第18話 いつか起こるとは思っていた事故

「杉本。あれからざっと1週間だが、進展はあったか?」


 真奈実が居候を始めて1週間が経過した。

 今日の講義も終わった夕方、バイト先の事務所で支度をしていると、友人でありバイトの同僚でもある高木から声を掛けられる。


「何も無いって。親戚だって言っただろ」


 本当の話、真奈実が未来に帰る目処が早くも立つという進展はあったが、それは割愛。

 未来云々はそもそも説明していないしな。


 それ以外では特に進展となる出来事はない。


 最初こそドタバタしていたが、それももう落ち着いている。

 家事(主に料理)は分担してこなしているし、昼はほとんど大学で過ごすこともあって今のところ不便はない。

 最初こそ朝ご飯だけ担当していた真奈実だが、途中から夜も作ると言い出したこともあった。

 正直ありがたい申し出だったが、俺がバイトにいく日だけお願いした。

 片付けとかは面倒だが、作るのは結構好きだ。


 そんなわけで、料理を始めとした家事については問題ない。


「なんだよ面白くねーな。うっかり着替えを覗いたとか、同居同棲には付きものだろうに」


 つまらなさそうに高木が呟く。

 その最後の一言に、思わずピクンと肩が動いた。


「ん? もしかして実はもうその場面に遭遇した感じか?」


 目ざといなこいつ。

 少ししか反応していないはずなのに。


「いや、してない」


「それは残念」


 俺の答えに高木は怪しむように一瞬眉を細めたが、興味を無くしたように別の話題へと話を変える。


 嘘は言っていない。

 事実、着替えの時などは後ろを向いたり廊下で着替えたりとお互いに見ないよう気を付けている。


 問題は、お風呂だ。


 家には脱衣所が無いため、体を拭いたり着替えるには廊下か浴室に限られる。

 しかも廊下と生活部屋の間に仕切りが存在しないワンルーム。


 つまり風呂上がりに裸を目撃してしまう事故が起こる可能性があるということ。

 まあ今のところ起きていないが。


 初日は明音が居たり何だかんだでテンションが上がっていたのだが、ふと気が付いたらこれって俺の理性的に危ういのではないだろうか、となった。


 勿論俺には間違いを起こす気は無いし、それは真奈実にも言えること。

 ただ、娘とはいえ後ろを振り返った先で同い年の異性美少女が服を着たり脱いだりするのは精神衛生上よろしくないと思う。

 最も真奈実が気にしている様子はないため、俺のことを異性と意識することも無さそう。


 なのでこれは俺の問題なのだが、今更どうこうできるわけでもなくて……。

 結局電話で言われた、未来に帰るまでの支援も月5万の電子マネーを真奈実の携帯に送るというものだった。


 仕送りかよ! って突っ込みたい金額だが、『送信する情報量に限度があるので~』と申し訳なさそうに言われた。

 貰えるだけありがたいけど。


 なので真奈実がアパート借りるとか引っ越すのも無理な訳で。

 結果俺はお風呂の時間となるたびに悶々としている。


 唯一の例外は、今日みたいに俺がバイトの日。

 大体上がるのが22時を過ぎるため、俺が帰る頃には真奈実はすでにお風呂に入り終えている。


 今日も帰った時にはゲームでもしながら「おかえりー」と出迎えられるんだろうな、と考えながらシフトに入る。



「今日暇だったな」


 テーブル席の箸やナプキンを補充してきた高木が厨房に戻ってきたので、「そうだな」と同意する。


 働き始めて数時間、時刻は20時半に差し掛かろうとしていた。

 店内にお客さんはおらず、ラストオーダーまで約1時間だ。

 あとはもう片付けを出来るところから初めて、早めに帰りたい。


「今日は暇だから1人もう上がって良いよ。上がりたい人はいる?」


 と、事務所で作業をしていた店長から帰宅の許しが出る。

 その瞬間、今日シフトに入っているメンバー全員がスッと手を挙げる。


 勿論俺もその1人。


「ならじゃんけんで」


 急遽じゃんけん大会を開催し、見事俺は帰宅する権利を勝ち取った。


「お疲れ様です、お先失礼します」


 挨拶だけして、そそくさと着替えて帰る支度をする。

 やはり早く帰ることが出来るなら、帰宅するに越したことはない。


 そのまま帰路につき、アパートへ到着する。


 バイト帰り、真奈実が気を利かせて鍵を掛けないでいてくれている。

 なので今日も特に気にも留めず玄関ドアを開けた。


 だけど今回は、それが良くなかった。


「ただいまー」


「え? っ!? わーーーーっ! ちょっと待ってお父さんストォォォォップ!」


 玄関に入ると同時、突然の大声と共に目に飛び込んできたのは、バスタオルを肩に掛けて体を拭いている真奈美の姿。

 勿論風呂上がりで服は着ていない様子。


 幸か不幸か廊下と部屋の電気は点いておらず、浴室の明かり越しにしか視認できなかったこと。

