16話「しろくしろくしろ・3」

 案の定というべきか、大牧ゼンジの周辺事情に特別なところはなかった。言ってしまえば「無気力な若者」程度でまとめてしまえる、ごく普通の青年である。表から分からないことなら裏から探るに限る、そう確信してやってきた場所は定食屋だった。いつでも空いているカウンター席に腰掛けて、料理をしている店主に声をかけた。

「おやっさん、調子はどうだ」

「まあまあやれてるよ。怪人も飯屋は襲わないからな」

「そりゃそうだ、三大欲求が噴き出してバケモンになってんだから」

「で。竜田揚げ定食でいいかい」

 頼む、とだけ言ってそれなりに客入りのいい店内を見回す。彼が刑事であることはすでに知れ渡っているが、だからと注目するのはチンピラくらいのものだ。

 どれほど怪人犯罪が多発していようが、食事を提供する場所だけは無事であることが多い。この禍都はとくに捕食殺人が多いため、ふつうの食べ物も重要視されているのだろうと推測されている。そのような理由から、「めしや立田」は基本的にいつでも平和である。素性を隠した怪人がやってくることも多く、活発にうわさが飛び交うため、街の風聞を知ろうと思えばここに来るのが最適解となっている。

「今日はどうした。行き詰まったって顔じゃないな」

「最近の様子をざっと聞きに来ただけだ。そこまで切羽詰まってたら、ここに来る余裕なんざぁねえや」

 怪人たちは、耳に入ったなら垂れ流されて当然、というスタンスで会話をする。ゆえに不注意は自己責任であり、広めたい情報をわざと口に出すことも多い。

「ここのところ、新しいグループができただとか言っていたな。天音の家だかいう、よくわからん集まりだ」

「よくわからん、ってのは」

 文字通りさ、と竜田揚げの世話をしながら店主は言う。

「怪人の集まりなら、俺たちはこんなに強いだの誰かがいるだのと強がりを言う。基本的に、やつらはチンピラだからだ」

「ナメられちゃあ終わりなのは、やくざと変わらねえからな。そうじゃないってことか?」

「若者にメシを食わせてるだとか、安いアパートを経営してるだとか、弱者救済みたいなことをしてるらしい。この街でやるにしては、地味すぎる」

「そもそもなんだ「あまね」って」

 貧困ビジネスのようなものか、とも考えたが、この街でやることではない。この街でいちばんの高給取りは警察組織の人員であり、怪人たちは独自のパイプで非合法に収入を得ていることが多い。低賃金で働く労働者を囲い込もうにも、平均して一日あたり十人は死ぬこの街ではやりづらいことこの上ない。

「誰かを救うとき自然に聞こえてくる天の声だとさ」

「そんなもんがあるなら怪人を滅ぼせってんだ、馬鹿言いやがって」

 超自然的な現象なら、いやというほど目撃も体験もしている。いわゆる神が実在したとしても、なんら不思議ではない。しかし、それが人間を救うために降臨するなどとは考えられない……日本でも最悪の怪人犯罪多発地域であってもなお、神はそれに対処しようとしないからだ。

 カウンター越しに手渡された竜田揚げ定食をがつがつ食いながら、城田は考える。

(これまでクイドは週一での捕食殺人を繰り返してきた……ペースが崩れたときは、絶対に食いたい“好みの獲物”がいたときだけだ)

 生命力や霊魂の不足によって怪人化した、いわば生ける屍である「欠落体」は、本能的に生命力や霊魂を求めて摂食する。獲物として好まれるのは、生命力に満ちあふれた若者や元気いっぱいに生きている楽しげな人間が多い。日夜ケンカに明け暮れる不良集団が壊滅し、豊かな人生を送っていた老夫婦と娘一家が全滅したこともあった。

(一回に食う量は多いが、獲物を見繕う時間が長くなるときもある。痩せたフリーターなんぞ、クイドは目もくれねえはずだ。やつの行動パターンとは違いすぎる)

 元気のある好青年ならまだしも、被害者は健康状態が悪い方向に傾き、収入が減って友人にたかるほど精神的にも堕落していた。死人を悪く言うものではないと言われるものの、どちらかといえばこの街にいくらでもいる怪人側の立ち位置に近い。

 ふいに電話がかかってきた。

「もしもし。増山さんですか」

『城田、被害者宅で気になるものがあってな。来てくれるか?』

「メシが終わったらすぐに向かいます」

『頼んだ。そっちは何か掴んだか』

 空振りです、とだけ言って城田は食事を終え、店を出た。


 大牧ゼンジが住んでいたボロアパートに着いた城田は、鑑識たちのあいだを縫って増山のもとに向かった。

「おう城田、早かったな」

「思ったより会話が弾まなくて」

「立田はしゃべる方じゃねえからなあ」

「それで、気になるものって?」

 閑散とした和室の中で、ビニールパックに収まったボールペンがひどく目立っていた。

「これなんだがな。どう思う、この指紋」

「ずいぶん、ぼやけてますね。皮脂が極端に多いとか」

 基本的にそんなことにはならないと知りつつ、城田は言った。

 指の皮脂が皮膚のかたちに沿って付着したものが指紋であり、蓄積すれば風呂場の垢のように変わったり、手沢という形を取ったりすることもある。手汗を多くかく人間でも、指紋が変形することや指の皮脂が多く出ることは考えにくい。

「解剖の結果待ちなんだが、うん……被害者ガイシャの真っ白い皮膚、ありゃ本当に蝋か何かじゃねえのか? 組織ごとのサンプルを採るように頼んでもらえんか」

「すぐに。途中で言うなと言われそうですがね……」

 案の定小言を言われながらも、城田は暫定結果は出たという解剖医のもとに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る