第20話 真奈美のアルバイト
「お父さん、お母さん。お話があります」
夜ご飯を食べ終えて、後はもうゆったりするなり課題をこなしたりするだけとなった日曜の夜。
真奈美が改まってテーブルの傍に正座をするものだから、何事かと思い俺と明音も釣られるように正座した。
「話、とは?」
何を言われるのだろう。
折角作った部屋の仕切りが、実は邪魔だったり要らなかったと言う話だろうか。
壁に色を合わせた白を基調とする仕切りは、昨日から早速役立ってくれている。
反対側に光が透けること無く、閉じれば壁と遜色ない出来栄えだというのに。
明音にも凄いと褒められて、折角有頂天になったのだが。
真奈美は意を決したように、口を開いて元気よく宣言した。
「わたし、バイトを始めようかなと思います!」
全くもって別の話だった。
心配して損した。
まあ邪魔と言われるより100億倍マシだ。
それにしても、バイトを始めたいとか突然だな。
「別に良いとは思うけど、どうして急に?」
「理由はいくつかあるけど、1番は暇に耐えられなくなったからかな?」
暇だから働きたいって、世の中のニートに聞かせてみたい台詞だな。
「暇? 普段していることとか無いの?」
疑問に思ったらしい明音が、真奈美に問う。
そうか、明音は普段真奈美が何して過ごしているのか知らないのか。
「いつもは家でアニメ見るかゲームするか、気が向いたら掃除するよ? ツイッターとか周回するけど割とすぐ飽きちゃうし……。あと出来るとしたら、散歩とかかな?」
「ニートみたいな生活してるのね」
「そう! 一切働かないでのんびり遊ぶだけの生活。今までは一応大学で勉強してバイトもしてたから、『労働からは解放されたって!』って最初は夢みたいって思っていたのに、ここまでくると寧ろ罪悪感すらあるんだよね」
そこまで思い悩むものなのか。
真奈美との生活が始まって約半月。
確かに働いてはいないが、進んでやることでは無いし家事だってやってくれている。
それに一応お金は入っている。
こ、これが不労所得か!?
ニートよりも随分マシだろうに、彼女は不満らしい。
真奈美は肩を震わせて高らかに言い放つ。
「これ以上罪悪感に苛まれるのは正直辛い、耐えられない。だからわたしを働かせて下さい!」
何という心意気だろう。
働かなくても良いのにバイトをしたい、だなんて。
「私は真奈美の意見を否定とかするつもりは無いから、やりたければバイトすれば良いと思うの」
明音は全面的に許可を出すようだ。
勿論俺も端から否定するつもりはない。
これで真奈美はバイトを思う存分出来るのだが、ここで明音が「ただね、」と付け加えた。
「『やりたい、やりたくない』の前に、真奈美ってこの時代でバイト出来るのかしら。戸籍とか無いわけだし、マイナンバーなんて登録されていないでしょう?」
そのことは一切考えていなかったな。
確かに出来るかどうかで言えば出来なさそうだけど。
だけど真奈美はその辺りをきちんと考えていた。
「そこは大丈夫。調べたんだけどね~、日雇いのバイトは現住所が証明できれば問題ないらしいよ。わたしも毎日働くわけじゃ無いし、時々バイトできれば良いの。こう、ただぐうたらするだけの生活が嫌というか……」
「なるほどね、それなら良いかもしれないわね。最悪柚希名義で業務委託するのも良いんじゃないかしら」
初めて聞く単語だ。
アルバイトやパートとは違うのか。
「文字通り業務、つまり仕事を委託するの。チラシ配りだったり、個包装の袋詰めとかがあったはずよ。物によっては自宅に配送してくれるらしいから、家で仕事できるわよ」
と、明音が解説してくれた。
俺はこれまで時給制のバイトしか探していなかったから、初めて知る仕事形態だ。
真奈美も興味が湧いた様で、明音と携帯で検索している。
確かにこれなら真奈美でも問題なく働く事が出来そうだ。
「じゃあ、よさげな仕事があったらやってみるか?」
「うんっ」
満面の笑みで返事をする真奈美。
そこから3人で、バイト検索サイトを漁って仕事を探してみた。
「業務委託ってそこそこ種類あるんだね~。お母さんが言ってたチラシ配りとか組み立てするのもあるし、栗の皮剥きなんて仕事もあったよ。でも何か割に合わなさそう」
調べてみて分かったが、1つ1つの作業はそれ程難易度が高くない分、量が多いのが特徴みたい。
そして作業時間に対してお金はそれ程貰えない。
時給換算したら500円も無さそうだ。
「だったら日雇いのアルバイトも探してみる? 去年友達がしていたっていうバイトがあると思うわ。果樹園で収穫したり梱包する仕事らしいの」
明音が提案したバイトなら俺も聞いたことがあるな。
大体6月から8月までの期間、近くの果樹園がこぞって応募を出すらしい。
高木も去年一時期そこで働き、結構稼いでいたらしい。「現金手渡しだから扶養考えなくて楽だぞ」と勧められた気がする。
学生にとって「103万円の壁」は大事だからな。
俺も今年はやってみようかと思い悩む。
「んー、でも探しても出てこないよ?」
検索サイトで探していた真奈美が不思議そうに首を傾ける。
今年は募集していないのだろうか? それとも時期が早いだけかも。
掲載していないなら仕方が無い。
別の仕事を探すとしよう。
そこからいくつか候補が見つかり、真奈美は次の週末に行われるイベントの臨時スタッフに登録した。
イベントスタッフは朝から夕方まで働き、日給で支払われるらしい。
ついでに、言って業務委託としてボールペンの組み立て作業もすることにしたらしい。
そこまで割が悪いわけでも無く、作業自体楽そう、だそうだ。
そのボールペン組立だが、部品がバラバラの状態で家に届き、それを組み立てて再配送するらしい。
1つを組み立てるのは簡単そうだが、量の多さに驚いた。
その数1500本。
業務委託は量が多いのは調べて分かったが、ここまで多いのか。
「えっと、滅茶苦茶多いけど大丈夫か?」
「まあ何とかなるよ。期限は無いみたいだし、どうせ暇だからねー。疲れたらこれまでみたいにテレビ見たりゲームするから」
と、真奈美はけろっとしていた。
それどころか「これでやっとニートから脱出だー」と喜んでいた。
俺は生活費のためにバイトをしている。
苦ではないけど、自分から率先してまで働こうとはしていない。
もし俺が真奈美の立場だったら、同じように働きたいと思うだろうか。
多分思わないだろうな、うん。
それを考えると、真奈美は真面目というか。
でも働き過ぎで倒れるのは勘弁な。
そしてそこから数日後、大学から帰宅すると家に1つの段ボールが届いていた。
例のボールペン組立だ。
真奈美は早速開封したみたいで、もう組み立て作業に取り掛かっている。
音楽を聞きながら作業しており、後ろ姿でも結構ノリノリなのが分かった。
「ただいまー」
この声でやっと俺が居ることに気が付いたのか、真奈美は驚いたように振り返った。
「うわっ! びっくりしたー。お父さんおかえり」
テーブルには小さな部品が種類毎に分散されており、慣れた手つきで完成させては横の袋に入れられていく。
今日始めたというのに、手つきが滑らかだ。
どれだけ作業したのだろうかと袋を覗くと、もう数え切れないぐらい完成品が詰まっていた。
「これ、いくつぐらい作ったんだ?」
「えーっとね~、数えてないから分かんないんだけどー、100個単位の袋が4つだから、もうすぐ400個ぐらいかな?」
思ったよりも速いペースで作業していたようだ。
本人が楽しそうにしているから良いのだけど。
「すごっ。でもあんま無茶はするなよー」
と言い残して夕ご飯を作るため台所へと向かう。
背後から「はーい」という元気な返事が聞こえたが、この後もしばらく作業を続ける真奈美だった。
そしてここから怒濤の勢いで1500本完成させ、さらにその勢いのままに新たに仕事を申し込むのはまた別の話。
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