 慌ててタオルで体を隠し浴室へと逃げ込む真奈美に遅れ、俺も後ろを向いて見えないようにする。


「ごめん、不注意だった」


 何はともあれ謝罪は必要だと思ったので言っておく。

 暗がりとは言え体のラインやら諸々見えてしまった。


「ううん、こっちこそ。お見苦しいものを」


「いやぁ別に見苦しくはなかったよ? 綺麗だったと思います。よく見えなかったけど。やっぱり明音と親子なんだなって」


 気が動転してうっかりばか正直に答えてしまう。

 直接見たことはないが、シルエットはスラッとしているな。


 それにどこがとか、小さいとかは言っていない。


「なっ!? ……もう、それは禁句だよ。お母さんに言いつけてやる」


 だと言うのに真奈実ははっきりと発言の意図を組んでしまったようで、ワナワナと震えた声が浴室から聞こえた。


「すみませんマジそれだけは勘弁して下さい」


 本人は少し気にしているらしいからな。

 そんな所も可愛らしいけど。



「ではこれより『お風呂上がり裸見られちゃったけどどうする』問題についての会議を始めまーす」


 パチパチパチ、と真奈美が手を叩く。

 あの後事の顛末を聞き、秒速で駆けつけてきた明音も加わってテーブルを3人で囲んで座っている。


「わざわざ来なくても良かったんじゃ……」


「何か?」


 ジト目でそう答えられる。


「いえ何もないです」


「柚希は私のだけ見ていればいいのよ」


「はい。……え?」


 ぷいっとそっぽを向く明音だが、さらっととんでもないことを言われた気がする。


「何でもない。忘れて」


「気になるって。俺の聞き間違えかもしれないからもう一回お願い」


「……2人とも、私のこと完全に蚊帳の外だよね。一応被害者私だよ?」


「すみません」


 呆れつつ、膨れ面で真奈美に言われる。

 仰るとおりです。


「それで、どうするんだっけ? 真奈美の裸を見ないための対策」


「ちょっと、言い方が」


 本題に入り、議論を始めよう。

 ただ今回は鍵が掛かっていない玄関を開けたからで。

 しかも急に帰宅時間が変わったから完全に事故だと思う。

 という考えを伝えたが、


「それはそうなんだけどね~、2人とも家にいるときとかも結構危ういよ? ドアないし。着替えなんてあんまり見られたい物でもないからねー。まあ裸じゃなければ最悪……」


「だめよ」


 真奈実が言いかけていた途中、明音が一刀両断した。


 それにしても、真奈実も着替えに関しては少しばかり意識はしていたようだ。

 そんな素振り無かったけど。


 それとやはり今回のことは起こるべくして起きたことかもしれない。


 バイト前、高木が「うっかり着替えを覗くとかは付きもの」と言っていたのを思い出した。


 この家は玄関から普段生活している部屋までにドアによる仕切りがない1ルーム住宅だ。

 風通しは良いし開放感はあるがこういうときは不便だな。

 もともと一人暮らしを想定して作られているから仕方が無いけど。


「今回のこととか着替えとかだけど。柚希がドアとか仕切りを作れば解決すると思うわ。勿論玄関側にも」


 すると明音からするっと提案がなされる。


「なるほどね~。それは良いかも。お父さんならパパッと出来そう」


 真奈実もその案には賛成のようだ。

 何故か真奈実からの信頼が厚いように感じる。

 未来でDIYとかしていたのだろうか。


 ……DIYか。

 その手があったかと感心する。

 俺自身も物作りは面白そうだから賛成だ。


 こうして今後この様な事態を防ぐため、今度この部屋に仕切りを作ることが決定した。

 提案者の明音が腕を組み、したり顔で微笑んでいる。


 あれはもしやドヤ顔のつもりだろうか。

 なにそれ可愛い。


「折角来たことだし、今日泊まっていっても良いかしら?」


「良いけど、服とかあるのか?」


 真奈実に呼び出された訳だから、外泊の荷物なんて無いと踏んでの質問。


「服が無かったら、泊まってはいけないの? 柚希は私と一緒に居たくないのね」


 なのに明音は悪戯そうに答えてきた。


「いや、そんなこと無いけど。ただ確認しただけ」


「ああ、それは大丈夫よ。一応持ってきたから」


 隣に置いていた鞄からごそごそと取り出し、「ほら、着替え」と一式揃えられた服を掲げる。


「あるのかよ」


「ええ、柚希と一緒にいたかったもの。ついでだから持ってきたわ」


 その言葉に思わず照れてしまう。

 こんなこと言われて嬉しくないはずが無いよな。


 今夜はもう少し楽しい時間が過ごせそうだと思いながら、早く帰れたことに心の底から感謝する。




――――――

これからしばらくは毎日更新出来そうです。


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