4、わたくし、予知夢をみる能力があったり、一回死んで人生をやり直していたりしない?
わたくしの国は、理想の国。
民が幸福で不自由なく暮らす、光あふれる豊かな国。
ぜんぶぜんぶ、
お父様は、神様みたいな存在なの。
そしてわたくしは、そんなお父様に愛されるお姫様。
『余計な知恵をつけず、ただ可愛らしいだけの姫であれ』と育てられた、
とびっきり可愛くて、高貴で。でもそれだけじゃ、だめ。
フィロシュネーは、特別な存在になりたい。
誰かの役に立ったり、励ましたりしたい。人を助けたりしたい。
友達が欲しい。恋もしてみたい……。
* * *
「はっ……、あ、朝ね。わたくし、正気ね? 生きていますわね?」
鳥の声が爽やかな朝を彩る。
目を覚ましたフィロシュネーは、昨夜の事件を振り返り、謎の白昼夢について考察した。
(わたくし、予知夢をみる能力があったり、一回死んで人生をやり直していたりしない?)
悪夢や白昼夢は、未来なのではないか?
フィロシュネーはそう思った。
フィロシュネーの本棚に並ぶ本には、没収された一冊以外にも「人生を失敗して不幸な死を迎えたあと、過去に戻っていて、失敗した記憶をもとに再び人生をやり直して今度は幸せになる」という物語がある。
なにせ未来の知識があるので、これから起きることを知っている強みを活かして主人公が大活躍する。そして、未来をどんどん変えていく。
そういった本は読書家の間では『
(わたくし、物語の主人公みたい……わたくし、特別な存在なのかも!)
ただ、『
(これからもっと思い出すのかもしれないわ。ひとまず、できることとして……お父様やハルシオン様のお心のうちを探ってみたり、国のことを調べてみましょうか)
侍女に身支度をしてもらい、朝食を済ませながら、フィロシュネーはそわそわした。
自分が殺されるかもしれない、というのは怖い。でも、自分が物語の登場人物みたいに特別だと思うと、怖さを相殺するような高揚感もある。
「姫様、昼食会はいかがなさいますか」
「参加しますわ」
昼食会は隣国の賓客と親睦を深める会だ。父はサイラスも同席させるらしい。
ハルシオンのインパクトが大きかったが、サイラスも思えば問題のある人物だった。ほっておいたらいつどこの貴族を敵にまわすか、わからない。
(わたくしの婚約者は、『スパダリ』じゃないとだめなのよ)
スパダリとはスーパーダーリンの略であり、この国の貴族令嬢が恋愛物語によく出てくる理想のヒーローキャラのタイプとして呼び始め、略すようになった俗語である。
(わたくしはスパダリな婚約者を周り中に見せびらかして、自慢したいのに)
自室で昼食までの時間を過ごしながら、フィロシュネーは本棚の本に目を留めた。タイトルは『私はあなたに
(そういえばこの本のヒーロー、『あなたを愛することはない』って言ってるわ! サイラスみたい!)
内容は、最初ヒロインに冷たく接していたヒーローが終盤で後悔するストーリーだ。フィロシュネーはそのヒーローにサイラスを重ねた。
落ち着いた雰囲気の大人で、強くて頼りになりそうで、でもちょっと冷たい美青年。
彼が自分を想ってくれたら。執着してくれたら。
……
(サイラス……! わたくし、あなたに学ぶチャンスをあげる。この本を贈ってあげます。貴族社会のことも書いてあるし、読んでお勉強なさいな。ふふふ! ……あの男をわたくし好みに染めてあげるのって、なかなか楽しい遊びなのではなくて?)
フィロシュネーはメッセージカードに文字を書き、侍女に渡した。
「このメッセージカードを、サイラスに届けてくださる?」
メッセージはこうだ。
『この本を読んでお勉強なさい。チャンスをあげます、サイラス。
何のチャンスかって?
……それは、「貴族社会にふさわしい振る舞いをするスパダリになる」と誓うチャンスです!
あなたにとって神様にも等しい、とっても偉いお姫様より』
(ふふん。『神様にも等しい』『とっても偉い』という文言はちょっと幼稚な感じだけど、あの敬意のない方には、これくらいハッキリ書かないとわからないんじゃないかしら!)
「かしこまりました姫様。……ご体調は、いかがですか」
名前も知らない侍女が、おそるおそる問いかける。
「わたくし、とっても気分がいいの。ぜんぜん問題ありませんわ!」
その一、お父様やハルシオン殿下に気をつける!
そのニ、自分の国のことを調べてみる!
その三、サイラスを理想の英雄にする!
日記帳に目標を書いて、フィロシュネーはやる気を出した。
(わたくしはハッピーエンドが大好きなの。華麗に破滅を回避してみせますわ!)
* * *
昼食会に参加するのは、重要な人物たちだ。
フィロシュネーの父である
隣国、
高貴な関係者の脇を固めるのは二国の外交官たちで、警備兵が会場を守っている。青王は、サイラスも呼んでいた。
昼食会の会場に入る前、父である
「シュネーよ、昨夜はよく休めたかい。パパは頭が痛いかなぁ」
お腹をさすって気弱そうに笑う青王クラストスの手には、指輪が
『シュネー、スピネルはね、他の宝石によく間違われる変装の達人なんだ。無能で気も弱いのに王様のお仕事をしているお父様にぴったりだろう?』
と、教えてもらったことがある。
父は無能で気弱なフリをするのを好むだけで、無能でも気弱でもない。
スピネルを見せて変装の達人だと語ったのは「自分が演技をしているんだぞ、弱そうに見えてもパパは強いんだぞ」とアピールしたのだ。
「お父様がおさえていらっしゃる場所は、頭ではなくてお腹ではないかしら」
「パパは胃も痛いかもしれないんだぁ」
「ちなみに、わたくしの昨夜の夢には変態が出てまいりましたわ」
「心に傷ができてしまったのかなぁ」
青王クラストスは同情的な眼差しながらも、「彼は友好国のハルシオン殿下なので、変態呼ばわりしないように」と
フィロシュネーはサン・エリュタニア
ハルシオンは西に隣接するサン・ノルディーニュ
「わかりましたわ、お父様」
フィロシュネーは従順に返事をして、青王クラストスのお腹に手をかざした。手から発する淡い光は、王族が得意とする治癒の魔法だ。
「お父様、お仕事、お疲れ様です」
「シュネーはいい子に育ったね、よしよし、しめしめ」
「お父様、その口癖、いつも思うの。しめしめは悪人っぽくなくて?」
果たして、父は『悪辣な王』なのだろうか。
フィロシュネーはひやひやとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます