第4話 勇者と魔王とトレジャーハンター
倒れた熊の魔獣の下から、もぞもぞと這い出るニロ。
「ニロっ!」
泣きそうな顔で、ネアが飛び掛かり抱き着いた。
「大丈夫だよ、ネア」
体中が痛むし、投げた時に硬い体毛にやられ、顔も肩も血だらけだった。
それでも起き上がり、ネアに心配ないと笑ってみせる。
「ははっ、とんでもねぇな。お前ら
追って来た男が、呆れたように声をかける。
「さっきの野盗の人」
「ついて来てたの? アタシたち、お金ならないよ」
ひどい言われようだ。
「おいおい、人聞きの悪い事言うなよ」
「盗賊じゃないの?」
ニロを支えるネアが、疑うような目で男を睨む。
「ひどいな。俺はイアン、トレジャーハンターだ」
「同じじゃないの」
「盗賊じゃなくて盗掘屋か」
名乗ったイアンに、二人の反応は酷いものだった。
「同じじゃねぇよ。盗掘じゃなくて、遺跡調査が仕事だよ」
「「ふ~ん」」
二人共、興味なさそうだ。
「そうだ。町の人達を助けにいかなきゃ」
ニロが、燃える町を思い出した。
「あれ? 火が消えてる……燃え尽きたの?」
町は火も消え、静かになっていた。
いつの間にか悲鳴も聞こえない。
その時、ニロの後ろに倒れていた魔獣が、突如立ち上がる。
まだ死んではいなかったようだ。
「フゴォオオオッ」
一気に起き上がった魔獣が、その爪を振り下ろす。
イアンも、振り向くニロもネアも、反応が遅れてしまう。
瞬時にかわせないと覚ったニロは、ネアを抱き寄せ、爪に背を向ける。
咄嗟にその身を盾にしたニロだったが、その背に衝撃はこなかった。
「グゥオオオオッ」
魔獣の悲鳴があがる。
振り下ろした左腕が、肘の辺りから切り落とされていた。
「え……なにが……」
何が起こったのか理解できないニロが、振り向き固まってしまう。
「な、なんだありゃあ……」
見ていたはずのイアンも、目の前の出来事が呑み込めない。
「なかなか頑張ってたけど、とどめを刺さないと危ないよ」
魔獣と二人の間を駆け抜け、魔獣の腕を切り落とした少年が振り向く。
人とは思えない速度で、駆け抜けた少年剣士に目を奪われる三人。
突如感じる、凄まじい威圧と魔力に振り向く。
一見若く見える青年が居た。
宙に、空中に青年が居た。
威厳を感じさせる青年は、そのまま静かに、呟くように呪文を唱える。
「比類なき力、死の悪魔。
魔獣の足元から伸びた太い縄が、その先の輪が熊の首にかかる。
いつの間にか、魔獣の足元は暮れてきた空よりも暗く、黒い闇が広がっていた。
その穴のような闇に、ゆっくりと魔獣が呑み込まれていく。
魔獣を呑み込んだ闇は、現れた時と同様に、いつの間にか消えていた。
注) アストー・ウィーザートゥ
ゾロアスター教において、比類なき力をもつといわれる存在です。
死を司る悪魔といわれています。
現代でもいわれる「首に縄をつけてでも~」の語源(嘘)ともいわれています。
首に縄を巻き付け、地獄へ引きずり込む悪魔らしいです。
死んだ者をロープで、地獄へ運ぶともいわれます。
そんな悪魔の力を使える青年は、何者なのでしょうか。(異世界の魔王です)
あまりの事にニロもネアも、イアンも首振り人形にでもなったかのようだった。
そこから動けず、ただただ首を振り、少年剣士と青年魔術師を、交互に見比べる。
そんな彼等を見て、少年剣士が笑顔で青年の元へ。
降りて来た青年の前で振り返り、少年剣士が楽しそうに名乗りをあげる。
「
「……マスカット」
力強く名乗る少年の後に続き、仕方なく、といった感じで青年がつぶやく。
ため息が漏れそうな程、やる気なくつぶやいた。
注) おかしな名乗りの二人。
誤謬は簡単にいうと、間違えている事です。
無謬は簡単にいうと、間違えていない事です。
世界を周り、人々を助け、生き抜く力を授けて廻る。
そんな暇つぶしを始めたようです。
異世界から召喚された二人。
彼等は、異世界の魔王と勇者だったりします。
この世界を支配したり滅ぼしたり、魔王を倒したりはしないようです。
「いやぁ~きみたち、頑張ったね~。でも、危ないから気をつけないとダメだよ」
少年剣士が、ニロとネアに興味を持ったようだ。
「助けてくれてありがとう。そうだ! まだ町に魔獣がいるんだ」
残りの魔獣に気付いたニロが、ナイフを拾って町へ向かおうとする。
魔獣に刺さっていたナイフは、熊が居た場所に落ちていた。
魔獣と一緒に地獄とやらへ、引き摺り込まれてはいなかったようだ。
「もう片付けた」
「え?」
魔法使いか、青年がぼそっと、口にする。
「さっきの熊が最後だよ。町の魔獣は、僕らが片付けたから大丈夫だよ」
少年が、ニロに笑いかける。
「あ、あんたら……いったい何者なんだ」
「今、名乗ったろ、僕は剣士グレープ。彼はマスカットだよ」
あからさまにふざけた、偽名で通す気のようだ。
作り物のように整った顔の青年魔術師が、マスカットの名に顔を顰める。
あからさまに嫌がっているようだ。
数十体いた狂奔する魔獣の群れを、たった二人で片付けたという。
何者なのか不思議な二人。
ニロとネアは魔獣を追っていた理由を話した。
「へぇ~、魔王がねぇ……それは大変だったね」
「だが、剣も魔法も使えずに、魔王は倒せぬぞ」
不思議な二人は、無謀な二人の行動を咎めもせず、あざけりもしなかった。
「でも、村の皆の……家族の仇をとりたいんだ」
それだけが、その狂気ともいえる感情だけが、ニロとネアを支えていた。
そうでもしなければ、心が壊れてしまう。
二人はどこかで、それを知っていたのかもしれない。
「じゃあ剣の使い方くらいは、覚えないとね。さぁ、剣を抜いて」
「え? 剣を……」
「少しだけ、使い方を教えてあげるよ」
「お、お願いします!」
「なんだ……なんなんだ……」
何一つ理解できずに、一人佇むイアン(27)であった。
注) 寿命の短い世界です。
王国では15で、ニロの村では14で成人です。
江戸時代初期の日本と近い感覚でしょうか。
日本では30代で子に仕事を譲り、隠居する人もいたようです。
30代で孫がいても、おかしくない時代です。
女性は20で年増、22で大年増とよばれました。
25でおばちゃん。
30を超えると、孫がいる年代なので、
まぁ、人生50年ですから。
実際の江戸時代の男性の平均寿命は、40代前半だったようです。
この世界も、それと大差ない感覚となります。
現代とは違うので、ご注意ください。
次回予告
異世界勇者と異世界魔王に鍛えられ、魔王討伐を目指す少年。
チートなしで、どこまで強くなれるのでしょうか。
普通は『修行編』に突入する流れなのではないのでしょうか。
そんなものは存在しません。
人生50年。のんびりと修行なんて、している暇はございません。
命懸けの一夜漬けでございます。
修行を終えて、魔王討伐へ旅立つ少年少女。
そんな次回でございます。
予告で次回が終わってる……次回はあるのでしょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます