痛め生んだ息子を他人と呼ぶのか。
――いや。
パーシルは手紙を置き、改め、生まれたばかりの息子を抱き上げる。
妻に似た黒髪、顔だちも整い、親心の忖度を除いても将来は精悍な若者になると感じさせる赤ん坊だ。
「FO^ZQ」
赤子はこの聞いたこともない言語をつぶやいた。
意味は解らない。ただ明確な意思を持った、おそらく意味がある言葉。
およそ生後一か月の赤子ができることではない。
本来、この時期は子供は泣くことしかできないはずなのだ。
――もしかしたら、俺の息子は異世界転生者なのかもしれない。
パーシルはその奇怪な状況を冷静に飲み込んでいた。
異世界転生者――それはこの世界においてある日を境に生まれてくるようになった存在。
彼らはそれぞれが特殊なスキルを取得し、高度な技術の知識を有しているとされている。
そしてパーシルのいる国ではその特異性から、貴族や王族はこぞって彼ら転生者をかき集め、使いつぶしていた。
「お前は一人でも大丈夫なのか?」
だが、それは貴族や王族の高水準な環境で『この子』が生活できることでもあると、パーシルは赤子に言葉を投げかけた。
赤子からの返事はなく、ただ宙に手を向けばたばたともがいている。
意味のある言葉は話せても、こちらの言葉を理解する知識はまだないのだろう。
――生まれたばかりなのだから、なにも知らないのは当然だ。たとえ高度な知識があってもこの赤子は決して強いわけではない。
『お前は、強い子だから大丈夫だ』
ふと、パーシルは父の姿を思い出した。
それは広い背中と、皮の鎧の苦い匂い、銀色の剣を腰に掛けた冒険者の姿。
生きていけるだけのお金は残していったが、幼いパーシルを置いて、一人冒険者としての生き方を選び、父は帰ってくることはなかった。
『あなたはあの人の子なのだから、一人でも大丈夫でしょう』
そして母。
もともとは優しい人であったが、父がいなくなったことをきっかけに現実から逃げるように酒を飲み続けた。
しまいに父が残した金を使いこみ、酒におぼれ、路上で知らない男に刺されて死んでしまった。
ゆえにパーシルは一人で生きていくしか無かった。
その体験が、彼に選択肢を与えていた。
あの両親と同じになるのか、ならないのか。
ここでこの子を見捨ててしまうことは容易い。貴族たちにこの赤子を預けてしまえばいいのだ。
だが、それはこの子にとって親に置いて行かれたということにならないか。
あの時の自分と同じになってしまうのではないか。
父と母のように――。
――それは嫌だ。生まれたばかりの子にあんな思いをさせるなんて。ならば……
この子を育てよう。
たとえ異世界からの転生者であっても、生まれてきた子が誰にも祝福されないなんて悲劇、あってはならないと、パーシルは決意した。
「俺がお前を育ててもいいのか、ヴェイン?」
「M4、F7H、・D……」
妻のマリーシャが残していったものが一つだけあった。
ヴェイン、という息子の名前だ。
意味は――灯火(ともしび)。
人生の道を行く上で迷わないようにとつけられた名前だった。
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