81、青い鳥さん、抱き枕の刑です
友人たちとはしゃいでいた時間が過ぎて、優しい静寂の時間が訪れる。
「子ドラゴンさん、わたくしと寝ましょうか?」
すっかり懐いた子ドラゴンに声をかけると、子ドラゴンは外の方向を気にしていた。
「ぐるる」
フィロシュネーは首をかしげた。
「何かいるの?」
バルコニーを覗くと、コロンと転がっている青い色が見える。鳥だ。動かない。
フィロシュネーは驚いて鳥を拾い上げた。
「まあ、あなた。ダーウッドよね? 違う? 別の青い鳥さん? 野鳥さん?」
鳥は、ひんやりと冷えていた。呼びかけてみても、反応はない。
生きている? 死んでいる? フィロシュネーは不安になった。
フィロシュネーは、手で鳥を包み込むように優しく抱きしめた。
宿泊している部屋には室内風呂があり、その湯舟にお湯をためていた。フィロシュネーは、鳥を両手で包み込みながら治癒魔法をかけ始めた。そして、両手で包んだ鳥の身体を湯舟に浸してみた。冷えた身体を温めるにはよいと思ったのだ。やがて、鳥の身体からヒンヤリとした感触が消え、身体が温まっていくのが感じられた。
どうやら、生きている。安心したフィロシュネーだったが。
「あ、あつ、あつい! お、お湯っ……、なぜ――し、死ぬ! ごぽっ、ごぽ」
「あっ!」
鳥は意識を取り戻したようで、いきなり羽をバタバタとお湯を跳ねて暴れ始めた。
人語を発するので、フィロシュネーは鳥が間違いなくダーウッドなのだと確信しつつ、慌てた。
「暴れないで、ちゃんと支えているから溺れないわよ! ……きゃあ!」
手の内側にあった鳥の気配が膨れ上がる。目に見えない魔力に弾かれてバランスを崩したフィロシュネーは、よろけて後ろに尻餅をついた。
視線の先では、さっきまで鳥の姿だったダーウッドが人に姿を変えて、浴槽のふちに手をかけてぜえぜえ言っている。
「ごほっ、ハァ、ハァ……」
「た、助けてあげようと思ったのよ。わたくし、あなたがバルコニーで転がっていたから……動かなかったし……治癒魔法だってかけてあげたの」
「はぁっ……」
ダーウッドは息を整えながら頷いた。フィロシュネーはちょっと焦りながら、言葉を足した。
「わたくし、悪くないでしょう? そうではなくて? あ、あなたは、どうしてあんなところで転がっていたのよお」
「い……異国に滞在する姫を見守っていたので……」
「み、見守ってくださっていたのね! ありがとう。でも、あなたちょっと死にかけていなかったかしら? わたくし、死んでいるのかと思ったわ」
「うとうとしていただけですぞ」
「熟睡してました!!」
呼びかけても起きなかったもの! フィロシュネーは冷えた身体を思い出して、手を伸ばした。
「眠るなら、ちゃんとした場所で眠りなさい。わたくし、びっくりしたのよ」
フィロシュネーはお湯をかけて肩を押し、ぐいぐいと湯に沈めようとした。
「ちょっ、姫殿下。なぜ私を溺れさせようとするのですかな」
「あたたまりなさいって言っているのよ。浸かるだけよ。溺れませんっ。肩まで浸かるのよ、肩まで」
「溺れます! 溺れます!」
「だから、暴れないで。大人しくしていたら溺れませんってば……」
ダーウッドはお風呂が苦手らしい。フィロシュネーは意外な弱点を見つけつつ、浴槽から逃れたダーウッドの身体が濡れたローブを脱ぐのを手伝って、ナイトローブをまとわせてあげた。
「外交団にあなたの名前はないけど、追加します? 新しいお部屋を用意していただくわ」
「いえ。すぐにお
「出て行ったあと、またバルコニーで眠るのではないでしょうね……?」
「そもそもバルコニーで眠るつもりではなかったのですが。外交団に名前を追加されても困ります」
「困るの?」
ぐったりと疲れた様子の身体は、そのまま寝入ってしまいそうなほど大人しい。されるがままだ。
「ふむう。まあ、いらっしゃい」
フィロシュネーは自分の天蓋付きベッドにダーウッドを引っ張っていった。
「姫殿下、お気遣いはありがたくございますが、私は臣下です。私が姫殿下のベッドで休むことは許されません。また、姫殿下もお疲れでしょう。私は大丈夫ですので、心配なさらずにお休みください」
「そうなのよ。あなたは臣下なのよね。だから、わたくしが許すので口答えしないでわたくしの抱き枕におなりなさいな。わたくしの夜を騒がせた罪で、抱き枕の刑です」
「はっ……?」
フィロシュネーは有無を言わせず、刑を実行した。
微妙に慌てた気配が、しばらくして大人しくなっていく。物分かりがいい。ダーウッドは、権力者に命令されることに慣れている。
抱き枕の体が自分よりも
「わたくしの学友たちは、お胸がふよんと育っているのよ。あなた、どう思いまして?」
「人はそれぞれに個性があり魅力的でございますし、外見に関する価値観は人それぞれだと感じています。胸の大きさにこだわるよりも、相手の内面を知ることが大切だと思いますかな」
預言者に性はない。それは、父青王クラストスの教えだった。
この預言者は、フィロシュネーと同じ「ニュエ」というミドルネームを持っている。王族生まれで男性的な身体的特徴があったら「ルエ」のミドルネームをたまわるので、この預言者は男性ではない。二次性徴が訪れる前に成長が止まり、次代に子供を残すという大切な仕事ができないため、女性としての扱いも認めない。
それが青王クラストスの弁だった。
「わたくしの婚約者候補、ノイエスタル準男爵は成熟したレディがお好みだと思うのよね。やっぱり、身体付きって大事だと思わない? わたくし、ふくよかな令嬢を見ていると、劣った気分になるの。王族ってどうして体付きが貧相なのかしら。あなた、この件について解決策を献上できます?」
気だるげな声が返ってくる。
自分には全く興味がない、関係ないといった空気感。
フィロシュネーは香水を贈られたときの笑顔を思い出した。
「無理です」
「まったく共感してくれないのね。わかってくれると思ったのに」
「なぜ私にそのような期待をなさるのですかな」
「ぺったんこだから」
「ぺ……」
あら、不満そう。人間らしい反応じゃない?
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