〖本編〗 女神の剣

とぶくろ

第1話 魔獣

〔序章〕 丘の上の小さな教会で……

 の続きとなります。

 お忙しいところ恐縮ですが、序章からお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330652851398156

 既に既読の方は、そのままご覧ください。



 100年とも200年とも、いつから続くのか。

 もう誰も理由すら覚えていない、いや、誰も知らない。

 そんな戦が、長く、永く続いていた。


 レシア王国の西側には、魔王を名乗る魔族が統べる魔族の国があった。

 その国には名が無かったので、いつからか魔界と呼ばれるようになった。

 別に異界ではなく、地続きの隣国で、同じ大陸ではある。

 その魔界の魔族が、王国に攻め込んで来た。

 何故か、いつからか、それはもう忘れられてしまったが。

 王国西の国境で、戦乱は数百年続いていた。

 辺境伯率いる王国軍は、強力な魔族の侵攻を、良く防ぎ戦い続けていた。


 そんな前線では、休む間もなく魔族との闘争が続いていた。

「奴ら、どういうつもりなのだ」

「やはり、何かを待っているのでしょうか」

 魔族は強力であった。

 いつ前線が崩壊し、国じゅうが蹂躙されても、おかしくない程に。

 それでも100年以上、人類は国境を護り続けていた。

 魔族は何かを待っている。

 いつからか、そう噂されてきた。

 それでも、魔界へ攻め込める程、優位にも立てない。

 結局、国境付近でのせめぎ合いだけが、いつまでも続いていた。


「この状況を打開する策を実行しよう」

「では、あれを……」

「そうだ。あの遊撃部隊を投入するぞ」

 虎の子といわれる遊撃部隊があった。

 王国の精鋭が集められた、特殊部隊だった。


 起死回生の反撃作戦。

 前線を迂回し、遊撃部隊を魔界へ潜入させる。

 国境近くにある魔族の村を襲撃し、橋頭保とする。

 それを拠点とし、村人を人質にしつつ、前線部隊を挟撃する。

 そんな、どちらが『魔』なのか、疑いたくなるような作戦だった。

 ついに前線指揮官は、それを実行に移す。


 魔界に潜入した遊撃部隊が、標的にしていた魔族の村を発見する。

 いざ、作戦に移ろうという所で、野生の魔獣に出会ってしまう。

「仕方がない。騒ぐ前に片付けるぞ」

 少々、大型の魔獣とはいえ、相手は二体。

 部隊長は掃討を指示する。


 大きな牙が、みっしりと生えた大きな口の、カバのような魔獣が駆ける。

 兵士の脇を駆け抜け、大きな口で兵士の肉を削ぎ、噛みちぎって行く。

「ぐぼぁ! ぐぅ……くそぉ」

 片腕を脇腹ごと食い千切られ、ハラワタがこぼれだすペイジル。

「ぐぅあっ! くっ……こ、こんなところでぇ」

 トカゲのような体の魔獣が、勢いよく兵士に突進していく。

 細く長い、槍の様な角で兵士のからだを貫いた。

 串刺しにされながらも、なんとか角から逃れようと、もがく兵士ウィレム。

 81人居た精鋭の遊撃部隊が、たった二匹の魔獣に蹂躙される。

 瀕死の二人、ペイジルとウィレムを残し、全滅していた。


 そこへ標的としていた村から、魔族の村人が寄ってくる。

「おっ、肉だ。今日はごちそうだなぁ」

「おやぁ? 人間も紛れ込んでるぞぉ」

「なんだ、こいつらにやられたのかぁ」

「相変わらず、人間は貧弱なんだなぁ」

 ヒトを喰らいに、集まって来たのかと思ったが、目的は違っていた。

「見てくれよ、今日の大根も美味そうだろぉ」

「カバ肉の脂身は、大根と煮るとたまらんよなぁ」

 魔界の農民にとって、王国の精鋭を壊滅させた魔獣は、晩飯でしかなかった。


 死にかけて倒れた、ペイジルとウィレムが最後に見たものは。

 二体の魔獣を、素手で屠る農民の姿であった。

 兵士どころか、村人の強さが精鋭部隊以上だった。

 王国軍は数百年、いったい何と戦っていたのだろうか。


 そんな西の最前線から、遠く離れた東の国境付近。

