83、真面目なお話より、美味しい食べ物! と、サイラス!
翌朝、フィロシュネーのベッドで眠る人物に、侍女のジーナが目を丸くした。
「ひ、姫様……その方は」
「ふぁい、わが国の預言者ですわね」
フィロシュネーは目をこすりながら身を起こし、熟睡するダーウッドの白銀の髪を勝手に毛づくろいしていた子ドラゴンを抱き上げた。
「昨夜拾いましたの」
頬をふにふにとつついてみても、ダーウッドは全く反応しなかった。
「もしもーし。小鳥さん」
鳥のときと変わらない無反応ぶりだ。
「姫様、拾ったとはいったい」
「バルコニーに落ちていましたの。お疲れのようだから、ゆっくり休ませて差し上げて。それと、他の方には内緒にしてくださいます?」
フィロシュネーはジーナに口止めしつつ、身支度をした。
迎賓館の前には、ずらりと三国の騎士が並んでいる。そして、それぞれを率いるトップが三すくみ状態でにらみあっている。
「ですからね、ノイエスタルさん~。時間で交代制にしましょう? 我々は対等であり、機会は均等であるべきです」
「カントループ殿は単なる商会の会長ではありませんか? 婚約者候補の権利を主張されても……」
「決闘いたしましょう決闘。わかりやすいではございませんか」
(何をなさっているのかしら)
フィロシュネーが呆れがちに近づくと、揃って挨拶をしてくれる。交代制になったのかはわからないが、馬車にエスコートしてくれるのはサイラスだった。
風は控えめで、穏やかな朝の日差しが芝生を鮮やかに照らしている。
視界に、ひらりと赤いマントがひるがえる。
サイラスは右手を腰に添え、左手を胸の前で軽く合わせた。頭を少し下げ、目線を合わせて口角を上げて微笑む仕草は優雅で、隙がない。華麗という言葉が似合う姿に、フィロシュネーは目を奪われた。
「お約束通りにお迎えに参りましたよ、姫」
ゆったりと紡がれる声には、余裕がある。フィロシュネーは夢心地で馬車へとエスコートされた。
「す、素敵」
「練習しました。お気に召しましたか」
「とても綺麗だったわ。格好よいです」
思わずポロリと感想がこぼれると、サイラスはちょっと困ったような表情になった。
「お友達に自慢できますか」
「うん、わたくし、たくさん自慢するわ」
「それはなにより。ですが、格好つけただけでそんなに喜ばれると、心配になりますね。悪いことをしている気分になりますし」
「え?」
フィロシュネーが首をかしげていると、サイラスは生真面目な声で語る。
「年上の男性は、格好よくて頼りになるように見えるものです」
「そう? わたくし、脂ぎっていて不潔なおじさまはあまり格好よく思いませんわよ」
「異性に慣れていない姫を扱いやすいとみて誘惑する男性も、世の中にはたくさん存在します。彼らは甘い言葉で姫をたぶらかそうとするでしょう」
「わたくし、異性に慣れていなくて扱いやすい?」
お菓子とドリンクが差し出される。取り繕うような笑顔は、失言したなーって顔だ。わかりやすい!
「姫、こちらはフラワリー・コーンパフです」
「誤魔化す気ですわね。ところで、このお菓子はなぜコーンパフがピンク色なの」
「ベリー系の食用色素で染められています」
紹介されたカラフルな縦長の箱に盛られた粒状の菓子は、コーン・パフを半分パステルピンクに染めていて、見た目がとても可愛らしい。
「よろしい? サイラス? わたくし、子供ではないの。お菓子で誤魔化されると思ったら、大間違いなのよ」
ふわりと広がるバターの香りが鼻をくすぐり、ひと口食べると口の中でパチパチと音を立て、まるで祭りの花火を見ているかのような爽快感。サクサクとした食感とともに、甘みがじんわりと広がり、一度食べ始めると手が止まらなくなりそう。
「冷めても美味しさが落ちることがなく、どんな時でも手軽に食べられるのも魅力の一つです」
「美味しい……」
あわせて出されたドリンクは、さわやかな空色のジュースの上に雲のようなふわりとしたクリームがトッピングされている。
「姫、こちらはスカイ・フロスティです」
この飲み物は、空から舞い降りてきたような神秘的な味わいだった。口に含むと、柔らかくて滑らかな舌触りとともに、上品な甘みと微かな酸味が広がる。トッピングされた雲のようなクリームは、ふわっふわ。
「わたくし、この飲み物が気に入りました」
「それはなにより」
フィロシュネーはニコニコした。真面目なお話より、美味しい食べ物! 誤魔化されてあげましょう!