 東の隣国、ダリア通商連合との境の山脈。

 その山間やまあいに、小さな小さな集落があった。

 古くから張られた、強力な結界に護られた『村』と呼ばれる、集落があった。


 その村の入口には、数千年を生きるといわれる『エント』という、霊樹が居た。

 人語を解し、周囲の木々を操るといわれていた。

 そんな霊樹と結界に護られた、平和な村に、魔獣の群れが雪崩れ込む。

 二十体を越える魔獣が突如、結界の消えた村へ、一斉に雪崩れ込んでいく。

 まるで、この時をずっと、待っていたかのように。


 村の猟師ニロは、狩りに出ていたが、山の異変を感じ取る。

 やっと14才になり、一人前の猟師として、大人として一人立ちしたばかりだった。

「魔獣が……なんだ? 一斉に移動しているのか?」

 こんな事は、今までに経験したことがなかった。

 少年は特製のクロスボウを背に負い、村へ向かって駆けだした。


「そんな……エン爺……ルークなのか?」

 村の入口で、ずっと暮らしを見守ってきたエント。

 老木は引き裂かれ、根元から引き千切られていた。

 その幹にあった、老人のような顔も消えていた。

 その傍らには、分厚い図鑑を抱えた少年が横たわる。

 顔のほとんどはなくなり、ハラワタを食い散らかされた姿で。


 村の中は、かつてないほど、静まり返っていた。

 フラフラと村へ入るニロ。

 その目に映るものが、信じられず、村を彷徨うように歩いた。


 いつも出迎えてくれたゲン爺は、いつもの椅子と共に、はじけ飛んでいた。

 ゲン爺と椅子だったものが、ウッドデッキだった場所に飛び散っていた。

 勇者になると夢見ていた、まだ6才だったジョシュ。

 陽気で好奇心の強かったリアムに、おませでおじさん好きなミシェル。

 果樹園のマシューとマノン。

 機織りだったジーナとポリーヌ。

 鍛冶屋のジャレッドに、養蚕家のマルゴー。


 フォードにダニエレ、デニスもイーガンも、大工のアーネストも。

 モルガンもジュリアも、エヴァもジェーンも。

 男も女も子供でも、全て、分け隔てなく。

 皆、一様に引き裂かれ、村中にばら撒かれていた。


 あの日、二人で約束した教会も、崩れて廃墟となっていた。

 その丘の上には、神父ピエトロの無残な姿もあった。

 神に祈っていても、神に仕えていても、魔獣の襲撃からは逃れられなかった。

 もともとニロは、たいした信仰心をもってはいなかったが。

 その神父の姿を目にして、大地神マルソーへの信仰は砕け散った。


 しかも奴らは、魔獣は食欲を満たす為ではなく、怒りをぶつけるかのように。

 村人を食らい尽くすことなく、殺した後、放置して村を駆け抜けていった。

 遺体が残って、誰なのか判別できる事で、小さな望みもなくなっていた。

 もしかしたら、逃げ延びたのではないか。

 そんな希望すら残されていなかった。


 村には猫も猫(のような)草もキノコすら、生き物は残っていなかった。

 一回りしたニロが、村の入口に戻って来る。

 ニロの目が――絶望に死んでいた――その目が、ギラリと光る。

 魔獣の群れは村を、西へ駆け抜けていったようだ。

 逃がしはしない。

 ニロは狩人として、魔獣の群れを追うと決めた。


 しかし一匹だけ、はぐれたのか狂気が醒めたのか。

 食欲を満たしにきたのか、魔獣が戻って来ていた。


注) 作者挨拶

 いつも通りといえば、いつも通りの作品ですが、よろしくお願いします。

 新シリーズ女神の剣、始動でございます。

 爽やかさの欠片もない物語でございます。

 なるべく、マイルドな表現を心がけておりますが、気持ち悪い、汚いなど、ございましたら、お気軽にお知らせください。

 やわらかな表現になるよう、努力してみます。

 その他ご意見ご感想など、一言でもいただけると、作者がニヤニヤします。

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