「ねえ、サイラス。わたくしが贈った本はどこまで読んだの?」
そういえば、と思い出して問えば、意外な返事が返ってくる。
「以前の本は読み終えて、お手紙で書いていらした本を読み始めました」
「えっ、あの三角関係の本? アランとベリルの二人のヒーローが出てくる本? 『シークレットオブプリンセス』?」
「83ページまで読んでいます。俺はアランが好きですね」
「まあ、まあ! あ、あなた、自主的に他の本を読むようになったのね、アランは応援したくなりますわよね。やだ、可哀想……」
「可哀想とはなんです」
だってアランは報われないのよ……わたくしも応援していたけど、アランって幸せになれなかったのよ……フィロシュネーは口を押さえて目を逸らした。
「あなたの読む楽しさを守るために、わたくしは何も言わないわ」
「いえ、俺は先に姫のお手紙でアランが当て馬なのは知ってますし、そのリアクションで色々察することができるのですがね」
「はっ、そういえばお手紙にいろいろ書きましたわね!」
馬車がとまって案内されるのは、各神の教会が並ぶ街道。治安が良さそうだ。お店がいくつも並んでいて、見ごたえがある。
後ろに続いていたらしき馬車からは、学友たちやカントループ商会のメンバーも降りている。
奥から働き者の金属加工の音が聞こえる鍛冶屋。手縫いの革鞄や財布、帽子などを扱っている革細工屋。
美しい宝石や装飾品が並んでいる宝飾商人の店。様々な薬草や薬瓶が陳列されている魔法薬店……。
並んでいる商品を見て、フィロシュネーはダーウッドを思い出した。あの疲弊した様子は、たぶん魔力を使いすぎたときに生じる魔力欠乏症状ではないだろうか。
フィロシュネーの脳裏に、神鳥に魔力を吸われて寝込んだ体験がよみがえる。
「魔力回復薬と、……魔宝石をくださる?」
魔宝石に魔力をこめて「この魔力を使っていいのよ」と言ってあげたら、喜ぶのではないだろうか。フィロシュネーが思い付いて魔宝石に手をかざそうとすると、傍らから手が伸びて止めた。
「魔力を注ぐなら、俺がいたしますよ、お姫様」
「まあ。紳士的。素晴らしいわ、サイラス」
「女王陛下の寵姫様にも好評です」
「その一言が余計なのよサイラス」
サイラスは当然のように言って、さっさと魔力をこめてくれた。
「そういえば、ありがとうの魔力もあなたはたくさんくれるのだったわね。魔力の量が多いとか、あるのかしら?」
「ありがとうの魔力とはなんです?」
「あっ、いえ。なんでもないのよ」
覗いた店の店主が珍しそうにフィロシュネーの瞳を見ているのが気になったので、フィロシュネーは店を出たタイミングで瞳を変えてみた。目立たない方がいいと思ったのだ。
「だいすき、ハルシオン様」
ハルシオンの指輪を使えば、瞳が変わる。便利!
「どう、サイラス。この指輪、目を隠せるの」
王族の瞳ではないわたくしって、どんな感じ?
様子をうかがうと、サイラスは懐かしい表情になっていた。上から見下ろすような、目を細めている表情だ。
「なんですの、そのお顔」
「いえ、ひどい呪文だと思いまして」
なにやら、不満そう。
フィロシュネーはハッとした。
「もしかして、それは嫉妬なの? 拗ねています?」
目を輝かせて問えば、サイラスは少し困り顔になった。
「俺はただ、呪文の趣味が悪いと思っただけです。拗ねていません」
真実味のある温度感だったので、フィロシュネーはちょっぴり残念になったのだった。
「そう……」
「あ、いえ。拗ねています。嫉妬してしまいますね」
「慌てて言っても、もう遅いのっ」
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